第225話 OLと(2)

なんかお姉さんがきた。

お昼休憩はどうしたのかと聞くと、


「勤務中に来られへんやろ」


とのこと。

……すごく面目ない。

面目次第もない。


それはさておき。


そんな彼女とベッドの上で、なぜか金庫を前にしている。


「ほな開けよか」

「……ぅ、えと」

「はよせんとお昼ご飯食うヒマもなくなってまうよ」

「……」


うぅむ。

開ける、か。

開けるのか。

リルカを。


「なんやあっても責任取ったるから」

「……な、なにか、とは……?」

「アホぅなこと考えてんとちゃうぞオドレ」


いや今のは言い方悪いじゃないですか。

セキニンとか。

どう責任取るつもりなんだ……?

なにがあるつもりなんだ……!?


「ゆみちゃんテンション感狂っとらへん?」

「……そりゃだって。……嬉しいです……し」


だってわざわざ、こんなくだらない(いやもちろん、大問題ではあるんだけど)相談事のために私のそばに来てくれたんだ。


どんだけ私のこと好きなのー、って。


……こてんと寄り添ってみる。

お姉さんは視線をきょどきょどさ迷わせて、それからそっと肩を抱いてくれる。

……ううむ。


「そっちこそ、なんでわざわざ来てくれたんですか?」

「…………べつに。気まぐれやよ」


目を逸らしてお姉さんは言う。

そっかぁと、私は素直に頷いた。


うん。決意はできた。


「開けましょう、これ」

「……まじ?」

「今更なに言ってるんですか。なにをしてでも、みんな恋人にするんです。そう決めたのは私ですから」


決めた。

不誠実だとか甘っちょろいことは言っていられない。

多少強引だろうと、ヤらねばヤられるのが今の状況……!


