第255話 私とみんなの温泉宿(12)

 私はみんなを大好きで、みんなを大切で。

 そんな傲慢でどうしようもない欲望のままに、手当たり次第に告白しまくるようなロクデナシだ。


 だからこそ、みんなにとって最高の自分でいたい。だれもが文句を言えないほどまんぞくさせられるようにがんばりたい。


 だけど、ここで私がイヤリングを外してしまったら。

 大切なだれかにもらったものを、だれかのために捨ててしまうようなことしたら。


 そんなの、だれにとっても裏切りじゃないだろうか。

 

 それをくれた人の想いをそでにして。

 めのまえの人にも私の不誠実を見せつけて。


 そんな私を私は誇れるだろうか。


 私の一番大好きな私ですって、ささげられるだろうか。


 なんて、考えるまでもないことだった。


「だったら私は外せない」


 姉さんを拒む言葉がするりと口をついた。

 それは私の人生でありえないことだった。

 だけど姉さんが求めてくれた私は、多分きっと、今ここで姉さんを拒むことができる私だった。


 その証拠に――


「……」


 あっれぇすっごい泣いてるぅ。


「ね、姉さん!?」

「ふ、ふふ、ふ……分かってたわ、分かってた……そうね……そうよね……ふふ、ふ……」

「あの、」

「…………でもユミならそれでもわたし選ぶと思ったのにどうしてこんなにお膳立てして全部したのにどうしてそうなのどうして台無しにしてくれないのどうしてどうしてどうして」

「あばばばば」


 どうしよう姉さんが壊れた!?

 いや私が悪い、それはそうなんだけどそれにしてもほかにどうしろって言うんだ……!


「ま、待って姉さん、私姉さんとほんとはシたいよ? ほんとすごくめちゃくちゃシたいけどね? でもほら私はみんなを選んでるわけでだからだれかを裏切るような私なんて一番じゃないっていうかそのあの」

「分かってるわ……分かってるけどそれがどうしたの? だってわたしは姉さんなのに」

「おぉん……」


 本来は血の繋がった姉であるという点も問題であるというのはいまさらすぎるだろうけども飲み込みきれないよさすがに。


 いつから姉妹でするのがスタンダードになったんだっけなぁ……


「ぐすん、ユミならそれでもほかの女なんて捨てて裏切って私を選んで一生ここで暮らしてくれると思ったのに……」

「100歩どころか1万歩くらい先を行ってない??? ここで生涯をともにするみたいな話しあった!?」

「でもできるんじゃないかしら」

「いや宿泊にもポイントいるし……あれ」


 そういえば帰りの電車賃もリルカポイントだっけ。

 ということは宿泊できなくなるだけでこの空間には居続けることができる……?

 なんなら白黒交互に使えばノーコストでポイント稼げるわけだけど……そう思うと実質無限に……


 うんこれ考えない方がいいやつだねっ!


「と、ともかく姉さん。私はちゃんと姉さんとシたいよ? それはほんとう……だから泣かないで?」


 にしてもさっきから冷静に考えると頭ふっとうしてるとしか思えないことを口走ってる気がする。

 誠実とはどこに消えたんだろう。


 だけどそのかいあってか、姉さんはゆっくりとでも落ち着いて――


「……ふぐ」

「わぇっ、ちょっ、また今度はなんで……」

「だって、ユミがわたし以外とはじめてをするだなんて考えただけで………………いっそカードを割ってしまえばもう帰れなくなるのかしら」

「わー待って待って待ってしないしないしないから!」

「……ほんとうにしない?」

「しない! 姉さん以外とハジメテなんてしない!」

「それってつまりわたしとハジメテをするってことよね?」

「……?」


 …………。

 ……?

 ………………、……。

 …………

 ……

 …


「はっ!?」


 あれホントだ!?

 もしかして私やってる!?


「い、いやまだ私が生涯にわたって貞操つらぬくプラトニックラブ仮説があるし」

「ないわよ」

「ないんだ……」


 涙も引っ込むほど強靭な確信なんだ?


