第253話 着々と進行するわたし

 かわいらしいお人形が、わたしの手をうっとりとなでている。

 この子の手で磨き上げられたわたしの手。

 無意識にもぞもぞと太ももをこすり合わせていることに、この子は気がついているのかしら。


 いまのこの子は、わたしのもの。


 わたしが求めれば、抵抗のしようはない。


 わたしの手で磨き上げられたこの子が。


 わたしの思うままに、なる。


「ねえ、姉さん。……これから、どうしよっか」


 期待に満ちた視線がわたしをふりむく。

 はじめは私を拒んだはずのこの子が、まるでわたしを望んでいるように。

 黒いカードのせい、というだけではなくて。

 なんだか、わたしの積極的な意思を必要としているように、見える。


 ユミのことだから、わかる。


 この子はわたしを欲しがっている。

 それがダメだと思う気持ちも本心なのでしょうけど、でも、それと同じくらいに、この子は欲している。


 むしろ、よくガマンしているものだとさえ思う。

 この子の性質を思えば、手を出していない方が異様だ。大好きな人のすべてが欲しいと、この子はいつも望んでいる。


 わたしも同じように、望んでいる。


「ねぇ、姉さん」


 ……黒いカードの効力は、しばらく続きそうね。


「ふふ。だめよ、ユミ。まだまだ足りないもの」

「えぇ、どうして?」


 しゅん、と眉が落ちる。

 それなのに、期待するように、目はうるんでいた。


 きれいに身体を清めて。

 爪を整えて。

 準備を、進めてきた。

 

 それにまだ先があることを、彼女はよろこんでいる。

 今よりもキレイになって、そうしてわたしに、身をささげることを。


 応えてしまいそうに、なる。


「ユミは、どうすればいいと思うかしら」

「ぅんと……」


 とろんとまぶたを落として、ゆらゆらと考え込む。

 内側から彼女を溶かす熱に、きっと意識さえも正常ではないのでしょう。


 ふらふらと揺れていた頭が、ふと、止まる。

 きゅ、と小さくなって。

 そして、か細い声で、彼女はつぶやく。


「……」

「なぁに?」

「む、むだ、げ? キレイに、しなぃと……」


 きゅう、と、もっともっと小さくなる。

 だけど口にした言葉を引っ込めることはなくて。


 ……妹ながら、ほんとうに、想像もできないことを考えつくものね、この子は。


「さっきは気にならなかったけれど」

「う、うんと……」


 もじもじと太ももをすり合わせる。

 きゅっと浴衣を握りしめて。


「し、したの毛って、な、ないほうが、姉さんはうれしい、かな……って。そのほうが、えっと、気持ちいと、思う、し」

「……そうねぇ」


 それは、たぶんあなたの好みじゃないかしら。

 昔からあなたは年下の子が好きだったものね。


 気持ちよさそうだと、思っていたの?


 よくガマンしてきたわね???


「でも、もうお風呂に入ってしまったし、それは次の機会でいいかもしれないわね」

「だ、だめだよ! いちばんキレイな私じゃないと……」

「ユミはキレイよ」

「ううん。特別な瞬間だから、だからいつもよりずっと、特別な私になりたいの」


 まっすぐにわたしを見つめるかわいい妹。

 あまりにもかたくなで、少し笑ってしまう。


 ……ただ、そうして望む特別が、ソレで本当にいいのかしら。


「それなら、そうね。……お風呂に行きましょうか」

「う、うん」


 どきどきと弾む、心臓の音がわたしにまで届く。

 立たせることさえすこし不安なくらいにゆだっているから、わたしはユミを抱き上げた。


 脱衣所で、彼女のすべてをあらわにして。

 洗い場のイスに、座らせた。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ……!」


 ここまできて、やっぱりダメだと、そう言い出すことを、すこしだけ想像していた。

 けれどこの子はすっかりのぼせていて、そんなよゆうはないみたい。


 後戻りも、ごまかしも、もう効かない。


 わたしは、わたしの手で、いまからこの子をキレイにする。気がつけば、その意思にしたがうように、道具が手元に用意されていた。


 ほんとうに不思議な場所。

 あまりにもおあつらえ向きじゃない。


「ユミ。それじゃあ、はじめるわね?」

「ぅ、ん」


 まるで声を抑えるように、指の真ん中をそっとはむ。

 まだ触れてもいないのに。


 カチャ、と。


 道具を手に取る音が、やけに大きく響いた。


 そうして――はじめる。


 ユミをもっとキレイにする作業。

 それはこの子が望んだこと。

 特別な時間のための、特別な準備。


 もうすっかり、この子はそれを待ち望んでいる。


 この子は、そうしないと決めていたはずなのにね。

 この子の抱える熱情と比べれば、あまりにも薄弱な意思だわ。


 それはきっとこの場所のせい。


 ここには、わたしと、この子しか、いない。


 だから拒めない。

 求めれば、応じないでは、いられない。

 わたしが求めたから、この子は。


 どんなに簡単なことかしら。

 この子を求めることなんて、息をするよりも自然なことで。

 この場所に来てしまった時点で。

 わたしは、この子のすべてを手にしたのと同じだった。


 それをこの子は、きっと本質的には理解していない。

 わたしが、わたしたちが、ほんとうはどれほどまでにあなたを欲しているのか。


 あなたを取り巻くすべての世界を破壊して。

 わたしだけのあなたを手に入れたいと。

 どれだけ願っているのか、分かっているのかしら。


 だからあなたは、そもそもぜったいに拒まないといけなかった。

 こんな場所に来てしまうことを。

 相手がだれであっても、必ず。


 そうでないと、こんなふうになってしまうのだから。


「はぁっ……、はぁっ……」


 全身をふるわせて。

 せっかくマッサージしてあげた身体が、もういちどがちがちになってしまっているくらいに、力を込めて。

 息も絶え絶えになりながら、ユミはこらえていた。


 ユミは、特別にキレイになった。


 こんな状態のこの子を見て、なにも感じない方がどうかしているでしょう。


 『準備』が整ってしまった。

 すべての準備が。


 ああ、わたしまで、のぼせてしまいそう。


「どうかしら、ユミ。キレイになったわね」

「ぅん、ありがと、姉さん……」


 わたしの声に、ようやくユミは力を抜いて。

 ぐったりとわたしに身をゆだねながら、キレイになった場所をそっと指でなでる。


 うれしそうに頬をゆがめる表情が、鏡ごしによく見える。

 しばらくその成果をたんのうしていたユミは、ふいにわたしと目を合わせた。


 黒いカードの効果が、終わった。


 安堵するわたしに。

 ユミは、どこからか白いカードを、取り出して。


「つぎは、姉さんの番、だよ?」


 ……ほんとうに、この子ったら。

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