第257話 私とみんなの温泉宿(14)
冷たい小川に身体が冷えてしまったので、おきがえついでに温泉で温まることにした。
そのときに脱衣所で『クリーニング用』と書かれたカゴを見つけた。
やっぱりクリーニングサービスも用意されているようだ。あるいは用意されたのか。
ここまでくると至れり尽くせりすぎて、まるで私たちをこの場所にとどめようとしているんじゃないかって、そんな本コワみたいなぞわぞわを感じる。
ま、使えるなら有効活用するんだけどね。
「あぁ~……」
お肌とぅるんとぅるんの気持ち。
昨日からこっちふやけるほどつかってるはずなのに、毎回なんか違う感動があった。
それにしてたってお湯につかってこんな声を上げると、なんだか年を取ったような気がするなぁ。
「にゃおぉぉ」
「はふぅ」
だけど幼さ代表のふたごちゃんも同じように声を上げているから、気にしすぎかも。
温泉の魔力ってことでひとつ。
はふぅ。
にしても、お湯のつかりかたひとつとっても個性が出るもので。
まるでおどろいてるみたいに目を見開いて両手をわっわと広げるおねえちゃんと、お湯のあつさに耐えるように目を閉じてきゅっとちぢむいもうとちゃん。
見た目はうりふたつで、服も脱いでいるのに、ふたりはどうみてもおねえちゃんといもうとちゃんだった。
ほんとうに、このふたりって似ても似つかないよねぇ。
「あったかいねぇ」
「うん! きもちーね!」
「ゆみかちゃんのゴイりょくはざこざこですね~、せっかくのおんせんなのにぃ~」
お湯に慣れたらしい、ゆったりとほほ笑むいもうとちゃんの、毒舌もいつもよりおだやかだった。
これが温泉パワーかぁ。
……あれ? 毒されてるのは私か?
まいいや。
「どうしようねぇ~……今日もうやめとく? 探検」
「え!? なんでゆみ!」
「ゆみかちゃんは~おとしよりなので~、おゆにつかってつかれてしまったんですよね~」
「お年寄りってほどではないけどねぇ」
「た、たいへん! はやくあがろ!」
「わぉー」
あわてて私の腕をとってお湯からひっぱり出そうとするおねえちゃん。
どうやら温泉より探検がお好みらしい……あれ?
「ほんとうにゆみかちゃんはざこざこですね♪」
「ほらゆみー! たんけんしようよー!」
おねえちゃんに負けじと、反対側の腕をぐいぐいひっぱってくるいもうとちゃん。
もしかしてけっこう乗り気なんだろうか。
いやまあ、私だって半分くらいは冗談だけどさ。
「よし、じゃあ……行こかぁ」
少女ふたりに引っ張られるまま、私は温泉から引き離された。ひやりとした空気を感じる間もなく、やわらかなふたりぶんの体温がむぎゅぎゅと冷気から遠ざける。
めっちゃ体力回復してる気がする。
速やかにこの状況を脱しないとヤバい気もする。
「湯冷めしないようにしっかり乾かすんだよー」
「はーい!」
「もう、うごかないでくださいおねえちゃん」
お風呂を終えて、みんなで並んで乾かしっこ。
いもうとちゃんがおねえちゃんを、私がいもうとちゃんを。
それが終わったらこんどはふたりで私の髪を乾かしてくれる。
「おかゆいところはありませんかー!」
「うん、気持ちいよ、ありがと」
「しんぞうがうごいていますよゆみかちゃん♪」
「言葉がドライすぎてドライヤーいらないねー」
みんなで念入りに乾かして、それから着替えをさがした。浴衣以外にもなにかあるのかなって思ってたら、
「おねぇちゃん、みてください」
「んにゃああー!? かっこいー!」
いもうとちゃんが見つけたのはいかにも探検隊っていう感じのコスチューム。
気分はインディージョーンズだ。
まったくもって用意がいい。
「きっとヘンタイしゅみのゆみかちゃんがよういしていたんですね……♡」
「ありがとぉーゆみ!」
「むしろ――いや、まあいいや。ふたりとも似合いそうだしね」
むしろ求めるものを与えてくれるこの旅館のシステムを思えば、見つけたいもうとちゃんの趣味というのがきっと正しいんだろう、言わないけど。
表に出さないだけで、じつはやっぱり乗り気らしい。
というわけでレッツお着がえ。
ごていねいに色ちがいのスカーフに、みんなそれぞれの探検隊グッズまで用意されている。
おねえちゃんは情熱リーダーカラーの赤、
いもうとちゃんは冷静サブリーダーな青、
そして私はピンク色。
私いもうとちゃんに脳内お花畑だと思われてる?
