第245話 ホンマにバカなウチの一線

「…………バカやなぁ、ホンマに」

 

 ホンマに、呆れてまうほど……ウチってバカやなぁ。


 こん子をごまかしきれるワケあらへんのに。

 せやかて手ぇだしてまうわけにもアカン。

 どんだけユミちゃんが求めてくれようともそこは譲れん。もうキスまでしてもうとるクセにって自分でも思ぉけど、こん一線は超えられん。


 ……一回うっかり超えかけたことはあってんけど。そんときも、大人んなったらっちゅうてガマンしたし。

 

 せやから、どうにか一泊くらいはごまかしたかってんけど……どうにもかなわん。

 あのよぉ分からんカード。

 不気味でどうしようもない理不尽っちゅうアレを、ユミちゃんは持ち出してもうた。

 

 ウチは……ウチは、正直チャンスやって思ぉた。

 せやけどいざそうするっちゅう段になってビビったんは、ユミちゃんの言う通りや。

 アレは、アカン。

 どうしようもなぁなる。

 それもこんな場所で、ユミちゃんの存在丸ごと差し出されて……歯止めが効くはずもあらへん。


 犯すじゃ、済まん。

 終わる。終わりや、もう。倫理観がどうのとか言ってられへん。恥も外聞も世間体も投げ捨ててユミちゃんをモノにしてまう。


 ビビるわ、そんなもん。

 んなケダモノみたいなこと、大の大人が本気で思ぉとるんやから。


 せやけど。


 けっきょく、使ってもうた。


「後悔なんぞ許さへんからな」


 ウチの言葉に、ユミちゃんは……笑う。

 目ぇ潤ませて。真っ赤んなって。とろけるみたいに。

 表情だけで誘っとる。ウチの欲を煽っとる。

 たぶんきっと無意識に……っちゅうか自然に。

 ユミちゃんは欲を向けられることを心の底から喜ぶ。ウチらのエゴを喜ぶ。ソレを向けられるのは特別な人やって思ぉとるみたいに。

 あながち間違ってもあらへん。

 こないなもん、ユミちゃん以外の誰にも向けたことあらへん。普通はそうや。自分がしてほしいことと、相手のしてほしいことを、ちぃとずつ重ねていくんが普通やから。


 片方だけがしたいことをすんのは歪やし、すぐ破綻してまう。

 せやけどユミちゃんは、それをこそ幸福と疑わへん。


 ユミちゃんはユミちゃんのしたいようにする。

 ウチも、ウチのしたいようにする。


 それが互いにとってイチバンやって疑わへん。

 ありえんことや。なのにウチもそうとしか思えん。


 ユミちゃんにされるすべてを許容してまう。

 ユミちゃんにしたいすべてを許容されてまう。

 狂っとる。歪んどる。愛おしくて、ちぃと怖い。

 怖い。

 ウチが、ウチの知らん本性の底までむき出しにせなアカンことが怖い。そこまでせなユミちゃんに応えられへんことが怖い。そうまでしてユミちゃんに応えたいっちゅうて思うんが、怖い。


 のしかかっとるユミちゃんを、反対に組み伏せる。

 抵抗のひとつもあらへん。

 むしろウチの思考が丸きり透けとるみたいに、まるでウチの方が持ち上げられたんかと思ぉくらいやった。


 ユミちゃんはくったりと畳の上に横たわっとる。

 全身をウチに差し出して。

 はだけた浴衣から、桜色にのぼせた肌がたまらん。


 こん子をどうとでもできる。


 どうとでも。

 

