第220話 親友と(2)
後輩ちゃんとセックスしなかったのをクラスメイトに目撃された。
とても健全だネ。
それはさておき。
後輩ちゃんと下校した後、私はアイのお見舞いにやってきていた。
きちんと着替えて、プリンとか買ってと準備は万端だ。
彼女が気にしちゃわないようにと、一応マスクも着けてきた。
見知った顔のご両親に挨拶をしたら、彼女の部屋の前に立つ。
扉に耳を澄ましてみても、特に音は聞こえない。
なんかいかがわしい声とか聞こえたら気まずかったからありがたいことだ。
寝てるのかな?
「……」
おじゃまします、は心の中で。
扉を開くと冷たい空気が肌に触れる。
部屋の中はカーテンを閉め切った真っ暗で、こんもりと膨らんだベッドはすぅすぅと膨れていた。
ゆっくりと扉を閉じて、彼女の傍らに立ってみる。
ぐっすりと眠る顔色はずいぶんといい。
親御さんが言うにはとっくに熱は下がっていて、大事をとってお休みするっていう学生にとってのボーナスタイムらしい。
私は適当に椅子を引っ張ってきて座った。
彼女の寝顔をじっくりと観察する姿勢だ。
さすがに、休んでる人にイタズラをしようとは思わない。
……
それにしても、アイはとても美人さんだと思う。
いつもはつんつんの目をして、あまりにも表情豊かだから幼い印象もあるけど……顔立ちは結構大人びている。カッコイイモデルさんみたいだ。
……告白とか、されないんだろうか、私以外に。
私は知らないけど、実は裏で人気があってもおかしくない。
黙ってたら美人なんだし。
黙ってたら。
「……ああ、だからか」
なにせ彼女が黙ってるときだなんて、こうして眠ってる時くらいだ。
そしてそんな姿を見れるのは……今はきっと、私くらいだろう。
髪をそっとかき分ける。
ガンガンにエアコンの効いた部屋は涼しいから、寝汗もかいてない。
ベッドの下に落ちていたスポドリを枕元に置いてあげてから、私は立ち上がった。
「また来るね」
とりあえず今日はおいとましよう。
そうして立ち上がった手が……ぎゅ、っとつかまれる。
振り向けば、彼女はぼんやりと私を見上げていた。
「ゆみ……」
「うん。おはよう」
「ぅん……」
ひどくおもむろな瞬き。
彼女は私の手を胸に引き寄せて、包み込むように指を絡めた。
「あいたかったわ……」
「っ」
……寝起きだからって、そういうのはちょっとずるい。
もっとこう、怒られちゃうくらいのつもりだったんだけど。
「私も、実はずっと会いたかったんだ」
「そぉ……そーしそーあいね」
「そうだといいんだけど」
指をほぐして頬に触れる。
クーラーで冷えていた肌が私の温度に染まるのを、彼女は心地よさそうに目を細めて受け入れてくれた。
「ねぇ」
―――今なら。
眠気に惑う彼女からなら、私に都合のいい言葉をもらえるかもしれない。
そんな一瞬の悪意が彼女に問いかけていた。
それを理性でねじ伏せたところで、口にしてしまった言葉は引っ込んではくれない。
彼女は小さく小首をかしげるようにして私の言葉を待っていた。
「……返事は、また今度聞かせてね」
だからそうして、その場しのぎの言葉を告げる。
彼女はぱちくりと瞬いて、
「へんじって?」
「ああうん。いいのいいの。もうひと眠りしといたら?」
私が笑いかけると。
彼女はほぅ、と一息ついて。
キュッとまなじりが鋭くなって、不満げに口が突き出る。
「……その必要はないわ」
「え。……あー、おはよう」
「おはよ」
むくりと身体を起こす彼女はすっかりいつも通りで。
……いつからだろう。
いつから寝ぼけたフリなんて……いや、もしかして最初から……?
「で。なによ返事って」
「あうん。そりゃあまあ、例のアレですけども」
「具体的に」
「ぐっ」
たいてきに……?
私の恋人になってほしい!
ほかにも恋人はいるけどね!
コレ二回も言うのヤバくない……?
せめてこう、勢い……
えぇ……いうけどさ。
ご要望がございましたらええ何度でも申し上げますけれども……
「えっと。アイ」
「ええ」
「恋人になってください」
「それで?」
「同じことをほかの人にも……言ってます」
「それで?」
「えっ……とぉ。ご、ごめんなさい……?」
コレの後とか謝罪くらいしかなくない?
