第226話 そして私
光沢弾く白に、白銀の百合。
シンプルかつゴージャスなデザインのそのカードは、かつての私が求めてやまないものだった。
―――百合援交専用ICカード“
提示すれば、女性ならば誰でも買えてしまうという魔性のカードだ。
どうせ都市伝説とばかり思っていたそれが私の手の中にやってきたときからすべては始まった。
次は、光沢のない黒に、黄金の百合。
提示すれば誰にでも私を買わせてしまうという魔性のカード。
私に芽吹いた欲望の黒百合。
これによって私は自分の中のいろいろなこと向き合うことになった。
欲望はみんなを巻き込み、そして最後に、カードを封印して、みんなと向き合った。
その結果に不満はない。
いや、もちろん彼女たちとの未来に充足はない。
永遠に、尽きることないほどの愛を示さないときっと、破綻なんてすぐそこだ。
まあ、今ちゃんとした秩序があるかといえば……疑問だけど。
ともかく。
その向き合いを経て。
リルカを封印から解いた今、この手の中にある透明のカード。
きらめく無色の百合。
説明も何もない。
黒リルカのときみたいな意味深な文言さえない。
ブックマークしていたはずの『LILCA』に関する都市伝説のサイトは、どうしてか、ただ百合の花ことばを紹介するサイトになっていた。
まるで存在そのものが、夢幻だったみたいに。
そもそもこんなカードに関する都市伝説なんて本当にあっただろうか。
それさえももう、おぼろげで。
―――だけど。
私には、このカードがなんなのか、見ただけで分かった。
リルカを使うときにみんなにそれの意味が伝わったように、この無リルカの使い方が私には分かった。
白色が相手を自分のものにした
黒色が自分を相手のものにした。
無色はだから、互いを互いのものにする。
ひとりじめの、ふたりぶん。
お互いがお互いをひとりじめするということ。
その結果どうなるかといえば―――
止まるのだ。
時が。
世界が、灰色に染まって。
私と彼女だけが色づいた世界には、ほかの誰もいない。
互いの息遣いと、生きている音と、声だけが聞こえる世界。
色と他人がない以外はベッドもふかふかだし食べ物も食べられるから、まあ、時間が止まるというのもまた違うかもしれないけれど。
ともかく。
このカードは、そんな、今まで以上に想像を絶する超常的なカードだった。
ただし利用制限はある。
このカード、金銭的なやりとりはないんだけど……ポイントを消費するのだ。
というのも、これを手にしてから白リルカに入金したりするときに突然通知されるようになった『リルカポイント』とかいう名前そのままのやつがあるんだけど。
それを消費して発動できる。
レートは30分につき、リルカ二回分。
つまり白と黒を一回ずつと思えばまあちょうどいい気がする。
白と黒が合わさって最強に見えるやつだ。
もちろん白二回でも問題はない。
そしてなにせ私はヘビーユーザーだし、これからも多分使い続けるから……まあしばらくは気にしないでも使える。
ああそれとこれ、この時間中は白黒リルカの効果はなくなってしまう。
完全に対等な状態で、完全なるふたりきり。
それがこの無リルカの力なのだ。
……完全犯罪だぁ。
っていうのは冗談にしても、まったく大それた力を手にしてしまったものだと思う。
ふたりだけの時間って。
邪な使い道しか思いつかないもん。
時間が動き出したらふたりの肉体以外は元に戻るっぽいけど。
でも、ねぇ。
ねぇ。
ほんと。
神様は私の理性をどう想定してこれを寄こしたのかね。
……ところで。
まあ、そんな感じで使用感まで知ってるっていうのが、それだけで自白みたいなもんなんだけれど。
使ったよね。
すでにね。
何回か。
よかった……
いやべつに方針を変えるつもりはない。
完全犯罪だろうが私は知ってるわけだし。
健全だ。
健全なんだけど……
まあうん……とてもよかった……
人間っていうのは案外、ほかの人間のことを気にしてるんだっていうのがわかったよ。
時間制限があるっていうのも憎いところだ。
焦るわけでも急ぐわけでもなく、この短時間を大切にしたいって、そう思える。
どっちかのおうちでデートとか。
学校とか。
野外とか。
すごいはかどる。
健全だけど。
たぐいまれなる健全性だけど。
健全性行為だけど。
さて。
そんなこんなで、だ。
白リルカと、黒リルカ、そして無リルカという反則級の手札を、私は手にしたことになる。
それがあってもまあ、みんなと全力で向き合うのはとても大変なことだ。
身体がいくつあっても足りない。
それでも懸命に、私はみんなとぶつかっていかないといけないわけだ。
できる限りをカードで超越して、無理を通してでも、みんなを笑顔でいさせるために。
私がそうと決めた。
そうして、みんなに宣戦布告した。
もちろんやるからには勝つ。
勝敗ではないかもしれないけど、勝つ。
もしかしたら自分にかな。それとも先輩とかにかも。
とりあえず、勝つ。
そしたら恋人になったみんなとのその次を目指して、また私が欲張るのだ。
まだ決着は先なのに、決着の後のことなんて考えてる。
だけどそれは当たり前のことだと思う。
私はまだ高校生で、みんなとの関係はまだ始まったばかりなのだから。
たくさんのこれからが未来には待ち受けているだろう。
それを全部私に都合のいいものに修正してやる。
みんなとの未来を、どんな起伏も、幸福で塗りつぶしてやる。
不透明な未来を、今ここからだって、ハッピーエンドまで見透かしてやる。
なんて大言壮語を、私は吐き散らかすのだ。
それがみんなを恋人にするだなんて口にした私の責任だし、決意だ。
それを思えばまだ私の物語は、始まったばかりなのだ。
始まったばかりなのだ!