「どんだけ重かっても背負うてもらうからな」


 返事なんざ知らん。

 それがカードの力や。

 従わざるを得ん。

 こんなもんに頼るのはクズや。

 ウチも、こん子も。

 そうまでして、そこまでして互いを求めて、それを喜ぶっちゅうんやからもう、どうしようもない。


 ――ちゅうわけでバッグを拾う。


「おもちゃ……?」


 とかって聞こえてくるざれごとを無視してごそごそと。ウチのことなんやと思ってんねん。ちゅうかそれやったらもとからヤる気まんまんやんナメんな。


 ……や、まあ、もとからやる気やったからこんなもん持って来とんやけどな。


「目ぇ閉じ」

「はい」


 言葉ひとつが甘い、熱い。

 うっかり食いたくなってまう。

 せやけど今はそれよりも欲しいモンがある。

 ある意味ラッキーやったかもしれん。

 最初からこのつもりで来たからこそ、性欲に支配されんでよかったっちゅうのもある。


 まあ、どっちの方がっちゅう感じやけど。


 ユミちゃんの耳に触れる。

 あっつ……どんだけこん子……

 かわええ……


 いや負けんな。

 っちゅうかこれどやって着けんねやろ……あ、こぉか。へぇ。あんまこゆの知らんからな。


「……ツトメさん?」


 目を開いたユミちゃんを引き起こしたる。

 まだぼんやりしとるのを、鏡の前まで連れてった。


「ぁ……」


 ユミちゃんが自分の耳に着いとるもんに気づいた。

 ちらと揺れる、ちょっとした銀色。


「ピアス……」

「イヤリングな。空いとらんやろ穴ぁ」

「……」

「なんでザンネンそうやねん」


 まあ、そんな顔するんとちゃうかってちょっと思っとったけど。


「んで、これな」

「え」

「これ。ウチに着けてほしいんよ」


 差し出すのは、ユミちゃんに渡したんと同じ形のピアス。ウチの分。


「あの、でも、」

「ちゃんと道具もあんで。これで空けてや穴。ウチに」

「あ、あな……」

「ユミちゃんがハジメテやねんで。ウチに穴ぁ空けんの」

「は、ははははじめて……!」


 さっきまでの情欲の塊みたいなんから、わりかしいつものユミちゃんっぽくなった気ぃするわ。


「なぁ知っとる。人にピアス空けんのってヘタしたら犯罪なんやって」

「はんざい……」


 そこで嬉しそうになるんはもう……終わっとんなぁ。

 どうしようもないわぁ、こん子も。

 そのつもりでこんなもん持ってきた、ウチも。


「なぁ。空けてや。ほら」


 ユミちゃんの手にピアッサーを持たせる。もちろんアルコール消毒のヤツとかいろいろ揃えとる……この流れで感染症とかアカンし。


「い、いいん、ですか」

「ヤれ言うとんのが聞こえんのか」


 鏡越しに睨みつける。

 ますます頬を紅潮させて頬をゆがます。

 はしたないわぁ……こんな子、ウチがもらってやらなかんやんなぁ。


「……しょ、うどく。しないと、ですよね」

「ん? せやね、っ」


 振り向いたユミちゃんに耳をくわえられる。

 生の熱がうごめいて、こんなもん……アカンやろ。


「ゆ、ユミちゃうおお!?」


 押し倒された。

 嘘やろ黒カードちゅうなんやけど。

 こんなもんウチの思惑とちゃうんやけど。

 え、ちゃうよな? ちゃうで?


「んっ、こらユミちゃっ、」

「ふぅっ、ふっ、ちゅっ、ん」


 アカンめっちゃ消毒・・される。

 は、鼻まで? つかユミちゃんって花の蜜でも分泌しとんのウソやろ……

 いや口はアカンって下がんな首にピアスはせぇへんやろちょい待ちどどどどこに穴あけるつもりでおるんやオドレァアッ!


「やめっ、やめんかいアホッ!」

「……おねえさんが言ったんです」

「は」

「穴をあける。あけるところを消毒する。お姉さんが言ったんですよ……」

「耳やろ!」

今回は・・・そうですね」

「こっ、えは?」


 なんやその次回をお楽しみにっちゅう感じ。

 ねえぞ。

 ねえわ。


「ピアスひとつがなんになるんですか」

「え、いや」

「どれだけ重くてもって言いましたよね。期待したんですよ。それがピアスひとつ?」


 ――足りません。


 と。

 ユミちゃんが断固として言う。


「ねえ。背負うってそうじゃないですか。そんなただのアクセサリーじゃなんにもならない。お姉さんの社会をぶち壊しにするくらいのことをしないといけない。ピアスをつけれるところはいっぱいありますよ?」

「い、やあの」

「いまは……私が大人になるまでは、ひとつでいいです。耳だけで。でも大人になったら私にも穴をあけてください。そうしたら私もお姉さんに穴をあけるんです。誰にでも見える場所に。見えない場所にも……見られたら、お姉さんってイメージが崩れちゃうような、場所に」


 ああ……やってもうた。

 そうなるんか。

 甘くみとったわけやない。

 せやけど、えぇ、そうなるんか……。


 おっっっっっっっも。


 ……やまあそれはええわ。

 人生くらいならぶち壊されても問題ないくらい蓄えときゃいい話やし。


 んなことより。


「それいまやる必要ある? 穴ぁあけるんはまた今度なんよね?」

「…………備えあれば憂いなしですから」


 せめてもうちょっとウマい言い訳せんかいワレェッちゅうかウソやろまじやめちょまやめ一線一線こえっ、ちょやめぇえええええ――


 あ。


 やっば――……

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