第258話 私とみんなの温泉宿(15)

「むむっ! ゆみタイチョー! はっけんしました!」


 川沿いに歩いていると、なにかを見つけたらしいおねえちゃんがぴょんぴょんとびはねて教えてくれる。


「ほう、報告しなさいイチカ隊長」

「どうしてふたりともたいちょうなんですか……」

「かっこういいからでありますミク隊長!」

「でありまーす!」


 きゃっきゃうふふとはしゃぐ私とおねえちゃんに、いもうとちゃんは安定のやれやれムーブ。

 そんな彼女をしりめにぎゅうぎゅう触れ合っていると、いもうとちゃんがにわかに探検隊道具のムチをパァンッ! と弾いた。


「ひわっ」

「うわおっ」

「いいてごたえですね、これは。……それで、なにをみつけたんですかおねぇちゃん」

「う、うん」

「ど、どうしていま急にムチ試したの?」

「きぶんです♪」


 そっかぁ、気分かぁ。

 とりあえずおねえちゃんと距離を空けた。


「え、えっとね、そう! みつけたの! あれー!」

「どれどれ」

「むむ……ゆみかちゃんがじゃまでみえません」


 おねえちゃんの指す方に目を向ける。

 『あれ』とやらを探していると、いもうとちゃんはかわいらしくも小生意気なことを言いながら私によじよじと登って、肩車みたいな姿勢になった。


 すると彼女はすぐに見つけたようで、「あっ」と小さく声を上げる。


「お花がさいていますよ、ゆみかちゃん」

「うん! おはなばたけはっけーん!」

「あらほんとだ。キレイだねー」


 なるほど、どうりで私には見つからないわけだ。

 てっきり謎の人工物でもあるのかと思って探していた。私も大人になっちゃったなぁ、と感じる。


「ようし、お花畑めざして発進だー!」

「きゃっ!」


 そんなちょっとした寂しさをごまかすように、いもうとちゃんをがっしり支えてあげながら走り出してみた。


「もうっ、ゆみかちゃんおとなげないです!」

「あはは、ごめんごめん!」

「うおー!」


 そんな文句を言ってしがみついてくるいもうとちゃん。おねえちゃんは私に負けじとお花畑に一目散だ。


 お花畑、といってもシロツメクサの群生地って感じだ。

 小川の左右を挟んでそよそよと揺れる白色のカーペットは、美しさよりは憧憬で胸を打つ。


 なつかしいな、花かんむりとか指輪とか、作って遊んだ覚えがある。


「きれぇー」

「四つ葉のクローバー見つかるかな」


 あとは、シロツメクサといえばクローバーだろう。

 そう思って見下ろす私だけど、どうやらおねえちゃんはそもそもそれがシロツメクサだともあんまり分かっていなかったようで、しゃがみこんでじぃと観察した。


「クローバー? あっ! ほんとだ、クローバーだ! よつばみつけたらゆみにあげるね!」

「あはは、ありがと」

「じぶんのこううんのためにじどうろうどうさせるなんて、キチクゆみかちゃんです♡」

「ずいぶんファンシーな外道じゃない? 私もさーがそっと」

「きゃっ」


 断りを入れずにスッとしゃがむといもうとちゃんがまた小さな悲鳴をあげる。

 うらみがましい視線を向けて耳を引きちぎろうとしたいもうとちゃんだったけど、幸いあきらめてくれて私の背から降りていった。


 ふたり仲良く四つ葉探しをするふたごちゃんズ。

 なんだかんだと斜にかまえているいもうとちゃんも、ずいぶん熱心なようすで葉っぱをあらためていた。


「んー、みつからないねー」

「そうカンタンにみつかったらこううんじゃないですよ、おねぇちゃん」

「そっか! そうかも!」


 そんなめちゃくちゃほほえましい様子をしり目に、私はいそいそと花を集める。

 四つ葉のクローバーさがしのねぎらいに、花かんむりでも作ってみようかなってね。


 なつかしいな。

 といってもさほど詳しい記憶が残っているわけではないけど、でも、それくらい普通のこととして花かんむりやら花ゆびわを作っていたような気がする。

 

 おぼろげな記憶の中で……なんだろ、小学生くらいのころかな? 自分よりちいさな子供たちを引きつれて、全員に花かざりをプレゼントしたような気がする。


 いったい何人の女児たちの薬指をうばったんだろう。

 彼女たちの人生で、私がすっかりただの思い出になってくれていることを祈るばかりだ。いつかメイちゃんの言ってたかぎりだと、私のプロポーズやらなんやらはちゃんと冗談とか、ちょっとしたイベント感覚で処理されていたみたいだけど。


