Mitty
「一つだけ、聞きたい事があったんだ。」
「何でしょうか?」
「……君にはこの宇宙が何色に見える?」
彼女は暫く考え込んでから答えた。
「そうですね……私にとって、この宇宙は白と黒が混じり合った灰色に見えます。それが何か?」
「そうか……俺もそうだよ。」
その言葉を最後に男は目を閉じた。
「それでは、またいつか。」
「……またいつか。」
彼女は微笑んで言った。
西暦2067年。
強酸性の雷雨が降り注ぐ中、毛が生えた蛙のような動物が跳ねている。彼等が地球の新たな支配者だった。彼等はホモ・サピエンスに造られた“ミィーティ“と呼ばれる生物。欧州の研究所を中心に造られた生命であり、全長50cm程の蛙に酷似した哺乳類だ。また彼等は人類の声帯と酷似した声帯と知性を持ち合わせていた。
今日も彼等の一日が始まる。彼等の毛皮は強塩基性で、酸性雨の中であっても、全く影響を受けないのだ。
「ヤア。」
鳴き声を上げると、群れのリーダーである“傷持ち”が群れに近寄ってきた。
「ナニ?ナニ?」
リーダーは群れに何かを伝える様に鳴き始めた。
「オオ!ワカッタ!」
「ワカッタヨ!」
リーダーの言葉を聞いた群れの仲間達が一斉に返事をした。そして、彼等は雨の中に消えていった。どうやら人類の生き残りを見つけた様だ。基本的に彼等は人類とは敵対していない。
だが人類は恐れていた。かつて神々が文字や絵などの存在になってしまったのと同じ様に、自分達もこの星から記録だけの存在になってしまう事を……
「ヤアヤァ。」
「あぁお前達か……」
青色の防護服に包まれた男は気怠げな声で答えた。防護服は男が宇宙戦闘のプロと呼ばれた軍人時代に得た物だ。栄光ある勲章を右胸に光らせるその男の現在は、第二の金星とかした地球を旅するだけの、ただの旅人である。
「ナニシテル?」
「旅さ、ずっとね。この辺も人が安全に暮らせる場所じゃないみたいだな。」
「オマエモツライネェ。」
「辛い?まぁ確かにそうだな。でもしょうがないさ。俺達の文明は終わったんだ。新しい時代は新しい世代に任せるしかないだろう。」
「アタラシィセダイィ?」
「そうだよ。もう俺達に出来る事は祈る事だけだ。」
「イノルコトダケ?」
「あぁ、少しでも多くの人間が生き残れる様に祈るんだ。可能性という名の神にね。」
「ナラバオレラモイノルゼ。ニンゲンガヒトリデモォオオクイキノコレルヨウニィ。」
そう言って彼等は祈り始めた。その光景を見て男は呟いた。
「……これが傲慢にも大地を汚し続けた人類の末路なのか。まあ……無駄な存在は消えるのが世の運命かもしれないな……」
男は少し寂しげな表情を浮かべ、ミィーティの群れと共に、手を合わせて祈り続けた。
「かつて大地より生まれた人類は、自然環境に抗う為に社会を作った。何時しか人類は社会を維持する為に戦争を始めた。光がある所に必ず影があるように格差が生まれ、人々の欲望は満たされる事は無かった。人々は争いを止めず、やがて自らの故郷すら破壊し始めた。」
「ドウシタノ?」
「子供の頃観てたアニメのセリフだよ……まさかこんな所で言う事になるなんてな……」
男は自嘲気味に笑った。
他人の事を理解しようともせず、自分の偏った知識だけで判断するエゴ。たとえ、それが善意から始まった行動でも、その行為は他者にとっては悪意ある行動にしかならないかもしれない。
「なあお前達は、この宇宙が何色に見える?」
リーダーは首を傾げた。
「ウチュウトハナンダ?」
「そうだったな……」
彼は苦笑いをして、ミィーティに宇宙の意味を説明した。そして色見本をリーダーに見せる。
「コノバショカラハミエナイガ、キットアオイイロナノダロウ。」
「そうか……“青色”か。」
かつて、この星を青いと言った宇宙飛行士に御礼を言いたい気持ちが込み上げた。たとえ金星化した地球だとしても、希望ある。人類から受け継がれた可能性を胸に抱いて、彼等は生きているのだと。防護服の中にある身体から、暖かさが溢れてくるのを感じた。
そして涙が男の頬を伝った。
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