「ふふっ、おにあいですね♪」
「ゆみカワイー!」
「ありがとー。いもうとちゃんはあとでちょっとしっかりおはなしの機会をもうけようね」
「べっしつにカンキンしてなにをするつもりですか、ヘンタイゆみかちゃん……♡」
「お湯でゆだっちゃったのかな」
本当にいもうとちゃんは腰をすえて一度言い聞かせるべきなのではないだろうか……。
まあ、それはさておき。
「リルリル探検隊、ファイトー」
「わー!」
「はいはい」
大喜びのおねえちゃんと、やっぱり斜にかまえたいもうとちゃん。
探検隊ユニフォームに身を包んだ私たちは、あらためて旅館のまわりを探検することにした。
旅館を出てすぐ、おねえちゃんはさっそくフタつきの双眼鏡をのぞき込んでぶんぶん顔を振る。
「ゆみー! なにも見えないよー!」
「ほほう。じゃあいもうとちゃん、魔法をかけておやりなさい」
「……まったくもう」
やれやれと大げさに肩をすくめたいもうとちゃんが双眼鏡のフタを取る。
解放された視界におねえちゃんは歓声をあげてあたりをくるくる見回すと、それからいもうとちゃんにレンズを向けた。
「すごぉーい! ありがとみくちゃん!」
「おねぇちゃんがうれしいとわたしもうれしいです」
「よかったねぇ」
ウキウキで周りを見回すおねえちゃんと、照れ笑うようないもうとちゃんをなでなでする。
「にへへー! あっ! あっちなにかあるかもー!」
「おいてかないでほしいでありまーす、タイチョー」
てってってーと走り出したおねえちゃんは、しばらく進んだら双眼鏡であたりを見回して立ち止まる。
これなら置いてけぼりにされることはなさそうだ。
きょろきょろするおねえちゃんに追いつく道すがら、いもうとちゃんがふんっと鼻を鳴らした。
「……くだらないゴキゲンとりですね」
「もっとすなおになっていいんだよ? ほら、だれもいないんだからさ」
「はぁ。……ゆみかちゃんはマゾヒストなんですね♪」
「ふだんのあれでガマンしてるんだ……? いや、そうじゃなくてね」
どう言えばいいかと考える私に、いもうとちゃんはふふ、と笑う。
それはからかうようでも、かといって子供みたいな無邪気なものでもなく、どこか大人びて感じた。
「おはなしはあと、ですよね♪」
そう言って駆けていくいもうとちゃん。
単純に探検を楽しみにしているようにも、ふつうにごまかされたようにも感じる。
思えば、無リルカは本来ふたりきりをつくるけど。
このふたりはふたりでひとつだから、ついいつも、こうして三人ぼっちを選んでしまう。
冗談のつもりはなかったけど……タイミングがあえば、ふたりとはそれぞれ、ふたりきりの時間を作ってみようかな。
「あっ! ゆみみーつけた!」
「みちゃダメですよおねぇちゃん、レンズがわれてしまいます♪」
「隠しきれなかったかぁ、戦闘力」
まあ、それはまた様子を見てからかな。
ひとまず、ふたりとの大冒険を楽しむとしよう。
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