第244話 私とみんなの温泉宿(5)
「あちゃあ、やられたわぁ」
と額を打つお姉さん。
私は抜き出したカードを確認して、
「ぃやったあああー!」
これみよがしに大歓喜。
そろったカードを場に捨てれば、手札ゼロ枚つまり勝ち!
いや実際うれしい。
なにせついにようやくやっと私は負けの流れを打破したのだ。『ぜったいに勝つ!』と決意したときの負け率の高さたるや、もう一周回ってネタで言ってるんじゃないかって自分でさえ思えてくるほどだった。
けど勝った。
正真正銘勝ち!
「あーあ、エロいことさせたろ思っとったのに」
「ふっふっふ、残念でしたね!」
そんな軽口もなんのそのだ。
勝者となった私がそんなささやかな下ネタで動じるはずもないのだ。
ああだけど、そんなに残念なら……ふふふ。
「ねぇツトメさん。提案なんですけど、これ5回勝負にしません?」
「どゆこと?」
「つまりあと4回やって、その勝ち越し数だけリルカするんですよ。ほら、1回だと味気ないじゃないですか。せっかくならパァッといきましょう!」
「ユミカがええならええけど」
「もちろんですよ! なんか来てる気がするんですよね! 波が! いまなら5連勝もヨユーって感じです!」
「そこまで言うなら」
「決まりですね!」
よし押し切った。
これで5リルカだ。
なぜならこのジジ抜き―――必勝法がある……!
とまではいかないけど。
でも、お姉さん相手ならかなり勝率は高い。
というのも、どうやら私にはお姉さんの手札のどこにジジがあるのか分かるらしいのだ。
そもそもジジ抜きというのは、ババ抜きにおけるジョーカーを普通のカードにしましょうね、という遊びだ。
ジョーカーを除いたカードの山から無作為な一枚を抜き出して、あとは普通にババ抜きをしていくだけ。
抜き出された数字がペアにならずに残るから、それがババ扱い……ジジ抜きだとジジってことになる。
人数が多いとどのカードがジジか分からないハラハラ感があるけれど、ふたりの場合だと単純に、引かれたのに相手がカードを捨てなかったらそれがジジ。
そうなればもうただのババ抜きと同じ。
そして、私はお姉さんのジジの位置が分かる。
表情とか視線とかそういうものでピンとくる。
つまり一度お姉さんにジジが渡ってしまえば、もう二度と私が引くことはないのだ。
反対に、お姉さんはジジが判明した後に私の手札からジジを引いていた。
つまり私のポーカーフェイスはカンペキ……!
必勝でなくとも勝率は半分以上、であれば5回戦を勝ち越すなどたやすいというものッ!
あわよくば完勝!
「さあ闇のデュエルのはじまりですよ!」
「めっちゃノリノリやんこわ。なにやらされんねやろウチ……」
私の勢いに完全に飲まれてるお姉さんは、すっかり気持ちで負けている。
うんうん、これこれ。
この情けない感じがお姉さんの醍醐味と言っていい。
くっくっく、いまからお姉さんをどうはずかしめてやるか考えておかないと……!
……。
……あー。
「おっ。ラッキー」
勢い込んで望んだ2回戦、お姉さんが最後のペアを捨ててあがり。
最初からジジが私の手札にあったようで、一度もお姉さんに渡ることなく終わってしまった。
これは運が悪かったとしか言いようがない。
しかたないので切り替えていこう。
続く3回戦。
着々と進むなか、ついにジジが明らかになる。
しかもお姉さんのドローで!
なんたるラッキー、と思ったら、うっかりそのジジを引いてしまった。
ぜったいちがうと思ったんだけど……もしかしてとなりのカードだったのかも?
もうちょっとこう、焦らすみたいにしてじっくり反応を確かめるべきだったか……。
「なんや悪いなぁ」
そしてまた負け。
まさかの2連敗。
ジジを受け取ったのが終盤だったのが痛い。
いやでも次2回勝てば勝ち越し……!
まだまだ!
そしていざいざ4回戦。
「ほい。……」
中盤、カードを引いたお姉さんが顔をしかめる。
カードを捨てない……ということはジジ!
