短編

世界は変わらないが隣人は変わる

「……ただいま。」


誰もいないリビングに俺の声が響いた。今日もオフィスでパソコンとにらめっこしながら、同僚と軽い世間話をして帰宅した。彼女もいない。友人と遊ぶ時間も無い。だが俺はこの日常が意外と気に入っている。本当だぞ?

自室に入るとまずスーツを脱いでハンガーにかける。次にYシャツを洗濯機に入れようと脱いだところで、ふいに視界に入った鏡を見てギョッとした。そこには青白い顔をした自分が映っていたからだ。


「うわっ!!なんだこれ!!」


思わず叫んでしまった。目の下にはクマができているし、頬の肉もこけている。髪にも艶が無い。シミが気になって額やこめかみ辺りを触ってみる。指先には脂っぽい感触があった。慌てて洗面所の大きな鏡の前に立つと、まじまじと自分の顔を見つめた。


「これが俺か?」


声に出してしまうほど驚いた。まあ原因は分かってるんだが……

溜め息をつきながら、俺は鏡から目をそらす。近くのコンビニで買ってきたキャベツが多めのカット野菜とカップ麺、緑茶を机の上に置くと、仕事用ではないノートパソコンを起動させる。


カタカタカタカタ


部屋中にキーボードを叩く音が響く。


【名無しのニート:お仕事お疲れ様です。】

【馬刺し:毎日よく頑張るね。】

【オフィス街:まあ習慣みたいなもんだし。】

【名無しのニート:そういうもんなんか。】


チャットサイトに入室し、書き込むとすぐに返信が来た。仕事終わりにチャットサイトに入り浸るのが俺の趣味である。“オフィス街”、それが俺の二つ目の名だ。最近はこのチャット仲間との交流がメインになっていたりする。


【名無しのニート:そろそろイベント再開しようかね……】

【馬刺し:また行くの?ニートさん、イベントにガチ過ぎない?】

【オフィス街:ニートさん何位なの?】

【名無しのニート:5位。】

【馬刺し:知ってた。】

【オフィス街:めっちゃ上位じゃん。】

【名無しのニート:うん……そうなんだけどな……】

 

ニートさんは何故か不満げだった。


【馬刺し:あんま嬉しそうじゃないけど、どしたん?】

【名無しのニート:1位が見たことない奴なんだよ……】

【オフィス街:初心者?】

【名無しのニート:そうっぽい……前のイベントでは見たこと無いし。名前は確か……”ハビリア星人”だったかな?】

【馬刺し:独特のネーミングセンス。】

【オフィス街:おまいう。】

【名無しのニート:とにかく俺はあいつより順位を上げたいんだ!!!!】

【馬刺し:そんなに悔しかったのか……】

【オフィス街:どんだけ必死なんwてかそんなに強いなら本当に宇宙人なんじゃねw】

【名無しのニート:まあ、本当に宇宙人だったら嫌だなぁ……】

【馬刺し:でも俺らには関係ない話だし、とりあえずニートさん頑張れ。】

【名無しのニート:おうよ!!絶対勝ってやるぜ!!】


それからしばらく経って、チャットルームは俺以外は退室してしまい俺一人だけになっていた。


【ハビリア星人さんが入室しました。】


ん?ハビリア星人ってニートさんが言ってた……


【オフィス街:こんばんは。】

【ハビリア星人:こんばんは。突然だが私は宇宙人だ。】


は?何言ってんだこいつ!?

キャラ設定に忠実な奴なの!?そもそもこの部屋、なりきりチャットルームじゃねえから!?どう見てもやばい奴だが無視する訳にもなぁ……


こういう状況は先人達に習おう。


【オフィス街:おっ、そうだな。】

【ハビリア星人:言っておくが本当だぞ?】

【オフィス街:おっ、そうだな。】

【ハビリア星人:なんでも答えてやろう地球の民よ。】


いや無理だわ、これ。助けて……せめて誰か来て……


【馬刺しさんが入室しました。】

【馬刺しさんが退室しました。】


馬刺しぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!


【オフィス街:えっと……それじゃあ……】

【ハビリア星人:なんだね?】

【オフィス街:あなたは何の為に地球に来ましたか?】

【ハビリア星人:それは君達、地球人の文化を学ぶためだよ。】


【オフィス街:じゃあ……年齢とか?】

【ハビリア星人:124歳だぞ。】

【オフィス街:どこに住んでいますか。】

【ハビリア星人:今は物件を模索中だ。都心は家賃が高くてね。】

【オフィス街:じゃあN市はどうですか?私も住んでますけど、他の市と比べると比較的優しいですよ。】

【ハビリア星人:情報感謝するよ……よしキミに決めた……】

【ハビリア星人が退室しました。】


ん?最後なんか不吉なこと言ってたけど……君に決めた?「ポケットなモンスターをゲットだぜ!!」かな?というか宇宙人って家借りれるの?

……いつもよりどっと疲れたが、明日が休みでよかった。さっさと寝よう。


【オフィス街さんが退室しました。】

【馬刺しさんが入室しました。】

【馬刺しさんが退室しました。】


~数か月後~


「隣の部屋に越して来たハビリア星人だ。つまらないものだが……」


……嘘だろ……目の前に紫色をした蝉のようなヒトガタがいる……


「嘘だろぉぉぉぉぉ!!」

「まあまあサメ映画でも見て落ち着きなよ。」

「落ち着けるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


21世紀になって、ドラえもんも開発されなかったし、宇宙旅行も出来ないし、心躍ることは少なくなっているが……



◆◆◆

オフィス街︰本作の主人公、郊外のアパートを借りて生活している。32歳男性彼女無し。とある車販売企業の社員であり、販売業務の第一線で戦っている。

ハビリア星人︰太陽系外惑星出身の自称エリート。地球の文化を知る為に来訪して来たと言うが定かではない。主人公以外には催眠電波で自身の肉体を地球人だと認識させている。

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