傲慢

 それは水の中にいた。やがては校舎の全てを呑み込む黒い水の中。


 この場所に逃げて来てからというもの、ずっと憂鬱だった。神名によって忌まわしい勾玉の中に入れられてからは、まるで意識がなかった。


 そんなある時、外に出ることが出来た。何が起きたのか確認すると、忌々しい氷海神社が壊され、勾玉が粉々になっていた。外に出してくれた恩人は黄色い帽子をかぶり、奇妙な出で立ちをしていて、うるさかったから溶かして躰の一部にしてあげた。


 それからは神名を警戒し、ろくに食事にもありつけなかったが、いつまでたっても神名が来る気配はなかったため、ようやく行動することが出来るようになった。


 昔の強さに戻るために男、女、童、犬と少しずつ努力してきたことで、惹かれてやって来た同類も手駒にした。


 全てが順調で、完全に力を取り戻す日も近い。そう思っていた矢先にこれだ。力が戻り、腕試しに自ら狩りに赴いてみたところ、一人でうろつく女を見つけ取り込んでみた。しかし腕珠によって溶かすことが出来ず、困っていると数匹の男女が来てくれた。その中にいる一匹は見たところ、一緒に入って来た童の霊と関係があるらしく、挨拶がてら声をかけたが童に邪魔された。それが気になり溶かす前に戯れて、何をしようとしているのか見極めてみることにしたのだ。水の抵抗をある程度弱め、わざと追跡を中止させたり、気付いていない芝居をさせたりすると、うぬぼれに満ちた面白い反応を見せてくれた。互いに助け合い、知恵を使って芝居の追跡から必死に逃れて脱出しようとしている。


 こうなってくると、ただ襲っていただけの昔の自分が恥ずかしくなる。


 希望を与えてやると、脱出出来るかもと嘯く彼らの愚かさを楽しんでいくうちに、童の霊と沢田とやらは脅威ではないとわかり、好きにさせておいた。沢田は死ぬ運命にあり、童も怨霊化し、手駒に出来る。


 ところが、そうはならなかった。別の男女と戯れているうちに、何を血迷ったのか童は沢田を殺さず、傲慢にも干渉までしてきた。干渉出来る理由はわからないが、もう戯れなどしてはいられない。


 何を根拠に脱出出来るなどと考えているのだろう。思い上がった連中を溶かした後は、沢田で童の反応を見てみるのもいいだろう。本当の恐怖と絶望を教えてやり、ずっと心に残して嗤えるようなやり方で溶かしてあげよう。


 そう決意し、水の中を移動して時計台に向かった。


                 第拾壱幕 完

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