しっかり覚えてるナンバーで、金庫を開ける。

ここまでの葛藤と裏腹にあまりにもあっさりとそれは開いて、手近にあった白のカードを取り上げた。


「……ずいぶん久しぶりな気がします」

「さよか」


ぽんぽんと頭を撫でてくれるお姉さん。

私は笑って。


そしてお姉さんのポケットにリルカを触れた。


ぴぴ。


「は?」


唖然としたお間抜けな顔をにっこり見上げる。


「なんでわざわざ来てくれたのか―――ちゃんと本気で教えてください」

「なぁ!?」

「あるんですよね、理由。ほらさっさと吐いて下さいよ」

「お、オドレぇ……ッ!」


どれだけ凄んだところでリルカの前には無意味なのだ。

忘れかけていたこの支配感……リルカを使うという独特の感覚が指先にまで染み渡るのが実感できた。


元はと言えば私はこれで、みんなを好きにしてやろうと思惑してたんだっけ。

懐かしいなぁ……


ともあれリルカした以上お姉さんに抵抗は許されず、軽く促せば口を割った。


「……や、やってその……なんや、ウチだけ蚊帳の外みたいやん。ウチ結構勇気出したつもりやったし。の割にはそのあとなんもあらへんし。そうや思ったら告白したぁとか。は? ウチは? ってなるやん。こちとらマジで人生潰すつもりでやっとんねんぞ。いや別にだからってそないな重いもんゆみちゃんに背負わせるつもりあらへんけど、ちょっとくらいは気にかけてくれてもええやん。それがなに? カード取り出すかどうかやって? その前にすべきことあるやろ思ったわショージキな。せやけどゆみちゃんがウチを頼れるおねーさん思っとるんならそれはそれでウチの理想通りやねん。せやったら相談乗ったげんとやん。でもゆみちゃんの声聞いたら会いたくなってもうてな? なんや自然に思てんよ、『あ、会いいこかー』つって。顔みて相談乗った方がええやーんとか。せやけど電車乗ってて気づいたわウチめっちゃヤバない? 高校生から電話来たからって会社抜け出して直接会いに来る24歳はもはや犯罪者なんよ。ちゅうかどこが頼れるお姉さんやねんそれが。せやけど会いたいしもう電車乗っとるわけやん。せやったらもう行くしかないやん。ほんにこんなこと言わさんでよ。ウチどんだけゆみちゃん好きなんやって自分でビビっとるもん。好きっちゅうかもはや狂気の沙汰やで。なあ分かる? ウチ年甲斐もなくめちゃくちゃ嫉妬してこないなとこまで来てんねんぞ。なんで来たやって? 好いとる女んとこ来るのに好き以外の理由いるんかおい。むしろこっちが言わせてもらいたいわ。なぁオドレなんで来んかったんやウチんとこ。ウチとは恋人になるつもりないとでも宣うんかなぁオイ。ハァ? ナメんなやガキが。この期に及んでンな甘っちょろいこと許さんぞウチぁ。分かっとる? ライバルが13人もおるって聞かされたウチがどう思ったか考えてんのかオイ。なぁもしかしてウチのことナメとるから告白する勇気あらへんの? まさかフられるだなんて思っとるんとちゃうやろな。ゆみちゃんが言わんならウチが言おか? ウチとゆみちゃんは恋人になんねん。もちろんゆみちゃんが大人んなるまで待ってやるけどな、もしウチに愛想尽かしたら離れてってもらってかまへんけどな、それはいつも言ってることやけどな―――まさか本気で手放したる思ってんのかオイ。愛想なんて尽かさすワケないやろ。ゆみちゃんが大人になるまでウチは浅ましかろうが大人気なかろうがゆみちゃんを逃さへんぞ。アレはそういうつもりやってんけどなぁ。犯罪だのなんだの関係なくゆみちゃんをモノにするっちゅう意思表示のつもりやってんけどなぁ。分かっとんのか。それとももっぺん分からせた方がええ? 今度はあんなお子ちゃまなんじゃない、マジで身体に分からせてやろうかあぁコラ」


溜まり溜まったうっぷんを吐き出すみたいに語る間にも。


私はお姉さんに押し倒されて。

両腕を掴まれて。

ベッドに沈んでいる。


私を労るだけの視線じゃない。

私を慈しむだけの視線じゃない。

私を愛するだけの視線じゃない。


そこには欲がある。


性欲。

支配欲。

所有欲。


どろどろと煮詰まったそれを、これまで胸の奥に秘めていたそれを。


今お姉さんは、私にぶちまけていた。


私の不用意な言葉のせいで。


お姉さんの求めていたイメージを、ぶち壊しにして。


―――怖い。


だってそうだ。

大好きな人に、こんなにも全部で求められたらどうしたって差し出したくなってしまう。


だから、ああ、怖い。


こんなにも私は、簡単に殺されてしまうのか。


「……すまんなぁ。どっちかっていうとゆみちゃん攻める方やろ。悪いけどウチ、気持ちようしてやるやり方しか知らんねん」


本当に。

お姉さんは。

吐息を。

私の首元に触れる。


これまでみたいな冗談や、警告なんかじゃない。


本気で。


私を。


倫理観さえ投げ捨てて。


「ぁ……」


柔らかな唇の感触。

大人の女性が、子供の私を、食む。


「つとめさっ、」


くすぐったい、とは明白に違う痺れ。


むずがる私を押さえつけるみたいに身体がのしか目が合った、


「ぴぇっ」

「うん? ……ひぇっ」


ほんのちょっとだけ、扉が開いていて。

目があった。

縦に並んだふたつの目が。

瞬きひとつもなく。

息遣いのひとつさえなく。

それは、私たちを見ている。


見ている。


「コッ、コロンジャッタワァ」

「へっ。……あっ。ウ、ウッカリサンダナァ」

「ヨッコイショオ」

「フゥ、ビックリビックリダァ」


私たちはなにごともないみたいに立ち上がって、お姉さんは床に、私はベッドに正座する。


「い、いやあ、それにしてもスーツですねお姉さん。スーツですねぇ!」

「せ、せやろ? スーツやねん。あっはっはー」


―――す


音もなく扉が閉じる。

それからしばらく沈黙して。


ようやく私たちは、呼吸の仕方を思い出した。


「ぶはぁっ、はぁっ、はっ、あ、危なかった……」


いや危なかった、で済むだろうか。

多分これはつまり……執行猶予ってやつなんじゃないかなぁ……?


