四時間目:「恋愛双談」
放課後の教室にできた人だかり。
大きな円を描くように形成されたその様はまるで、コミケ会場で人気コスプレイヤーを取り囲む多数のカメラマンのようだった。
いや、コミケとか行ったことないから知らないけど。
その大きな円陣の中心には、奈波が機嫌悪そうに頬杖をつきながら椅子に座っており、俺はというと、その目の前でなぜか床に正座をさせられていた。
「なになに、今どういう感じ?」
「なんか徳居彗斗が家計勝手に使っちゃったんだって」
「えー最悪。それはもう離婚して慰謝料でしょ」
「また彗斗が性懲りもなく、妻を怒らせたのか」
「そうそう、奈波も我慢の限界って感じで」
「やっぱり、夫婦円満って難しいよなぁ……」
勝手に集まったギャラリーが勝手なことを言い始めている。
その中で俺はというと、フィギュア代を勝手に使ってしまってことに関して、奈波から説教を食らっていた。
学校のみんなが見ている中、奈波が『身内』の口調で喋っているということは、相当怒っているようだ。
「それで……? なんでフィギュアも買えていないのに、お金を使い切ってんの?」
「それはほら、前も説明した通り、飲み物を買ったら無くなってしまったというか」
「何を買ったかじゃなくて、なんで相談もなしに買ったのかをきーてんの」
「だって、その時奈波スマホ持ってなかったし」
「一旦帰ってきてから相談すればよかったじゃん。計画性なさすぎっしょ」
「……ちゃんと返せる見込みはあるよ。いい台も見つかったし」
「高校生がやれることじゃないでしょ、それ」
「それはまだわかんないじゃん……」
例のおじさんから安く仕入れた飲み物をついでに付けてもらった自動販売機を使って売る。
自分ではシンプルでいいアイデアだと思ったが、奈波にとってはそうでないらしく、おまけに奈波から了承を得ていなかった事も併せて考えれば、彼女の機嫌がここまで悪くなってしまうのもしょうがない。
そこまでは別にいい。俺に非があることは理解できる。
しかしこの人だかりはなんだ。
最初はクラスメイトが何人か見ているだけだったのに、誰かが根も葉もない噂を流し始めたせいで、人が人を呼び、今では見た限り50人以上はいる。
「徳居がなんかやらかしたの?」
「なんか、飲んでばっかりで貯金使い果たして、それを返すために良い台見つけたけど、高校生には厳しいとか何とか」
「うわ、アル中にパチンコかよ。典型的なダメ親父じゃん」
「子供がかわいそー」
「まあ、もう新婚って時期でもないし、冷めてしまうのも無理はないのかなあ……」
「本当にただのクソジジイじゃん。そのうちハゲてきたりして」
「でも自分がはげたことを認めなさそう。現実逃避ならぬ現実頭皮ってか」
「ジジイなら口臭もヤバくて電話越しでも臭いそう。口臭電話みたいな」
……こんな具合だ。
どう見ても集団いじめじゃないか。泣くぞオイ。
というかお前ら部活はどうした。
周囲を見回していると、いつの間にか奈波が目の前まで詰め寄って来ていて、しゃがんで目線を合わせながら、呆れた果てたような口調で話を続ける。
「で、そのいい台はどこに設置するの? そこら辺に置けるものでもないでしょ。コンセントだって必要だし」
「……これから考える」
「はぁ。もう、勝手にしときー」
そのまま立ち上がって教室から出て行ってしまった。
つられるように、周りで見ていた生徒も「面白かったねー」とか「後半の怒涛の展開、凄かった」とか、映画一本見終わったかのような口ぶりで、次々とその場を離れて行った。
残されたのは、正座をやめるタイミングを完全に見失ってしまった俺と、何だか久しぶりに会った正反対コンビの宇沢と飯田だけだった。
「いやー、今回も良い収穫だったね。ほら、良い絵が撮れているよ」
そう言いながら、宇沢はさっきまでのやりとりを録画したスマホの画面をわざとらしく見せつけてくる。特に、「……これから考える」を何度も繰り返して。
「徳居くん。良い加減なことばかりやっていると、いつか本当に見放されちゃうよ」
見放されるも何も、元々付き合っていない、なんて言っても無駄だろう。
学年一親切な飯田にまでそういう認識をされたら諦めも付くってもんだ。
相変わらず野次馬根性旺盛な宇沢はいつものノートを取り出して、得意げに語り出す。
「2週間ぶり、3回目の夫婦喧嘩、いやー今回は期待できそうですねえ」
甲子園出場みたいに言うな。
他人事なだけに気楽なもんだ。
しかし、ここまでみんなに罵詈雑言を浴びせられると、こちらも少しは言い返したくなる。
「いや俺だって悪いと思ってるんだけどね。これも奈波のことを想って行動した結果というか」
「いや、お前が悪い」
「佐々木さんに早めに謝ったほうがいいと思う」
食い気味に二人からの叱責を食らう。
こいつらも周りの人たちも、奈波の借金についてだとか、俺が自動販売機と大量のド リンクをアパートに保管している事なんかは伝えていない。
何も知らないのだ。
そう、俺は雰囲気で怒られている。
あれ、ひょっとして俺……、人望ない?
