第251話 私とみんなの温泉宿(10)
新作を上げる前にコイツにケリをつけないとですね
――――
「うふふ」
と、笑う姉さんを見上げながら。
浴衣さえ許されず、大きなバスタオルだけでハダカを隠した私はお布団の上に寝転んでいる。
下着すがたの姉さんは私の上に馬乗りになって、柔らかなおしりを太ももの上に乗っけていた。
「いい? ユミ」
アロマのあまい香りの中で、姉さんは笑っている。
ぬらぬらと濡れた手を、見せびらかすようにして。
それを拒む理由は、とっくのとうになかった。
「うん……」
それでもすこし、恥ずかしくて。
面と向かって受け入れることは、なにかはしたないような気がして。
「うふふ。ちゃあんと言って、ユミ」
だからつい、まるで顔をそむけるみたいに、うつむくみたいにあいまいになってしまう私を、姉さんは優しい声でいじめたてる。
「姉さん……姉さんに、してほしい、な」
「ふふ。なにをしてほしいの?」
「なにを、って」
「ほら、ちゃんと言って?」
ゆらりと笑う、笑うだけ。
指のひとつも触れずにただ。
白も黒も手元にはない。
だから私は、逃げ出しそうなひとみを必死に姉さんに向けながら、言った。
「姉さん――マッサージ、して?」
「ようくできたわね」
そうしてふってきた姉さんが、私のはだに指を沈める。
反射的に飛び出した声に目を細める姉さんは、そして、その指で私をすみずみまでほぐしていく。
――言うまでもなく、不健全なことはなにもない。
アイスを食べて落ち着いた私が、ぼんやりつぶやいた言葉がきっかけだった。
“せっかくお風呂に入ったのに、なんだか疲れちゃった。”
なにせ嘔吐っていうのは体力を消耗する。変に身体に力を込めてしまったせいで、コリも感じていた。
そんな私をみかねた優しい姉さんが、こうしてマッサージの腕前を披露してくれているっていうわけ。
つまりとっても健全だ。
ふだんから方々でマッサージして回っていることに定評のある私からすれば、あらゆるマッサージは極めて健全性の高いいわゆる健全性行為とみなされる。
たとえうす暗い部屋の中でも。
もちろんお布団の上でも。
そしておたがいにうす着でも。
……あれ?
そういえばなんで姉さんも脱いでるんだろう。
まあいいか。
リラックスなアロマのお香も炊いてるし、アロマオイルも使ってるし、もうそれだけでマッサージと言い張っていいはず。
「どうかしら」
「すご、いぃ、よ」
いつもマッサージをする方だから、こうしてされる方なのはなんだか不思議な気分だ。
っていうかそもそも姉さんがめちゃうまい。
なんか、なんだろう、美容系マッサージみたいな容赦のなさもちょっとある。
「あぁう……はぅ、おぉ……」
「もっと気持ちよくなっていいのよ」
「うん……」
……正直、ちょっとだけ警戒していた。
なにせ姉さんは実妹の貞操を狙う宣言をしちゃうタイプの姉なので、マッサージにかこつけてふれあいの欲を満たそうとするような、そんなふらちなことをするんじゃないかって。
だけどそれは姉さんをわかってなさすぎる。
過去の私はまだまだだね。
ハッとさせられたよ。
姉さんは、私が本当に苦しんでるときは、誰よりも優しく私をやわらげてくれるのだ。
だれだよマッサージときたら女の子とのいちゃいちゃチャンスだとしか思っていないヤツは。
きっと目先の欲にばかりとらわれて後先考えずに女に手を出してにっちもさっちもいかなくなるようなヤツなんだろうな反省しろ。
「はふぅ……しあわせぇ……♡」
「そう。いっぱい練習したかいがあったわ」
「んふふ」
うっとりと笑う姉さんに、練習台になったであろうどこかのだれかを思って優越感にひたる。
あの人に対するすべては妹である私の練習台でしかないのだ、ふっふっふ。
「いまわたし以外のことを考えていなかったかしら」
「ひぇすみません……」
「もう、しかたのない子ね」
くすくすと笑った姉さんは、本気でとがめていたわけではないんだろう。
当たり前のように思考が透けてることも今となっては気にならない。なにせ姉さんなのだから。
「胸をもむわね」
「うん」
……うん?
あれ、なんかすり抜けていったか?
なんて思う間もなく、姉さんの手が私の胸を、その土台から持ち上げるようにもみ上げた。
一瞬おどろいたけど、なんということはない、これもマッサージなのだ。
胸が小さいからこそよく分かる。
リンパ的なやつの流れをよくしつつ、胸の形を整える感じで、なんだかよくわからないけど美容によさげ。
「痛くはないかしら」
「うん、きもちぃよ」
姉さんに胸をもまれるのが気持ちいい。
字面から顔を背ければとてもステキな気分だ。
……少しくらい、もっと『ステキ』なことをしてくれてもいいのにな、なんて。
そんなことを、ちょっぴり思う。
どうせふたりきりで、だれに見とがめられるでもないのに。
「ユミ、反対向きして?」
「うん」
それなのに姉さんは、ほんとうにただのマッサージだけで私の胸から手をはなす。
そしたら私を反対向きにして、今度は背中に手を触れた。
もうとっくに姉さんの手を受け入れきった私はただ心地よさだけでそれを感じる。
姉さんの手が私の背をほぐしていく。
ぐ、ぐ、と体重をかけて、肩から、腰まで指圧する。
太ももからお尻までを、きゅっきゅとしぼって持ち上げるみたいに、もみあげる。
どきどきする私がとんでもないマヌケみたいに、姉さんはどこまでも真剣で、まともなマッサージをする。
「姉さん……」
「なぁに」
「んと……その……えっちな気持ちには、ならないの?」
こんなの、まるで誘っているみたいだ。
自分の身をゆだねながら、えっちな気持ちになってほしいみたいに、期待するなんて。
そんな私に、姉さんのささやくような笑い声がおりてくる。やわらかくて、あたたかな重みが、私の背に、のしかかった。
きっと私をどんなふうにほぐしても得られないやわらかさ。
「ユミが、言ったのよ」
「んぇ?」
「まずは温泉を楽しまないと、って」
「うん……」
ここにきてすぐ、姉さんは私を誘った。
それをごまかして、断るための言葉だ。
「ねえユミ。あなたはどうしてお風呂に入るの?」
「えっと……気持ちいいし、身体を洗うため?」
「そうよね。心をやわらげて、身体をきれいにするためにするの。温泉もそうなんじゃないかしら」
つるつると姉さんと交わる。
アロマオイルがなじんだ私の肌は、きっとしっとりとして、やわらかい。
「だからそうしているの。おうちよりもずっと手をかけて、きれいにしてあげているのよ、ユミ」
ぞわぞわと、産毛が逆立つような心地。
羊の姉妹だと思っていた相手が、実は毛皮をまとった狼だったと、知ってしまうような、心地。
親愛に光る牙の、甘い痛みに、焦がれるような。
思えば。
露天風呂で、お肌すべすべに身体を洗った。
本意ではないだろうけれど、私の中までさらった。
それはまるで、ていねいな下準備。
甘いオイルをもみこまれているいまは、じゃあ、さしずめマリネでもされているような感じだろうか。
「キレイにしたら……どうする、の?」
私の問いかけに。
姉さんの笑みが、深まるのを感じた。
「せっかちよ、ユミ。まずは、楽しんでちょうだい?」
そして姉さんはまたマッサージを再開した。
それはとても真剣なマッサージだったけれど、もう、ただ無邪気に身をゆだねてはいられなかった。
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