「………………」

「お、お姉さん……?」

「…………………………死ぬ」

「え」

「もうウチ死ぬしかあらへんやん!? なにが『分からせてやろうか』や死ねもうウチ死ねぇッ!」

「ま、待ってくださいちょっと、あっ、カードで頸動脈を切ろうとしないでっ!」

「死なせてくれぇ! いっそ殺せえッ!!!」


手近にあった最も鋭いもの―――つまり黒いカードを必死に首に当てようとするお姉さんをなんとか止める。

必死っていうか必殺っていうか。

自分を殺そうと全力尽くすのやめて……!


―――それでもなんとか落ち着いて。


でもお姉さんは落ち込んで、部屋の隅っこでうずくまっていた。


「ウチもう……もうダメや……なんか取り返しのつかんこと吐いた気ぃする……」

「お、お姉さん……ご、ごめ」

「謝んなや……経緯はどうあれウチの本性や……いい機会っちゃいい機会やってんよ」


ふらりと立ち上がって、私の前に来る。

ぴっちり正座すると、真っ直ぐに私の目を見た。


「ウチ、たぶんゆみちゃんが思っとるよりダメやと思う。これからも情けないとこぎょうさん見せる。ご覧の有様酷い大人やねんウチ」


お姉さんは泣きそうで、もはや笑うしかないみたいな微妙な笑顔を浮かべて。

だけどひとつ大きく息を吐いて、真剣な表情になった。


「それでも、ゆみちゃんを諦めるつもりはまったくない。ホントはこないなこと言いたくなかってんけど……大人になって、それでもまだウチの人生に一緒してもええっちゅうんなら、そのときは恋人になって欲しいと思っとる」


……告白された。

お姉さんに。

恥も外聞もなく。

社会人から、高校生が。


だけどそんなことはどうだっていいのだと。

今更口にする必要なんてないだろう。


お姉さんから、私が。

告白されたのなら―――答えは、ひとつしかない。


「私も、お姉さんを諦めるつもりなんてありません。私が大人になって、その頃にもしお姉さんに愛想を尽かされてしまっていても、どんなことをしたってまたあなたに好きになってもらいます。それこそむりやりナンパしたって」


私はカードを握って告げる。

お姉さんはふっと表情を弛めて。


「かなわへんなぁ……」


と、ただそう呟いた。

それはだけど、こっちこそだ。


まさかお姉さんにあんなに熱烈に求められるとは。

正直……まだかなり、心臓が熱くて、たまらない。


やっぱりリルカは危険だ。

用法用量を守らないと、簡単に堕落してしまいそう。


「……ちゅうか待って。おなか減ってんけど」

「え。あ。そういえばお昼休みですよね」


そういえば、とふたりで顔を見合わせる。

時間を確認してみると……うん。


「はぁ。なんや適当にコンビニ飯でも食べるかぁ。ラーメン食べたかってんけど」

「それは本気だったんですね。……いっそ遅刻しちゃいます?」

「いやそりゃ……アリか?」


ふむ、とまじめに考え込むお姉さん。

冗談のつもりだったんだけど……


「んよし、まーたまにはええやろ」

「え。マジです?」

「ゆみちゃんとラーメン食いたいわー」

「はぁ。まあ、じゃあ腕によりをかけて作りますね」

「やっりぃー」


にこにことルンルン気分で肩を抱いてくるお姉さん。

まあ、まんざらでもない。


ちょっぴりだけうきうきしながら、私たちは部屋を出るのだった。


―――そして考えてみれば当たり前だけどお昼ご飯の支度ingな姉さんと遭遇。逃げようとしたお姉さんは笑顔によって捕獲されて、三人で食卓を囲むことになるのだった。






お姉さんが帰った後。

部屋に戻った私は、ベッドの上の金庫を片付けようとした。

そこそこ高かったし、とりあえずどこかに置いておこうとかそう思って。


こつん。


と。

金庫を持ち上げたとき、なにかが中にあることに気が付いた。


「……?」


なんだろうと思って取り出すとそこには―――


「カード……?」


クリスタルみたいに透き通った第三のカードが、明かりを反射してきらめいた。

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