「俺らって友達だよな……?」
不安に駆られ、思わず口に出してしまう。
「お前が面白いうちは友達」
相変わらず忙しそうに、メモ帳に何かを書き込む宇沢。
その内容は恐ろしくて聞けない。
「友達でもダメなことをしていたら止めないと。他の女子の知り合いに相談してみてもいいと思う」
飯田は相変わらず真っ直ぐな目でこちらを見つめてくる。
しかし残念ながら、俺には奈波以外の女子の知り合いはいない。
なお、静音は休み時間の度に姿を消し、こちらから見つけることはほとんど不可能なので、カウントはしないものとする。
借りたスマホを返したいのに、スマホ以外で連絡がつかないという神出鬼没っぷりだ。
更にいえば、相談するにしてもクラスの女子は避けたほうがいいだろう。
ただ面白がられて終わりそうだし。
クラスの人が頼れないとなれば、あとは部活仲間にでも頼れと言うのか……。
仕方なく化学室に向かうことにする。
化学は苦手だ。
理系教科の中でも特にややこしく、覚えることも多くて授業内容に関してはすでにチンプンカンプンだ。しかし、それ以上に化学部部員は厄介だと言えるだろう。
そもそもあの二人のことはよく知らないし、相談相手としては癖がありすぎる気もする。
そうだ。日本史のことを考えながら、話をすれば少しは気が紛れるだろう。化学と日本史ってなんか正反対な感じがするし。中和しよう、中和。
覚悟を決め、化学室の扉を開ける。
「おや、徳居彗斗くんじゃないか。珍しい」
制服の上に白衣を着ているその男子生徒の名前は助平孔明。入学式に新入生代表挨拶をするほど頭はよく、おそらく育ちも良さそうだが、時々変態のような一面を見せる。何より得体が知れない。変人、秀才、人に無頓着、墾田永年私財法って感じの奴だ。
「徳居くん久しぶり〜。……今日は来なくても良い日だったのに」
目の前までやって来て、まるで秋田県伝統行事・男鹿半島のナマハゲかのような恐ろしい表情でこちらを睨んでくるのは、助平とは中学からの付き合いで、なおかつ今も 同じクラスの小宮涼菜。まさか女子の上目遣いに恐怖を抱く日がくるとは思わなかった。
その瞳には、『絶対に化学室に入らせない。二人の時間を邪魔させるわけにはいかない』という固い意志を感じる。さながら、弁慶の仁王立ちのような気迫とでもいうべきだろうか。
「ちょっと女子と喧嘩しちゃって、小宮さんに相談に乗って欲しいというか。ほら、二人仲いいじゃん」
「なんだ〜。そういう事なら早く入りなよ。ほらここ座って良いよ」
おそらく『二人仲いいじゃん』に気を良くしたのだろう。さっきまでの態度が嘘かのように、化学室に招き入れてもらった。
案内された位置は二人が並んで座っている所から、テーブル一個挟んだ位置の椅子。
そう、始めて会った時から何となく気づいていたが、どうやら小宮さんは助平のことが好きらしい。それも、おそらく尋常じゃないほど。
今だって二人の関係を少し持ち上げただけでこの歓迎ムードだ。
「それで? 徳居くんは何で悩んでるのかな?」
小宮さんはそう言いながら、両肘をテーブルにつけ、手を組ながら先ほどとは打って変わって、七福神大黒恵比寿のような笑顔でこちらを見つめてくる。
俺は、奈波と出会ってからの出来事、奈波が怒っている理由、ついさっき教室で見せ物にされていたことを所々伏せながら小宮さんに伝え、どうしたら許してもらえるかの意見を聞いてみる。
「ふ〜ん。なるほどね。んで、その奈波さんはどのくらい怒ってるの?」
その質問に対して、奈波の喋り方には二面性があること、さっきはいつもの学校にいる時のテンションじゃなかったことまで伝えた。
そしてその話を聞いた小宮さんは、いろいろ思うことはあるのか、少し唸りながら考え込んでいる様子だった。
