第222話 スポーツ娘と(2)
「どうしたんだい、手が止まっているよ」
そっと肩に置かれる手。
寄り添う圧力に喉が鳴る。
「ふふふふ。そう難しい問題ではないと思いますよ?」
反対の肩に置かれる手。
私はペンを置いた。
「あの……めちゃくちゃやりにくいんですけど」
私が言うと左右に侍る先輩方はまるで思いもよらないことを言われたとでも言いたげな不思議そうな表情になった。
けど、むしろこっちが不思議なんだ。
どうして図書室で先輩に勉強を見てもらっているんだろう。
思い返してみてもいまいちよくわからない。
流れでなんかそうなってたとしか言いようがないんだ。
急に先輩が誘ってきて、不意打ちだったからきょどきょどしているうちに巧みな話術で流されて。
そして、どうしてかシトギ先輩が乱入した。
そうして至る今、もちろんだけど、穏やかとは言い難い。
いやもちろん表面上はとても穏やかだ。
少なくとも流血沙汰はない。
ないけども。
ね。
このふたりが同一の空間内に存在しているだけで張り詰める緊張の糸が、私の首にくるんと絡まって締め付けているのがとてもよく分かる。
ともすればこう、スパッ! と軽快に首ちょんぱされそうな気分。
―――それがぶっちぎられたのは突然のことだった。
「おー、ユミカいたー!」
「ぇう」
突然がらりと扉が開いて、飛び込んでくるのは元気いっぱいな声。
あまりにも静かすぎた図書室にはとてもよく反響する。
振り向けばそこにはカケルがいて、「探したよー」なんてニコニコ笑いながら駆け寄ってくる。
え。もしかして視力失ったの……?
とか一瞬思ったけど、私を椅子ごとむぎゅうと抱きしめてから彼女は左右の先輩にも挨拶をしていた。
笑みを動じることもなく返すふたりは、だけど明らかになにやら威圧感を増していて。
だけどカケルは気にした様子もなく、
「んじゃ行こっか」
「え、え、どこに?」
「そりゃーワタシがきゅーに休みになったから一緒に帰るんだよ」
「初耳だけど?」
「えへへ、初舌だぜ」
えぇ……
なんて困惑している間にも彼女はしゅぱぱぱぱっと道具をまとめて私のバッグを肩に背負った。
ずるっと椅子を引っ張られて、慌てて立ち上がった私の肩をがっしりとつかむ。
「じゃあセンパイさよならー」
「ちょっ、え、あ、えと……ご、ごめんなさい……?」
ぐいーと結構なパワーで引っ張られてなすすべもないので、先輩方にとりあえず謝っておく……めっちゃ笑ってるよ。
これ、また今度ひどいことになったりしないよね……?
そんな不安を抱えながら引っ張られることしばらく。
階段をふたつくらい降りたところで、カケルは「ぷはぁっ!」と息を吐いた。
「はぁー怖かった。インハイの決勝くらい殺伐としてるもん」
「あのふたりにスポーツマンシップは期待しないほうがいいよ……?」
「あはは。ワタシもけっこーズルだしね」
「いやうん。まあ別にルールがあるわけでもないんだけど……でもなんで?」
よりにもよってあのふたりに絡まれてる(?)ときに乱入するとか結構な勇気がいるだろうに。
そう思ってたずねると、彼女はハテナと首を傾げた。
「なんでって。言ったよ?」
「……おぉう」
なるほどたしかに、彼女は言った。
急に休みになったから一緒に帰りたかったんだと。
それ以外の理由なんていらないらしい。
「それにセンパイたちばっかズルくない? ユミカのこと独占しすぎ」
「そう、かな?」
「いやワカンナイけど」
「はい?」
ぐるんぐるん回る言葉に疑問符乱舞。
なんじゃそりゃーと首を傾げると、彼女は苦笑した。
「だってさ、ユミカがワタシ以外といるだけでズルいなぁーって思うもん」
「……」
その言葉に、あまりよどんだものはない。
ただただ本当にそう思っているだけで、皮肉だなんだってものじゃないのがよく分かる。
たぶん誰よりも早く私を受け入れてくれた(厳密にはまだ両想い継続中なんだけれど)からと、甘えていいわけはない。
こんな風に乱入なんて、本当はさせちゃいけないんだ、私が。
「でも、それでも納得できるくらいホンキでオトしてくれるんだもんね?」
ぎゅ、と腕に抱き着いて彼女はにまにまと楽しそうに笑う。
心の底から楽しみにしているっぽい。
オトされるのを、だ。
……彼女にそういう意図はなくとも。
なんだか、クギを刺された気分だった。
私は彼女だけでなく、たくさんのひとと恋人になろうとしている。
ほんとの本気でみんなを納得させにいかないとそれは成立しないんだって、そう、彼女の笑顔が教えてくれている。
いやもちろん、そんなのは分かり切ったことではあるんだ。
そういえばそれを最初に私に抱かせたのもカケルだったような気がする。
なんにせよ、それを思うと、先輩だからって下手にでるわけにもいかない、か……
「うわ。なんかユミカがワルい顔してる」
「えぇ。そんなことないよ。ほぉらにっこり」
「あはは、ペテン師みたい」
「まさか。正直だけが取り柄だよ」
「ぬぇっ!?」
私は笑って彼女の足を引っかけた。
バランスを崩した彼女の背に手をまわして、まるでダンスみたいにくるりと受け止める。
「きっと貴女を満足させて見せますよ、お嬢様」
「……ひゃい」
ぱちんっとウィンクを決めると彼女は真っ赤になって湯気を立てる。
カケルは存外乙女趣向なところがあるっぽいんだと何となく察していた。
「なになになになになにきゅーに!?」
「せっかく一緒に帰るんだから、しばらくはおなか一杯っていうくらい満足してもらおっかなって」
「それもうホテルじゃない……?」
「ふふ。それはこの後のお楽しみだよ」
いやもちろんしないけども。
……まだね。
だけど顔を真っ赤にしてひゃーひゃー鳴いている彼女はなにかよからぬ妄想にふけっているようだ。
冷静に考えると、両想いの相手が隣で私との情事を妄想してるっていうとてつもなく……こう……なんかとんでもないシチュエーションではあるわけだけど、私はなるべく気が付かないようにした。
「えーやば……ちゃんとしたの履いてきてよかったー」
…………き、気が付かないようにした、?
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