「ふっふっふ。引いてしまいましたね」
ここからはじっくりと反応を見ていこうと身を乗り出す。そして順調にカードを減らしていって、ついにお姉さんのカードが残り2枚。
つまり勝ち確定ッ!
ここで勝敗が決まるというプレッシャーがお姉さんのポーカーフェイス(笑)をさらにぎこちなくしている。
つまり私を勝利へ導くカードはこ……え。
ちが、う……?
「ザンネンやったね」
唖然としていると、お姉さんはあっさりと私の手札……シャッフルするよゆうもなかった私の手札をひとりぼっちにした。
「コレで勝ち越しやな」
「……ま、まさか」
「ん? どないした?」
にこにこと一部の隙もない笑みを浮かべるお姉さん。
どうもこうもない。
これはつまり……ハメられた……?
あの表情はワナ……
私にジジを引かせるための巧妙なワナだった……!
「や、やりますね」
いつから気がついていた?
まさか最初からなんてことはないだろうけど……なんにせよ次からは私のお姉さん読みは通用しない。
真っ向勝負で勝たないとお姉さんの3リルカ勝ちだ。
1時間30分……ひとひとりが死ぬには十分すぎる時間だ。せめてここで勝って1回にとどめておきたい。
「次は負けません……絶対に!」
「こんなん時の運やからねえ」
よくもまあいけしゃあしゃあと……!
まあいい、まずは手札の運だ。極端な話最初っから最後までジジがお姉さんの手札から動かなければそれで勝ち……!
「ほい、おしまい」
お姉さんがカードを配り終える。
まずはペアになってるやつを……
……うん?
なんか……揃いすぎてない?
「こんなことあるんやねえ」
笑いの滲むお姉さんのつぶやき。
見ればお姉さんは手札を次々と捨てて捨てて……そしてついに、全部なくなってしまった。
……そしてつまり。
もちろん私もカードを捨てていけば……
最後には、ジジだけが、残るわけで。
……ワンターンキル?
一度もドローフェイズに移ることなく最初の捨てで決着がついた……?
しかもお姉さんの勝ちで。
まるで、そうまるで、最初からそうと決まっていたみたいに……?
まさか、まさかッ!
「い、イカサマ……ツトメさんイカサマしてますよね!? そうじゃないとこんなっ」
「なんのこと?」
「しらばっくれてもムダですからね!?」
こっちにはリルカがあるんだ、しかもすぐ使えるようにテーブルに置いてある。これを使って無理矢理にでも吐かせお姉さんが机を越えて私を押し倒した。
「ちゃうやろ」
ずるりと背もたれを滑り落ちた私の上に、お姉さんがのっそりとのしかかる。
「え、と?」
「色。ちゃうやろ?」
「ぁ」
黒のリルカをお姉さんはとる。
そっと口元に寄せられて、求められるままにそれをくわえる。お姉さんはスマホを持って笑っている。
そしてスマホは、たしかに私を求めて。
求めて。
求めて……
もと……
いやおっそい。
ぜんぜん触れてくれないんですけども。
困惑しているとお姉さんはぷぷっと噴き出す。
「なんつって」
からかうように舌を出して私を起こす。
全部が全部冗談だとばかりに笑いながら、リルカの濫用をたしなめたりなんかして、まるで大人が子供にやるような。
――舐めるなよ、と。
思わないではいられない。
だってイカサマまでして勝っといたそのあげくに
それともまさか私が見誤るとでも思ってるのか?
なるほどあのポーカーフェイスにはしてやられた。あえて分かりやすいリアクションをすることで私をだます、まったくやってくれるっていうものだ。
だけどそれでも、さっきの眼差しが冗談じゃないことくらい分かる。
私にジョーカーを引かせたんだ、この期に及んで逃げられるなんて思うな……ッ!
「ちょっ」
とびかかる。
びっくりするお姉さんのスマホへと口づけるようにカードを押し当てる。
私がお姉さんのモノになる音がする。
勢い余ってふたりでたたみに転がって……私をかばうように下になったお姉さんの胸の中から、あぜんとするその眼差しを見上げた。
投げ出されたスマホに見向きもしないで黒リルカを重ねて、それを2回。
この温泉宿にまつわる物語を決定づけることになるだろう1時間30分は、そうして始まったのだ。
「…………バカやなぁ、ほんまに」
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