撤回
雪斗が出て行き、新一は速やかに引き戸を閉めた。皆何も言わず、雪斗が立てる水音に耳を傾けていたが、それはやがて聞こえなくなった。すると、志乃が不意に声をあげた。
「さて……僕らの運命は二人の逢瀬に、ですね」
それは不安を紛らわせるための軽口であると思った全員だが、ちらりと覗いた志乃の顔は今にも口笛を披露しそうなほどご機嫌で、あばらを折られた男には見えなかった。円香はその楽観さを呆れると同時に本気で羨んだ。志乃の辞書に不安という文字はないのだろう。
「そこまでくると本物だな……お前の性格は」
円香はかぶりをふって、肩の包帯を新しくするためにベッドへ向かった。
対して志乃は円香の言葉に照れながら、紡に訊いた。
「……大切な約束のために助けてあげてって、蓮華さんはこうなることがわかっていたみたいですね」
「そうだろうね。母さんは本質を見抜くだけじゃない、未来の予測さえも出来る。多分……自分の死期すらも知ってるよ」
「そんな力を持っているのに……出来ないというのは――」
志乃が言おうとしたことを紡ぐ。
「優しくすることなんて出来ないよ。……私と母さんには」
それを聞き、志乃は肩をすくめるとため息まじりで言った。
「ですよね。ジュリーさんに視えたのは一人の少女。お二人が視てきたのは職業故に怨霊ばかりだ……。優しくするなんて出来ませんね。だったら、どうして先生から言伝を聞いて、すぐに怨霊宣言を撤回したんですか? 勾玉が使えないから、以外の理由が知りたいな〜柊さん?」
意地悪な質問……。
紡は眉を顰めた。
雪斗は敢えて訊かないでいてくれたが、こっちの快楽男はそうはいかないようだ。ただ、円香も先生もここにいる以上、言わなくてはならないだろう。
「……勾玉の拒絶、マフラー、耳飾りを見たから……」
「耳飾りなんてありました?」
「雪斗がマフラーと一緒に身に付けていたの。入る時には付けていなかった」
「つまり、二つともこの中でもらったものだと?」
「……私が視てきた怨霊に、そんな奴はいなかった。本当に二人は……想い合っているんだなって」
「だから撤回したんですか?」
「そうよ……変?」
言わせやがって、と睨んだが、対して志乃は大げさに肩をすくめてニコリとした。
「いいえ、変じゃないですよ? じゃあ……あの霊が味方してくれたら、柊さんも初めて視る恩霊になりますね?」
第拾幕 完
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