第219話 後輩と(2)

雨上がりっていうのは、晴れ晴れとした気分とはまた違う、なにかこう、不思議な安堵感みたいなものがある。


スカートとか、スラックスのあの、足先のとことか濡れなくていいな、とか。

傘ささなくていいんだ、とか。

荷物濡れないぞ、とか。


同時に少し残念にも思える。

授業中の雨音、誰かと寄り添う傘の下、そんなものはまたしばらくお預けだから。


そういう風に、雨の日が好きだなと思えるのは……だからどうやら、晴れの日だけみたいだった。


保健室登校な彼女にまで告白を終えた私は、その放課後、特に訳もなく窓からグラウンドを見下ろしていた。


地面に落ちた空には雲が流れていて、ぱちゃぱちゃぴちゃぴちゃと波打ったりしている。


この後アイのところにお見舞いに行こうと思うんだけど、果たしてどんな差し入れをしようか、とか。

あんまり興奮させて風邪を悪化させないようにしないとな、とか。


そういうことを、薄ぼんやりと考えていた。


「なーんかおもしろいものでもあるッスか?」

「ああうん。あの雲強そうだなーって」


ぼんやりと応えて、それから振り向く。

ついさっき隣にやってきた後輩ちゃんが、「おぉー、ツノッスー!」なんて歓声を上げながら水溜まりを指さしていた。


「ほんと、なんの物怖じもせず上級生のクラス来るね」

「なんたってセンパイの隣がミウの定位置ッスからねー。きゃっ! ハズいっ! ッス!」


きゃっきゃっ! と顔を隠しながらチラチラこっちを伺う彼女に笑ってしまう。

さりげなく肩を抱き寄せてみると、彼女は「うぐっ」と声を詰まらせた。


「センパイそれ、なんかアレッスよ」

「そういう気分なの」

「ッスかぁ……」


なら、いッスけど。

そう言って彼女は身を預けてくれる。

今そこはかとなくロマンチックな雰囲気なのかもなあ、とぼんやり思った。


なのに不思議と、言葉が滑り出てこない。

迂闊な私の舌にしては珍しいことだ。


「あぁ。なるほど」

「どしたッス?」

「ううん」


どうしてだろうと考えてみて、たぶん。

きっと彼女が私のどんな告白だって受け入れてくれそうだからなんだろうなと、そう思う。


他のみんなはなんというか……なりふり構っていられないというか。むしろ気分としては宣戦布告というか。そういう趣があるんだけど。


後輩ちゃんはなぁ……後輩ちゃんだからなぁ……


「―――みう、センパイの考えてること当てれるッスよ」

「!」


突然そう言った彼女に驚かされる。

瞬く私に彼女はにんまりと笑って。


そして、


「ずばり、教室で隠れてヤっちゃうシチュ……ッスね!?」


びっくり損だよ。

とか思ったけど……


「え。なんで分かったの?」

「あちゃー、違ったッスかぁー……って合ってるんッスか!?」


びっくり! と目を見開く後輩ちゃん。

私は彼女をぐいっと窓に押し付けて、カーテンでシャッとふたりをくるんだ。


「こんな感じかな」

「おぉー、悪くないッス」


うんうんと職人顔で頷きながら、彼女の腕が首に回る。

ゅ、と背伸びして、触れるほどまで近くに彼女はやってきた。


甘い、お菓子みたいな香りがする。

彼女はいつもそうだ。


「セックスってさ、気持ちいいの?」

「好きな人とならたぶん? ッス」

「そういうものなのかな」

「そッスよきっと」


彼女の脇の下から手を差し入れるようにして抱きしめる。


「……ほんとに、シちゃう?」


そう囁いて、

触れようとする唇が指先に止められる。


「まだちゃんとしてもらってないっすよ、みうは」


いたずらめいた笑みが私を焦らす。

私は口を開いて、でもまた閉じた。


「じゃあ、また今度だね」

「こだわるッスねぇー」


くすくす笑う後輩ちゃん。

だけどだって、今告白したらまるで、シたいから告白するみたいじゃないか。


「あーあ。せっかくのいいタイミングだったのに」

「みうはまたまちぼーけッスねー」

「待った後のほうが喜びは大きいかもだし」

「へぇーえ! それだけめちゃサイコーなやつシてくれるってことッスね!」

「……墓穴かぁ」


はふぅ。

吐息する私に彼女は声をあげて笑った。

しゃぱっ! とカーテンをはじいて、くるりと回る彼女はどこまでも快晴で。


「ハジメテはセンパイんちをごしょもーするッス!」


そんな彼女に、私はふっ、と笑った。


「みうちゃん」

「ッス?」

「うしろ」

「ッス」


後輩ちゃんははてなと振り向く。

そこには、忘れ物でもしたんだろうか、テニス部所属のなんとかっていうクラスメイトがいて。

後輩ちゃんとばっちり目が合うと、彼女は顔を真っ赤にして逃げ出した。


……あはは。


もう笑うしかないや。

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