遭遇
教室棟に駆け込んだ志乃は、一階の化け犬と背後のテケテケを警戒した末に、この先実習棟、と書かれたプレートに従って両開きのドアをガチャガチャ調べていたのだが、施錠されている所為で何も進展はなかった。
役に立たないドアに向けて呪いの言葉を吐いた志乃は、右手にある東側階段、右手にある倉庫、その倉庫と六年四組の教室に挟まれた廊下の奥にある両開きドアをそれぞれ一瞥していき――東側階段を通して一階から獣の唸り声が聞こえ来た。
「……まずは外から状況確認ですよね」
基本に忠実に、志乃は廊下の奥で輝く非常口マークに縋り――幸いにもドアはあっさりと開いた。
外には一体どんな光景が広がっているのか。追い付かなかった想像の答えはとにかくシンプルだった。そこは校舎の東西を繋ぎ、中庭へ下りる階段を持つ渡り廊下で、生温い風に運ばれる腐臭、校舎の周囲を深々と囲う黒い霧、中庭の中心からゴポゴポと湧いて出る黒い水、それらの光景を一望出来る場所だった。
渡り廊下が校舎の東西を繋げ合うのはわかったため、志乃は奥のドアではなく、校舎を浸水させている黒い水の出所を調べるために中庭へ下りることを決めた。当然、その行為は嬉々なことではないため、階段の手前で決意の充電を待ち――志乃はその場で振り返った。
その先にあるのは、渡り廊下の屋根と柱の隙間に浮かぶ黒い霧だけだ。誰も立てない場所であるにも関わらず、志乃は確かに熱心な視線を感じたのだ。
素敵だね、神様は僕が化け犬とテケテケだけじゃ物足りないことをご存知らしい。
かぶりをふった志乃は、簡素な階段を早足で下りると、湧き出す黒い水で揺れている水面に足を踏み込んだ。視界の隅には台座から動かない二宮金次郎、半壊した大きい犬小屋が見えたものの、それは相手にせず中心の池に近付いた。
水の中に落ちないように気を付けながら中を覗いてみると、うっすらだが人の手のように見える濃い影があった。中に何かあるのかもしれない。自分の手を見つめ、融けないことを祈りながらその手を突っ込んだ。
「うっ……これは……気持ち悪いねぇ……」
腕の中に侵蝕するかのように絡み付く水に辟易しつつ、水底に見えた手らしきものを掴み――。
何かが首筋を掴んだ。そう理解した瞬間、志乃の身体は宙を飛び――水面を砕いて地面に叩き付けられた。水が割れた音、自分の身体が砕けたような音と激痛に呻く暇もないまま、志乃は自分の視界と喉に大量の水が入り込んで来たことを感じ――暗闇に視界を引きずり落とされた。
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