休み時間その1:「化学無反応」

 入学式の日の放課後、化学室には男女二人の姿があった。

「ホンットに信じられないっ。あんた高校でもそのキャラで行くつもり!?」

「一応先生方からは良かったというお褒めの言葉をいただいたのだが……」

「同音異義語の暴力よ。あんなのっ」

「……難しい言葉を覚えたな」

 落ち着きのある男子生徒とは対照的に、女子生徒は呆れ果てたような、しかしどこか安心した表情を浮かべていた。

「まあ、どうせ孔明のことだから友達なんていなくても平気とかいうかもしれないけど……」

 その一言対し、男子生徒は食い気味に返す。

「いや、それは困る。部員を三人集めないと、部活自体がなくなってしまうからな」

彼がそう言うのも無理はない。

 この学校の化学部は、去年までの部員が全員三年生だったために、入学式現在、部員は新入生の助平孔明ただ一人、つまりは廃部の危機にあった。


 続いて女子生徒は、まるで諦めたように助言する。

「その変な趣味をやめない限り部員は集まらないでしょ」

「なぜこの素晴らしさが伝わらないのか……」

「実物だからよっ!」

「そういうものなのか」

 純粋な目を浮かべながら孔明は手に持っている『JKの太もも図鑑その4』をカバンにしまい、『その5』を取り出す。

「いやまあ、私は孔明のことよく知ってるから平気だけどっ、普通女の子ならドン引きだよ?」

「ふむ、なら男子生徒に絞った部活動勧誘をするのが効率的か」

「まぁ、それもそうなんだけどさ……、その……、困ってるなら私が化学部入ってあげてもいいっていうか、中学の頃も一応お世話になったし」

 少女は照れ隠しをするように、椅子に座って俯き気味の顔を隠す形で両手の指先を擦り合わせる。しかし、対する少年孔明は、業務報告をするかのように冷静に返す。

「そうか。小宮、助かる。これであと一人集めればいいことになるな」

「……まあそういう反応なのは分かってたんだけどねっ」

 悶々とする気持ちを体現するかのように、少女は口を尖らせながら、足をブラブラと前後に揺らした。

「よし、そういうことなら早速作業に移ろう。勧誘方法については一つ秘策があるから後で買い出しを手伝ってくれないか」

 そう言うと、孔明はカバンの太もも図鑑の束の中から『新入部員確保計画書』と書かれたキャンパスノートを取り出し、たった今二人目の部員になった小宮凉菜(こみや すずな)に手渡した。

 そのノートをパラパラとめくりながら、涼菜が呟く。

「孔明って鈍感のくせにこういう所頭いいよね……」

 助平孔明、現高校一年生。彼は学内屈指の頭脳を持ちながらも、性に対する興味を拗らせ、その知能を間違った方向へと浪費してしまっていた。

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