その横で、助平が謎の白い箱から水の入ったペットボトルと大量の保冷剤をテーブルに並べ始める。
「それ何かの実験に使うやつ?」
「ああ、せっかく徳居くんが来てくれたことだし、来月分の活動もやっておこうと思ってね。なに、こっちで勝手に解説しながら実験するから、あとでレポートだけ書いてくれ」
助平が実験を始める横で、小宮さんも意見がまとまったのか、真剣な表情で話し始めた。
もしかして、これ俺同時に聞かないといけないの?
別々の内容を?
聖徳太子にでもなれってことか?
「徳居くんは奈波さんの喋り方に表裏があるっていう話をしてくれたと思うんだけど、女の子にとってそれは結構当たり前の話で、特に親しい人だけする話とかあったりするの」
「今回の実験は過冷却についての話をしようと思う。ちなみにあの白い冷凍庫は自分で作った物なのだが、ペルチェ素子を使って物を冷やしている。ペルチェ素子というのは半導体熱電素子の一種で、直流電流を流すと、素子の上面で冷却し、下面で加熱する」
ええと、女子の喋り方の表裏は意外とよくあることで、親しい人とそうでない人では違ったりする。
そしてペルチェ素子は電流を流すと表と裏で別々の熱反応を起こすと。なるほど。
「あとね、周りの人たちも言ってたけど、女の子は嫌なことでも意外と我慢しちゃうことがあるから、積み重なった感情がいきなり表に出ることだってあるの」
「過冷却というのは、ゆっくりと凝固点以下まで冷やされた液体が衝撃によって急速に凍る現象のことだ。では、マイナス5度まで冷やされているこの水をビーカーに注いでみるとしよう」
小宮さんがいうには、奈波が怒っているのは今回のことだけじゃなくて、今までの積み重ねが一気に吹き出してしまったかも知れないと。
そして過冷却というのは、限界を超えて冷やされた水に衝撃を与えると、急激に凍り始める現象のことであると。
いや、お前ら息ぴったりか。
全く違う話なのに、奇跡の噛み合い具合を見せている。
「ええと、俺はどうすれば良いのかな?」
「誠意をちゃんと見せるのが一番良いと思う」
「今回の実験を通じて感じたことをレポートにまとめてくれ」
指示がちょっとフワフワしているところまでそっくり。付き合いが長いとここまで息がぴったりになるのだろうか。
そんな二人の関係性が今だけは少し羨ましいと思いながら、助平からもらった六月分の化学部活動レポート用紙の空欄を埋める。実験内容の説明以外はほとんど先月分のコピペだ。
「誠意ってやっぱり目に見えるものがいいのかな」
文字を書く手を動かしながら、独り言のように呟く。
「そういうのはちゃんと自分で考えないと、だよ。相手がどんなものが欲しいかな〜、って」
小宮さんのいうことはもっともだが、それが分かれば苦労はしない。
「助平はどう思う? 何かいいアイデアない?」
「ああ、保冷剤なんかはどうだろうか。これから暑くなることだし、幸いたくさんあるから、全部持っていってくれても構わないよ」
そう言ってさっきまで使っていた保冷剤が入ったビニール袋を手渡される。
その後は助平にお礼を告げ、なんとなく3人で実験の片付けをし、なんとなく解散となり、自分がゴミ処理を押しつけられただけだと気づいたのは、下校中の電車に乗ってからだった。
アパートに到着して最初に向かったのは、奈波の部屋。
何としても彼女には機嫌を直してもらって、色々と手伝って欲しい。
まだ具体的な方法は考えていないが、自動販売機を扱うにあたって、持ち運びのことを考慮したら、どう考えても2人以上必要だろう。
謝罪の言葉を考えながら、インターホンを押す。
「あ、奈波。さっきの事、やっぱ申し訳ないと思って。これ、お詫びの気持ちなんだけど」