「―――だからそう、まだあきらめるには早い……!」
鏡の向こうの私に告げることで決意を新たにする。
心なしか呆れられているような気がするのは……まあ気のせいだろう。
鏡だし。
リルカも使ってないしね。
ぺしんぺしんとほっぺたを叩いて気合を注入して、改めて確かめた武器を懐にしまって。
そうして私は、死地へと戻った。
ガチャ。
扉を開くと
ざわめきがほんの一瞬だけ消滅して、完全な無の中に、カラオケのよく分かんないCMみたいなやつだけが響いた。
だけどすぐにまたみんなは隣近所でお話を初める。
……き、気のせい、かな。
うん。
みんなで仲良くカラオケにきただけなんだから、なにも恐ろしいことなんてあるはずないんだ。
先生とかお姉さん、それに双子ちゃんズまで引っ張ってこれたのは正直嘘だろって思ったけど。
マジかよって、思ったけど。
来るなよ。
誘ったの私だけど。
お母さん方はもっと私に警戒しません?
でもまあ、ね。
大人の人がいる分平和だから。
先生とかボックスにやってくるなり指輪を財布にしまってたけど平和なんだよ。
家でジャージとか着てるお姉さんがいつになくマジの格好してるけど平和なんだろ……!?
いやまあ今のところはなにも問題は……うん?
「おや、あれ」
おかしいなぁ。
さっきまで座っていたはずのスペースがどこにもない。
それどころか今私が座れそうな場所さえ、そこにはない。
……うーん。
「ゆみ」
立ち尽くしていると、手がひかれる。
見下ろせばおねえちゃんがそこにいた。
もう反対の手に、すぐにいもうとちゃんも引っ付いてくる。
「すわりたいならそういえばいいんです♪」
「え。いやでもそこふたりが座ってたところだし……」
「ゆみのおひざをかしてくればいいんだよ」
「さんにんひとくみ……つまりさんぴーですね♡」
「次その冗談口にしたら二度と喋れなくするよ。さすがに」
だって。
ねぇ。
見なよ。
すでに死線……もとい視線がひどいよ。
「あの。こちらでしたら空いていますよ」
と、そう呼んでくれるのはトウイ。
なるほど彼女は端っこだから、ぐぐっと身体を詰めてくれれば―――
あれぇ?
「おら来いよ」
「私は小柄なので、大丈夫ですよ」
にこりと笑うトウイと、そして強引に開けられたひとり分くらいのスペースを挟んで、仏頂面のサクラちゃん。
……そこのラインはまだ健在か。
まあでも比較的無難だしあそこに―――
「いちおー、わたし発案なんだけどっ」
「メイちゃん……それはまあ、そうだけど」
双子ちゃんズをなんとかごまかして向かおうとしていたら、メイちゃんに手をつかまれて止められる。
たしかにこのカラオケはメイちゃんの希望だ。
それを思えば確かに彼女のとなりもいい気がする。
……ただなぁ。
「そうだよユミカ。こっちにおいで。キミの居場所はここだ」
「ふふふ。ユミ、もちろん私の方に来るわよね。……ねぇ?」
となりが先輩と姉さんなんだよなぁ。
なにせこの三人は面識があるわけで。
まとまっちゃうのも仕方なしというか。
どっちを選んでも絶対に一波乱じゃすまない……!
やっぱりここは比較的常識人枠のふたりに……ああでも、常識人っていうならお姉さんとかも安パイなのでは……
「―――ウチ久々のカラオケで童心に帰っとんのよね」
そんな真顔で言います?
っていうかその牽制はなんなんですか。
意味わからないし……
「ふむ。ここにくるか?」
と思っていたらその隣の先生がももをポンポンする。
あなたはもう……ほかの生徒も見てるんですけど?
プライベートで教え子とカラオケ来ていいと思ってるのかこの人は……!