「ふんふふ~ん……おや」


 そんな思い出にひたりながら花かんむりを編んでいると、視線を感じた。

 見上げれば、ふたごちゃんのくりくりの目がじぃぃと見つめている。


「なにそれぇー」

「おさぼりしてなにをつくってるんですかぁ?」

「えーっと、プレゼントだよ?」


 興味津々のきらきらと、とがめるようなジト目。

 すべてをごまかせるとうわさのニッコリ笑顔で、ふたりの頭に花かんむりをかぶせてあげた。


 ふたりはおたがいを見つめ合って、それからパッと表情を華やかにする。


「わー! おかんむりだー!」

「んふふ、ゆみかちゃんにしてはまずまずですね♪」

「まあね。なかなかよくできてるでしょ。ふたりともかわいいーよ」


 探検隊服との親和性なさすぎるけど、まあそれもまたごあいきょうってやつだろうたぶん。


「どうやってつくるの!? わたしもやる!」

「ゆみかちゃんにできるならわたしたちにもカンタンですよねっ」

「そうだねー、ていねいにやったらキレイにできると思うよ。いっしょに作ろっか」


 というわけで、きゅうきょみんなで花かんむり作り。

 いつになく牧歌的というかなんというか。

 こういうほのぼのしたのもたまにはいい。


「んー。ゆみー、こう?」

「うん上手上手。そのままどんどん編んでいっちゃお」

「むむむ……」

「ああ、そここんがらがっちゃってるね。一回戻しちゃおっか。手伝ってもいい?」

「むぅ……しかたないのでかしてあげます」

「ありがと」


 印象に反しておねぇちゃんは器用に進めているけど、いもうとちゃんは苦手みたいだ。


「おお、いいよいいよ。そんな感じ」

「んむむ」


 だからつい姿勢がいもうとちゃんに傾きがちになってしまう。なるべく意識しておねえちゃんにも顔を向けるようにするんだけど、


「んー……あっ、しゅーちゅーしてた。ゆみー、ちょっとじぶんでやってみるね!」

「そっかぁ。わかった。こまったら教えてね」

「うんっ」


 そんな感じで、しばらくしたらおねえちゃんのほうから黙々と作業に打ち込んでしまった。

 いっぽうのいもうとちゃんはやっぱり難航気味なので、最後の方はほとんどかかりきり。


 それでもなんとかかんとか、ふたりぶんの花冠は完成する。


「できたー!」

「……」


 おねえちゃんの花かんむりと、いもうとちゃんの花かんむり。


「あははっ、おっきくなっちゃった!」

「かんむりじゃなくて首飾りみたいだね」


 途中から集中モードになっていたおねえちゃんは、どうやら勢いあまってしまったらしい。


 全体的なクオリティはおなじくらいに見えるけど、おねえちゃんはとっても嬉しそうで、いもうとちゃんは納得がいっていなさそうだ。


 私がかかりきりになっていた、というのがおもしろくないのかもしれない。


 といってもなるべく直接手をかけないようにしていたから、のみこみの早さに違いはあっても、最終的にはおなじくらい上手だったと思うんだけど……


「はい! ゆみあげるー!」

「わおっ、ありがとぉー」


 おねえちゃんから花かんむりもとい花くびかざりをかけてもらう。

 それからなんとなくふたりでいもうとちゃんを見ると、彼女はびくっとわずかに肩をふるわせて、それから花かざりをさっと背後に隠した。


「わたしのてづくりをもらおうなんて、なまいきですよゆみかちゃん♪」

「えー、ちょうだいよー」

「やぁです♪」


 やぁらしい。

 それからもうちょっと粘ってみたけど、いもうとちゃんはかたくなに渡してくれなかった。


 まあ、しかたない。


 どこか心配そうに表情をくもらせるおねえちゃんをそっとなでて、大丈夫だよ、と笑いかけておく。


「はぁ、ゆみかちゃんにつきあっていたらすっかりすわりつかれちゃいました。みちくさはここまでですっ」

「お、やる気だねー」

「ふたりにつきあってあげているんです」


 そんなことを言ってせかしてくるいもうとちゃん。

 おねえちゃんはひとつ私の手にほおずりをして、双眼鏡をすちゃっとやりながらまた先頭に駆け出した。


「いっくぞー!」

「はしったらころんでしまいますよ、おねぇちゃん」


 おおげさにあきれて見せながら、私を置いてさっさとついていくいもうとちゃん。

 すぐにおいついて仲良く手をつなぐふたりを、私も遅れておいかけた。


「私もまーぜてー」

「おじゃまアブラムシがきましたよおねぇちゃん」

「あははっ、おにごっこだー!」

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