休み時間その4:「奈波の並々ならぬ悩み」
性格に裏表があることは自分が一番よくわかっている。
話す相手が学校の友達か家族かで、別人のように変わる。
でも、どっちかが猫を被っているという訳ではない。
女子高生を全力で楽しみたいという自分も、一歩引いてなるべく冷静でいたいという自分も、どっちも本当だ。
こんな性格の自分も嫌いではないが、そのきっかけを作った父親のことは世界一嫌いだ。
他の人から見たら、これ以上ないくらいのクズ親父だろう。ウチもそう思う。
あいつは昔から放浪癖があって、ウチが小学校に上がる頃には、家に滅多に帰ってこなくなった。
そんな中でも、お母さんは毎晩あいつの分も合わせた夕食を作り続けていた。
「今日は帰って来るかもしれないね」
「お父さんはね、本当はすごく優しい人なんだよ」
「昔のお父さんはカッコ良かったんだよ」
そんなことを口にしながら。
どうして毎回余分におかずを用意しているのか、私には理解できなかったが、その時のお母さんは少しだけ嬉しそうだった。
そして私が中学二年生に上がった頃、そんなお母さんの期待に応えるように、あいつは三年ぶりに帰ってきた。
見知らぬ乳児を連れて。
これが希との出会い。
それから、あいつも少しはまともになったのか、日雇いの仕事をして家計を助けるようになった。
おかげでお母さんの家にいる時間が増えたが、お母さんは希を見ると不機嫌になってしまうから、ウチが代わりに子育てをする事にした。
やがて、自然に学校には行かなくなった。
それから一年後、希が幼稚園に通える年齢になった頃。
久しぶりに学校に行くと、同級生や先生が自分と接する時だけ、異様な空気を出している事に気がついた。
遠回しに、「イジメはあったか?」だとか、「学校辛くないか?」と何度も聞かれた。
そう、気を遣われていたのだ。一年も学校を休んでいれば当たり前かもしれないが。
ウチは周りに心配をかけたくなくて、不思議ちゃん演じながら、今までよりも明るく振る舞う事にした。
そうすれば、不登校の理由なんて些細なものだと思ってくれるだろうから。
そんな僅かばかりに平和な日々も長くは続かなかった。
あいつはお母さんが必死にパートして貯めたお金を持って蒸発した。
当然のように、希を残して。
残されたお母さんはもうあいつのことを口にすることはなくなった。というか、しゃべる事自体ほとんどなくなった。
ウチが寝る頃に夜勤の仕事へ向かい、起きる頃には泥のように眠っていた。
弱ったお母さんを支えられるのも、残された希を守れるのも、私しかいない。
それからは、家族の前では極力冷静に振る舞うようになった。
最初は学校と家とのギャップで疲れてしまうこともあったが、慣れとは恐ろしいもので、今では昔の自分の性格が思い出せなくなっている。
……やっぱりウチあいつが嫌いだ。
父親のくせに責任感はなく、人に迷惑をかけることを何とも思わず、蒸発した後も借 金を残して家族に迷惑を掛ける。
何よりも、無責任にお金を使ってしまう所が嫌いだ。
長い間、物思いにふけっていたからか、炊飯器の炊き上がる音に思わず気が動転してしまう。
変だな。ついさっきスイッチを押したばっかりだと思ったんだけど……。
その音に反応してか、希がキッチンに駆け込んで来る。
「ななみちゃーん。ごはんできた?」
「んー。できてるよー。今日は肉もやし炒め」
「あれ? おにいさんはいないの?」
「彗斗は最近忙しいから、来れないって」
「ふーん。でもそれだと、ごはんも、おかずもおおいねー」
希の一言で、自分が無意識に彗斗の分の夕食も用意してしまっている事に気がつく。
こういう所はやっぱり親子だからなのだろうか。あれだけ理解できなかったお母さんの行為を自分もやってしまっているのだから。
お母さんのことは大好きだけど、ウチはあんな風にはならない。
だから、お金を無責任に使ってしまう人は信用しない。
もちろん彗斗も。
一人暮らしできるぐらいだから、きっとあいつの家は裕福なんだと思う。
だから、ウチが渡したフィギュア代金も何の相談もなく使ってしまえるのだろう。
だから、ウチんちの借金を何とかできるって簡単に言えてしまうのだろう。
別に彗斗が悪い訳ではない。ただ、少し世間知らずなんだと思う。
「……彗斗、ちゃんとご飯食べてんのかな」
無意識に口にしたその言葉が、希には聞こえていないことを願った。
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