「……先ほどから皆様がなにをおっしゃっているのかよく分からないのですけれど」
と。
そこで要注意人物筆頭であるシトギ先輩が声を上げる。
集まる視線を見返して、彼女はにっこりと笑った。
「彼女は
ピシリ。
凍り付く。
……うん。まあ。結果的にはそうなんだ。
結果的には。
おぞましい知略と謀略の結果、あまりのいたたまれなさに数秒でギブアップしてトイレに逃げてしまったとはいえ、私は一度は彼女の隣に座ったのだ。
「あはは、ワタシもそれでいーかな」
と謙虚(……なんて言ってしまう傲慢に私は死にたくなるけど)に言うのはカケル。
まあ謙虚もなにももうひとりのお隣さんだったわけなんだけれど。
あきれてみせると彼女はきょとんとして、それからハッとして太ももをたたく。
「こっちの方がよかった? ばっちこいだよー! 鍛えてるからね!」
……まあ確かに一番座り心地いい太ももではある。
ソファよりそっちのほうがいい。
居心地を度外視すれば、だけども。
「あいかわらずモテモテっすねー」
そんな風に笑うのは、カケルの隣の後輩ちゃん。
対して気にした様子もなくちゅちゅーとオレンジジュースをすすっている。
……それはそれでさぁ。
「どぉしたっすかぁ、センパイ……♡」
にやにやと笑う後輩ちゃん。
問答無用でその膝の上を強奪してやろうかと一瞬思って。
だけどすぐに頭を振る。
騙されてはいけない。
どちらかというとはしゃぎそうな彼女が今の今まで沈黙を貫いたのは、ほかのみんなが私を争奪するという構図を想定していたから……!
そうあってこそ彼女の『ひとりだけ興味なさげ』が私を揺さぶるのだ!
……自分で何言ってんだ私。
きもい……
「ああもううっとうしいわね!? いいからさっさと『恋人』のところに来ればいいじゃない!」
勝手に落ち込んでいるとアイが思い切りテーブルをぶったたいた。
おかげで気温がマイナスに突入してる。
いやだって。
この場にいるみんなはもちろん私の大好きな人たちなんだけど―――
でも、恋人はふたりしかいないんだ。
……『しか』っていうところにひっかりはするけどさておき、だから彼女の言葉はさながら宣戦布告のようでさえあって。
「……もう帰っていい?」
そんな空間の中でぽつりと。
たったひとり、本気で帰りたそうに私を見上げてくるユラギちゃん。
ソファの端っこにポツンと座って、もうなんかびっくりするくらい嫌そうな顔をしている。
ああうん……まあ……気持ちはすごいよくわかる。
そうなると企画者としては頑張っておもてなししたいところだ。
というわけで私は「ちょっとなに」と顔をしかめる彼女をぐいぐいと押して、その隣に腰を落ち着ける。
「まあまあそう言わずに。まだ戦いは始まったばかりだから。いちおうみんなにもみんなのこと知ってもらいたいしさ」
「知らない。……べつにわたしほかの人とかどうでもいいし」
口を尖らせたユラギちゃんは立ち上がる。
そこまで嫌がるのを無理にとどめるのも……シチュ的にねぇ。
そりゃまあ、どう考えても円満にとかはならないし。
なるならこんな悩んでないんだよね。
なんて思って、渋々見送る。
ユラギちゃんはなにも応えずにさっさと出ていこうとして。
だけど扉を閉じる途中で、振り向いた。
「……次はふたりでがいい」
「ぉ、」
言葉を失う私を待たず、ユラギちゃんは帰ってしまった。
ほんの数秒の硬直から復活した私はあわてて叫ぶ。
「約束する!」
防音の聞いたカラオケルームから彼女に届いただろうか。
きっと届いた……届いてるといいな。
……っていうか。
しまったな。
振り向くと、26の瞳が私に向けられていた。
うーん軽くホラー。
私はぎこちなく笑い返して、ストンと腰を下ろす。
うん。
ね。
まったく私っていうやつはどうしてこう……
いやでもユラギちゃんをただいらだたせるだけっていうわけにもいかないし。
仕方がなかった……うん……
……きっとこれからも、私はこんな感じなんだろうな。
どうしようもなくうかつで、愚かで、目の前の人しか見えていなくて。
それでも私は、みんなを幸せにするために、ただ全力を尽くすのだ。
あの手この手を使い尽くして、ただただすべてでぶつかって。
そうやって私は、これから先もみんなとともにあるのだろう。
だからそう。
この絶望的な状況であっても、私は全力を尽くすだけ……ッ!
―――と、覚悟完了するまではコンマ一秒。
みんなと、そして私が今後なんどとなく繰り返すことになるだろう波乱は、高らかに掲げる白いカードが幕開けした。
「っしゃー来いよ全員まとめて買ってやろうじゃないか! だからとりあえずみんなおちついてあの暴動とかはほんとごめんなさ、あ、ちょ、ひぇ―――」
……二度と勢ぞろいとかしねぇ。
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