Florence
「クリスマスキャロルが流れる頃には……」
「稲垣潤一。」
「げっ……なんで分かるのよ。」
「知ってちゃいけないの?」
「……別に。」
アイドルグループ【
元々、このグループは三人組のユニットだったのだが、三人目は本当にとんでもない女で、事務所やスタッフを馬鹿にし、数日間の仕事もろくにせず遊び呆けていたのだ。更に未成年にも関わらず喫煙飲酒までしていたようで、そんな女が僅か一週間でクビになるのは当然の結果だった。。
事務所は中々やり手だったようで、最小の損失で損害を抑えた。このネット社会で大規模な炎上を経った数日で鎮火させたのだ。その手腕には感服するしかない。
取り残された私と彼女は二人でユニットを続行することになった。別に相方には文句は無いが、あの馬鹿女の尻拭いをさせられると思うと気が滅入る。私も相方もあの女から暴言だの愚痴を聞かされていたので、妙な仲間感がある。だからこそ余計に雰囲気が掴めず暗い。
「それにしても、もう年末か……早いね。」
「そうね……」
相方、宮武美春は世間話を持ち掛けてきた。美晴は少し天然で空気感が掴めないところがあるが、悪い人間ではない。寧ろ良い奴だと私は思っている。だからこうして気まずくても話を振ってくれるのはありがたい。
「かやかやは今年どうだった?」
「……かやかやってもしかしてあだ名?」
「うん。可愛くない?」
真顔で悪意無く言うものだから怒るにも怒れない。確かにちょっと可愛いとは思うけど、恥ずかしさの方が勝ってしまう。そもそもあだ名で呼ばれるなんていつぶりだろうか。小学生以来かもしれない。
「私は?」
「うーん……なんかあんたはみはるんって感じよねぇ……」
「なんだそれ。」
我ながら適当すぎるネーミングセンスだと思う。
「じゃあ決まりね。これからはかやかやとみはるんで。」
「はいはい……って何が!?」
「おお、ナイスノリツッコミ。」
調子狂わされるなぁ……
「……ねぇ、なんであんたアイドルになったの?」
ふとした疑問だった。こんなことを尋ねるつもりは無かったし、聞いていいのかも分からなかった。でも、暫くは二人で仕事をしなければならないんだ。聞く権利くらいはあるはずだ。
「うーん、成り行きかなぁ。普通にスカウトされてそのままデビューして今に至るみたいな。」
「へぇ……そうなんだ……え、それだけ?」
「うん。」
本当にそれだけとは……もう少し深い理由があると思ったんだけど。
「そういうかやかやは何でアイドルになろうと思ったの?」
「親が芸能関係者だったから、小さい頃からレッスン受けさせられて、それで高校入ったら勝手に履歴書送られてて、あれよあれよと言う間に合格になってた。」
母親は芸能界から追い出されたらしい。だからと言って別に母親の復讐?に付き合う気はない。そこまで子供じゃないし、正直言って面倒臭い。だけど、アイドルという職業に惹かれている自分も嘘じゃない。
「なるほどね……大変だね。」
「別に私も好きでやってる様なもんだし。」
「そっか。なら良かった。」
また暫く沈黙が続く。何か話題が無いものかと考えていると、不意に美春が口を開いた。
「あの子が何でアイドルになったか知ってる?」
あの子……もしかしなくてもあの馬鹿女の事だろう。
「知らないわね。興味も無いし。」
「あの子はね、歌が好きだったんだよ。」
「ふぅん。」
「だからアイドルに憧れてたんだ。」
「憧れてた……ねぇ……」
「たまに思うんだ。あんまり意欲的じゃない私より、あの子が居ればもっと違ったんじゃないかなって。」
それはない。あの馬鹿女が仮に最低限の仕事はして犯罪歴が無かったとしても、事務所は即座に解雇しているだろう。
だが……この子も思う所があるんだろう。私だって同じ立場になれば似たような事を思うだろうか。
「まぁ私は今のユニットに不満無いから大丈夫よ。あんたが気に病む必要は無いから。」
「ありがとう。」
すると事務所の扉が開いた。入ってきたのはマネージャーさんと運転手の人だった。
「お疲れ様です。お二人共、移動の準備出来ましたので車にどうぞ。」
私達は荷物を持って車に乗った。ビルの隙間から見える飛行機雲を車の窓越しに眺めながら仕事場へと向かって行った。
今日は花の香りが漂う日だった。全く、
今日も私達のアイドルとしての一日が始まる。
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