そう言いながら、さっき助平から貰ったビニール袋を差し出す。もちろん保冷剤をそのままプレゼントするわけではない。
「えー、なにこれー、ハゲじゃーん」
ハーゲンダッツのことをハゲって略す人、初めて見た。
口に出すわけにはいかないので、心の中で静かに突っ込む。
「そう、希の分と奈波のお母さんの分も合わせて4つ」
さりげなく自分も分もカウントする。さっき調べたあるまとめサイトによると、女子との仲直りにはアイスクリームをご馳走するのが一番効果的らしい。
「それはどもどもー。でも残念、佐々木奈波はダイエットなうで摂取カロリー絶賛30%オフッ! なので、のぞみの分だけいただきまーす。後は自分の夕飯にでもしてねー」
口早にそう告げると、奈波はビニール袋の中からハーゲンダッツを一つだけ取り出し、部屋の中へと帰って行った。
一見いつも通りに見える奈波だが、おかしな点が3つある。
1、奈波の喋り方がいつもと違う。学校の友達、つまり「外」での口調。
2、ダイエット中と言っていたが、昨日の夕食は確か生姜焼き。
3、残りのアイスを夕食にしろと言うことは、今日は俺の分を作ってくれない。
導き出される答えは一つ。
「当分怒りは収まりそうにないな……」
まとめサイトの情報を鵜呑みにしたのがいけなかったんだろうか。
思わずため息をつきながら、自分の部屋へと向かう。
奈波の不法侵入にはいつも不満を垂れていたが、いざいなくなってしまうと、何故だか少し寂しい気分になる。
「ただいま」と言っても返事は返ってこない。
リビングには、ポツンと寂しく、自動販売機と静音が鎮座していた。
「いや、何してんの、静音」
「先週号ぶりね、彗斗くん。今あなたの部屋にあった漫画を読んでいるわ。なかなかいいセンスをしているわね」
そう応える彼女お目の前には、大掃除の直後みたいな量の漫画が積まれてあった。
確かにうちには兄貴の買った漫画がたくさんある。
でも聞きたいのはそこじゃない。
「いやそうじゃなくて、どうやって部屋に入ったんだよ……」
「さっきまで奈波さんの妹が友達とあそんでいたから、普通に入れ違いで入れたわ」
視線を右の方に向けると、ゴミ箱には見覚えのない幼児向けのお菓子のゴミが捨てられてあった。遂にアパートの住民以外にも侵入されるようになったのか我が家は。
「公民館じゃないんだぞ……、ウチは……」
「それに関しては申し訳ないわ。そろそろ携帯返してもらおうかと思って」
「あぁ、そういえば」
背負っているリュックを床に下ろし、静音のスマホを取り出す。
学校で返せるように持ち歩いていたのに、まさか自宅で手渡すことになるとは……。
そしてふと浮かんだ疑問を静音に投げかけてみる。
「そういえばお前、休み時間いつもいないけど、何してんの?」
「日によって違うけど、例えば今週はずっと図書室にいたわね」
「あー、確かに。意外と漫画も置いてあるもんな。手塚治虫とか」
「と、思うでしょ。残念。私の目的は『ラブコメ探し』よ」
「……なんだそれは」
「同じ本を借りようとした男女二人の手が触れ合ってしまうところから始まるラブコメを探していたの」
同じ言語のはずなのに、何を言っているのかわからない。
そういえば、こいつはそう言う奴だった。
「図書室は本を読むとこだぞ……。正しく使おうぜ……」
「あそこにおいてある漫画は全部読んじゃったから、その代わりの暇つぶしみたいなものよ。おかげで3組の出会いが見られたわ」
【だからと言ってスマホを1週間も放置するな。】
【たしか漫画200冊くらいあったはずだけど、入学一ヶ月で全部読み終わったのかよ。】
【いや、ラブコメの発生率思いの外高いな。】
【会話しながらもずっと漫画読んでるの、なんか俺寂しいぞ。】
喉元まででかかった数々のツッコミを何とか飲み込む。