そう思っておずおずと謝ると、とても荒々しい舌打ちにビンタされた。
もう正面から見れないよ……
「アンタってほんとどうしようもないクズよね」
「ご、ご存じの通りです……」
ぐぅの音も出ない気分に何度なればいいんだろう私は……
「返事ですって? ホントバカも休み休み言えってカンジだわっ」
「へい……」
「断るかもだなんてくだらないこと考えてんじゃないわよばーかっ!」
「へい……へぁ?」
うん?
聞き間違い……じゃあ、ない、と思うけど……?
唖然として見つめると、彼女は苛立たし気に眉をはねさせた。
「なによ! このワタシが恋人になってやるってのに何が不満なのかしら!?」
「いやいやいやいや! は? え。もしかしてしばらく海外にいた……?」
「日本語わからなくなってないわよッ!」
じゃあおかしいのは私か?
あるいは熱で脳が……ッ!
―――なんて冗談めかしていられるような状況では、まあ、ない、よねぇ。
「……本気で言ってる?」
「マジよ。なにがそんなに疑わしいっていうのよ」
「だって……アイが『ほかの恋人』なんて受け入れてくれる訳ない……し」
「よくわかってるじゃない」
そりゃあだって、一度面と向かって『みんなを選ぶ』みたいな選択は絶対に嫌だと、そう言われたし。
っていうか、じゃあどうして恋人になんて……
「でもそれはそれよ」
私の疑念に、彼女のあまりにもあっさりとした解答が落ちてくる。
「確かにアンタって見境ない女たらしのクズでどうしようもないやつだけど」
「うんまあ……」
「そういうとこもキライじゃないわ、ワタシ」
「ぇ」
にやりと笑う彼女に息が止まる。
目を見開く私に彼女は怪訝そうに眉根をひそめた。
「なによ今更。ワタシちゃんとアンタのことが好きって言ったじゃない」
「う、ん」
「『恋人がたくさんほしい』だなんてそんなの、アンタなら言いかねないって分かってたもの。そんなことじゃ、アンタを恋人にしてやるって思いは変わんないわよ」
あきれたようにそう言った彼女は、それからむすっとした様子でヘッドボードのティッシュケースを差し出した。
「だからさっさと泣き止みなさいよ。アンタがそんなだとやりにくいわっ」
「あ、ありがとう……?」
首をかしげながらティッシュを一枚とる。
それをジィっと見下ろしていると、彼女はまたけげんな表情をする。
「なにしてんのよ」
「いやだって」
ティッシュなんて別に要らないのに。
そう思っていると、ふいにしずくが落ちた。
ティッシュをぽたぽた濡らしていくそれにぱちぱちと瞬きして。
そこでようやく気付いた。
「……え、あ、泣いてるの?」
「ダレに聞いてんのよアンタ。ちょっと大丈夫なの? カゼでもうつったんじゃないでしょうね」
「いやそんなことはしてないから……」
首を振りつつ、涙をふく。
なるほど泣いている。
うぅむ……
「ま、ワタシの恋人になれたんだから泣くほどうれしいのもムリないわね」
「それもそうだね」
「……ツッコミ待ちに決まってるじゃないのッ!」
かぁっと赤くなって怒鳴るアイ。
だけど私は笑いながら首を振った。
「アイはそれくらいステキだよ。恋人になれて、嬉しい」
「…………バカな事言ってんじゃないわよもう……」
ぷい、とふてくされるようにして寝っ転がってしまう。
無理やりこっちを向かせてしまいたくもなるけど……そういえば今日はお見舞いに来たんだ。
あまり長居するのもあれだし、おいとましよう。
そう思った私は彼女にお見舞いの品とかを渡して、そそくさと部屋を後にした。
親御さんにしっかりとあいさつをしてから帰路について。
そしてまた、少しだけ、泣いてしまう。
ことのほか、彼女の言葉がうれしかったらしい。
『そんなことじゃ、アンタを恋人にしてやるって思いは変わんないわよ』
私が一番悩む私の部分を、そんなこと呼ばわりときた。
彼女にとってそれはどこまでも私の一部でしかなくて、それをひっくるめて私を好きでいてくれるらしい。
「あぁ……」
親友と―――そう呼べる相手だと、あらためて実感する。
私なんかの恋人にするには惜しいかもしれない。
もちろん、今更もう、ほかの誰にも触れさせたりなんかしないけど。
「まじかぁ……」
―――どうやら、私はアイと恋人になったらしい。
「まじかぁ……!」
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