「わわっ」


 遠い目になっていると、姉さんは私の首に腕を回してぐぐっと私を抱き寄せる。

 腕でささえきれずに落下して、柔らかな姉さんにぎゅむって受け止められた。


「ねえユミ。それなら約束してちょうだい?」

「や、やくそく?」

「そうよ。お願い、と言い替えてもいいかしら」

「ど、どんな?」


 なんて尋ねてみても姉さんはにこにこと笑うだけ。

 まあ、言われずともその意図は分かる。

 話の流れ的につまり、姉さんは、その……私が姉さんにハジメテを捧げることを望んでいるわけで。


 それを、お姉さんみたいに形にする。


 だけど今使っているのは白リルカだ。

 姉さんから私への強制力はなくて。

 あるのは私から姉さんへの強制だけ。


 ……だとすれば。


 姉さんの求めている言葉は。


「……、っ、…………わ、私のハジメテは、姉さんがもらって、ね?」


 姉さんの求める言葉を口にする。


 私が優位のはずなのに、明らかに姉さんに言わされた。

 私は未だかつてリルカ効果に反抗できたことなんてないのに、さすがは姉さんだなぁ、とか。

 そんな思いがぼんやりとあった。


「うふふ」


 姉さんは笑った。

 それはもうとびきりに。

『計算通り』

 みたいな副音声さえ聞こえてくるくらい。


「ええ、約束するわ、ユミ」

「う、うん」


 ぎゅっと姉さんに抱きしめられる。

 鼻歌なんて歌ちゃって、とても上機嫌に。


 それならまあいいかなぁ、なんて。


 さすがにちょっとそう思えないくらいに、重い約束をしてしまった気がする。

 どうするんだ、これ。

 

 私が姉さんを拒んだのは、いまここで姉さんを受け入れてしまうことがほかのみんなにとっての大きな裏切りになってしまうからだ。


 私はみんなを好きで、そんな自分をみんなに押しつけてやるんだって決めた。

 だからこそ、そんな裏切りをしてはいけない。

 どういう形になるにせよ、全員になっとくできるようにしなければならないと、そう思う。


 そこに今回の約束だ。


 姉さんにハジメテをささげる。

 まあそれ自体にイヤはないケド。

 だけど、でも、それを全員になっとくできるようにするって……ムリじゃん。

 ムリだよ。

 だって、ムリだよ?


「いったいどうすればいいんだ……」

「うふふ、たいへんねぇユミ」

「ひ、ひとごと」


 ウソでしょ、と視線を向けるけど、姉さんはまったく気にしたようすもなく私をぎゅっぎゅとする。


「だってユミは約束してくれたもの。それならわたしは、その日が来るまで準備をしておくだけじゃない」

「じゅんびって……」

「そうねぇ、たとえば」

「ひゃうっ」


 なっ、にゃぬお!?

 なになになになになにしてるの!?


「ね、ねえさっ、」

「ハジメテのときにちゃんと気持ちよくなれないと、もったいないでしょう?」

「だっ、からってこんっ、さ、さすさすしない!」

「だいじょうぶよ、だいじょうぶ。姉さんがちゃんと準備してあげるから」


 姉さんはニコニコ笑って私をまさぐる。

 来るXdayに向けて、私がとびきり気持ちよくなれるための下準備……それってもしかして『開発』とか『調教』とか呼ぶべきものなんじゃ?


 え、なに私、これから姉さんに調教されるの?


 貞操確約したせいで――いや貞操確約ってなんだよだれが認めたんだそんな日本語。

 っていうかそれはじっしつ貞操アウトなのでは?

 ぜんぜん大丈夫じゃないんだけど!?


「ああ、ステキ……まだまだお泊りもこれからだものね」

「えっ」


 そういえば、まだお昼ご飯も食べていない。

 この状態の姉さんとあとほぼ丸一日……?


「ひ、ひゃ」


 鳴りひびく警鐘。

 ぜったいダメだと思うのに。

 なにせ準備万端な私は、つい、ささげられる分は全部ささげてしまいたいなぁなんて、思ってしまうわけで。


「お、おてやわらかに?」

「う ふ ふ」


 あれおかしいな、もう白リルカが終わってるのかどうかもわっかんないや。


 まあ……貞操だけは保証されてるし、いいかぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る