蛙のこゑ
【この短編はフィクションです。実在の人物・団体・地名等とは関係ありません。】
「カッカッカッ!!蛙にでも化かされたつう訳か?」
そう言いながら酒瓶を傾けてグイッと飲み干す。もう還暦間近の筈だが、未だ衰えを見せぬ巨大な肉体は無駄な贅肉など一切無い。
大男、八坂 英人は勢いよく立ち上がる。これが私の祖父なのだから恐れ入る。
「笑い事じゃないです!!一歩間違えたら黄泉国に連れて行かれる所だったんですよ!?」
私はその背中に向かって抗議する。
しかし祖父は振り返りもせず、炙ったスルメを齧りながら窓の外を見つめていた。
「常世国かも知れんがな!!ハッハ!!」
豪快に笑う祖父の背を見て、私も諦めた様に溜息をつくしかなかった。
さて私の身に起こった出来事を説明しようと思うのだが……何から話せばいいのか困ってしまう。
まあ簡単に言えば、神隠しと言うやつだ。
「(……高月給とは言え、巫女のバイト何て引き受けなければ良かったな……)」
あの日、大学の掲示板で見つけた求人募集。それは神社でのアルバイトだった。時給1500円以上、交通費支給とあり、しかも土日祝休みとなれば申し込まない訳にはいかないだろう。
今になって思えば、新手の詐欺だと思って警戒すべきだったが……
バイト先となった神社の名は、
「(帰った後調べたら、由緒もへったくれもなかったけどね!!)」
この神社、平安期から続く古い神社である……と文献には載っているが、なんとこれは明治期に作られた嘘っぱちなのだ。本殿自体も明治期に建てられたものだし、とんだ詐欺である。
そんな事を思いつつ、神隠しにあった時の事を思い出してみる。
いつも通り境内を掃き清めている最中の事だった。
急に強い風が吹き始め、竹箒が飛ばされてしまったのだ。慌てて追いかけると、突如閃光に包まれ視界を奪われた。そして気が付いたら全く知らない村にいたと言うわけだ。
この辺は確かに地方辺境の田舎ではあるけれど、確実に旧時代的な村ではない。村人も時代劇に見る様な恰好で、私自身も巫女服を着ている故に、ここだけ見ればまるでタイムスリップした様に見えるかもしれない。
実際、私も神隠しではなくタイムスリップだと疑った位だ。しかしながら、村人は一切の違和感無く日本語を話しているし、テレビが普通にある事からここは紛れもなく現代日本である事が分かる。
ただし、放送内容が異常であるという事は帰ってから知った事ではあるのだが……
とにかく私は、突然の出来事に呆然としていたところを村長と名乗る老人に助けられた。
正直言って最初は怖かった。言葉は通じるが、それでも恐怖感情の方が勝るものだろう。
老人は私の身の上を聞くなり、すぐに家に連れて行ってくれた。そこで家族にも会わせてくれた上に、そのまま住んで良いと言ってくれたのだ。
老人の心遣いはとてもありがたかったが、当然の如く美味い話には裏があるもので老人は私の事を生贄として差し出すつもりだったらしい。
それを知ったのは、村に迷い込んでから翌日の事だった。目が覚めるなり、鎖で繋がれ、オマケに眼をくり抜かれそうになったのだから堪らない。
一つ目小僧という妖怪がいるが、それのルーツは片目がくり抜かれた子供達だったと言われている。
所謂、寺院などであれば罪人の区別や強い罰則の意味もあるのだろうが、村などであれば呪術や何らかの儀式の為の面が濃い。
今回の答えとしては、私のバイト先であった神社に奉られる蛙の神への捧げ物といったところだろうか?神社の名前にも目御子とあった事だし……
というか……バイトとはいえ、仮にも巫女だそ。仕えてる神様に捧げてどうするよ!!冒涜的にも程があるわ!!!!
さて、危機一髪どころの騒ぎではなかったが、私を助けたのは意外にも村長の妻だった。
同じ女性という事で同情してくれたのかそれとも悍ましい儀式をこれ以上見たくなかっただけなのか。真意は不明だが命拾いしたのは事実なので素直に感謝している。
そして村長の妻はこの異常な村から抜け出す方法は教えてくれた。
それはケンケンパの様に一定の法則に従って動くだけだ。まあ言ってしまえば、格闘ゲームのコマンド入力の様なものだ。
─右足の踵部を左足で踏み込む。
─左手の掌部を下腹部に当てる。
─そして一礼をする。
─最後にもう一度、右足の踵部で左足を踏み込む。
すると再び閃光に包まれて、気が付けば神社に戻る事が出来たのだった。全く、異界に迷い込むなど二度とごめんだ。
それを祖父は先の様に豪快に笑い飛ばしてしまうのだから困ったものでしかない。再び大きな溜息をつくと、私はテレビをつけた。
【さて、本日の生贄をお伝えします。W県N村の村長の〇〇〇〇様。及びその一族一同様でございます。誠に遺憾ではありますが、どうか皆様の御理解と御協力を宜しく御願い致します。】
【では良い世の旅路を……】
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