このレベルに突っ込んでいたらキリがないと言うことは俺が一番よくわかっている。
「そういえば彗斗くん。あなた自動販売機をインテリアにするなんて変わった趣味しているのね」
ようやく漫画から目を離した静音はもっともな感想を口に出した。
「……変わってるって、静音に言われてもな」
「心の声と口に出しているのが逆になっているわよ。彗斗くん」
「いや、正常だわ。確かにそう言う表現、漫画でたまにみるけどっ」
静音にスマホを返しながら、自動販売機専門店であった出来事、奈波にちゃんと報告しなかったばかりに今険悪な関係だということ、自動販売機をどうやって稼働させるか、終わった後どうやって処分すればいいのか、今抱え込んでいる悩みをかいつまんで話した。
「思った以上に怒涛の展開ね。最終回が近いのかしら」
「そう、もう何から手をつければいいのか……」
「つまり、奈波さんとの仲直り編と自動販売機運用編の2つね。優先順位をつけて、間に過去編の回想を入れながら、1つずつ解決させていくといいわ。私も手伝うわよ」
「おお、それは助かる。過去編は知らんけど」
「というわけで、学校に設置しましょう。自動販売機は」
「……ほう、その心は?」
「せっかく高校生なんだから、学園ものっぽいことしないと」
「……そんなところだと思ったよ」
相変わらず、頼りになるのかならないのかよくわからない奴だ。
それでも、なんだかんだ手伝ってくれるだけでもありがたい。
「そうと決まったら、早速持ち込みね。50キロくらいなら、原付で運べるわ。自販機の分解はできる?」
「分解は頑張ればできるけど……、個々のパーツだけでも多分100キロ以上ある。」
「Oh……、彗斗くんそもそもどうやって運び込んだの」
「例のおじさんがトラックで手伝ってくれたんだよ……」
「もう一回運んでくれる展開とか?」
「連絡先知らない」
「面目ない……。私が本物の舞空術使えないばっかりに……」
そう呟くと、静音はものすごく綺麗な四つん這いでうな垂れた。心なしか、上から下への効果線がびっしりと見えてくる気さえする。
まさか彼女に気を遣われる日が来るとは。
ちょうどいいので、今の内に床に積まれてある、大量の漫画を片付ける。さっき静音が読んでいたのは13巻、そしてこの漫画は全74巻。もし今日一日全部読み切るつもりだったのなら、たいしたものだ。
そんなことを考えながら、一冊一冊、上下の向きを合わせながら、本棚に戻していく。
そして手に取った48巻の表紙を見て、思わず懐かしい気持ちになる。
「確かここまでは読んだんだっけ。一区切りついた感じだったけど、まだ結構続くのか」
気づいたら、ページをめくっていた。
人間こうなってしまったら終わりである。長編漫画を何となく一度読み始めてしまうと、最終巻まで止められない法則。
テスト勉強、大掃除、引越し、この3つがいつまでも進まない原因である。
しかし、俺はとある台詞を目にして、意識を取り戻すことができた。
「あのさ、静音。俺自動販売機を何とかする方法思い付いたかもしれない」
「ほう、その心は?」
静音はさっきのお返しとばかりに、不敵な笑みを浮かべながら眼鏡をかけ直す。
その手には、さっきしまったはずの15巻があった。
「俺自身が自販機になることだ」
「……あなたのなんだかんだノリのいいところ、結構好きよ」
他の人から見たらただの痛々しい二人組かもしれない。
でも、思いついてしまったからには、実行せずにいられない。
静音と一緒に溶けかけのハーゲンダッツを食べながら、これからどうするかについて、熱く語り合った。
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