第249話 私とみんなの温泉宿(8)
私とお姉さんとの温泉旅行が終わってみると、やっぱり外部の時間は経過していないようだった。
なんだかキツネにつままれたような気分だけど、お姉さんのピアスも私のイヤリングも確かにそこにある。
あらためて、とてつもない力を得てしまったなぁ、という感じ。これまで以上に気をつけないとひどい目にあってしまいそうだ。
なにせ、お姉さんでさえあんな感じだったし。
次に誘う人は慎重に選ぼう。
私があの環境での立ち居振る舞いを覚えるまで、間違ってもマチガイなんて起こらなさそうな――
「ねえユミ。それはいったいどういうことかしら」
終わった。
と、その声を聞いた瞬間に私は悟った。
お姉さんとの旅館一泊を終えて、ちょっと遊んでから家に帰った私を、迎えた姉さんの第一声。
それ――私の耳に光るイヤリング。
行くときにはなかったものが帰ったらある。
その理由なんて姉さんからすれば、というか多分私が私である以上はひとつしかなくて。
だからつまり、私は姉さんから入念な取調べを受けて洗いざらい全てを吐くことになった。
そしてもちろんそうなってしまえば、
「旅館でお泊りだなんてひさびさね」
「うん。えへへ、姉さんとおとまり……」
いや、言い訳させてほしい。
だって姉さんとお泊りだよ……?
ステキすぎる。つまりそういうこと。
そういうわけで、私は姉さんと二人できさらぎ駅に降り立つことになった。
にしてもこの駅、めっちゃ朝だ。
帰ったころにはもう夕方で、そこから最寄り駅までせいぜい5分、電車に揺られて10分くらい。
15分で夜が更けて明ける。
なぜか今回は途中でトンネルを通ったけど、その間に時が加速したのか……いや、まあ、時間を止めるだなんて能力をデフォルトで搭載してる無リルカにいまさら野暮か。
つまりこの温泉旅館は、朝から朝までの24時間を一泊としているらしい。
生活リズム吹き飛びそうだけど、さておき。
旅館に着いて、さっそくお部屋に。
「うふふ。すてきなところじゃない」
どうやら姉さんもずいぶん気に入ってくれたらしい。
なぜか寝室の方に視線を向けてる気がするけどまあ、あんまり深く気にしない方針で。
「ふぅ……わわっ」
とりあえずひと息つこうかな、と座椅子に腰掛けようとする私を姉さんが抱き留める。
すとんと座って、見上げる私を、迎えるようにキスが降る。とろりと頬筋がとろけた姉さんの、ほほえみを含んだささやきが鼓膜に触れた。
「せっかくだし、さっそくシましょうか」
「うん……」
…………うんじゃないけど?
「はっ、いや待っ、タンマタンマ姉さん一回ストップ」
にこやかに私を寝室に連れ込もうとする姉さんを必死に止めようとするけどもちろんムダで、布団の中でもなんとか抵抗を続けているとようやく姉さんは動きを止める。
「もう。なぁにユミ、ワガママはダメよ」
「これがワガママなら第三次反抗期も辞さないよ!」
危うく脱がされそうだったシャツをなんとかかんとかしまい直しながら布団を転がり出る。
ひどく不服そうな姉さんにうっかりキュンとしてしまいそうになりつつ、お姉さんによる黒の戒めを脳内で何度もリピートして心を強く保つ。
「あのね姉さん。私は、まだ誰ともそういうことはしないんだよ」
「いつかするのなら今すべきじゃないかしら。だってそうしたら必ず私をはじめての相手にできるのよ?」
「たしかに……!」
……いや、たしかにじゃないんだよ私!
たしかに魅力的だけども納得していいような内容じゃない、っていうかもしかしてこれをたまらなく魅力的だと捉えてる時点でもうおかしくなってる……?
まずいな、この調子で会話を続けていたら本当にお終いになってしまいそうな気がする。
だってこんなにも露骨にあまりにも熱烈にそしてなにより息をするくらい当たり前みたいに求められたら応じたくなってしまうじゃないか……!
「そ、それにほら、温泉旅館に来たんだからまずは楽しまないと。温泉気持ちいいよ! 露天だよ露天!」
「あら、そうなの? それはいいわね。一緒に入りましょう、ユミ」
「うんっ」
必死で温泉アピールをしたおかげで姉さんの気が引けたらしい。
よかったよかったと安心した私は、姉さんと連れたって脱衣所で脱がしっこ。
こうなってくると一安心で、心置きなく姉さんとふたりきりを楽しめる。
だって、姉さんとお風呂に入るだなんて、それこそ当たり前のことだ。そう考えると姉さんとお泊まりすることもまた当然で、なんだ、もしかして姉さんってここに来るには一番いい相手だったのかもしれない。
――などと、ついさっきの凶行なんてすっかり忘れて浮かれぽんちな私。
そういうところが数々の騒動を呼び込んできたんだと未来で嘆いたとしても、もちろん耳には届かない。
「ふふ、本当ね。とっても素敵」
「でしょ? ぜったい姉さんと来たかったの」
ささどうぞ、と姉さんをお風呂イスに座らせる。
スタートこそアレだったけれど、それはさておき温泉旅行なんだ。最近とみに忙しそうにしている姉さんを、目いっぱいに労ってあげなきゃ妹が廃るってものだ。
「お背中お流ししますよぅ」
「ありがとう。あぁ、心地いいわ」
わっしゅわっしゅと丹精込めて洗ってあげる。
にこにこと身を委ねる姉さんの喜びようは、まるで子の成長を喜ぶ親のごとく慈愛的だ。
なぁんだ、この調子ならきっと、この一泊旅行は世界一楽しい姉妹旅行で終わりそうだね。
ねっ。
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