第217話 不良と(2)

姉さんに本格的に性の対象として見られているらしい。


いまさらといえばいまさらではあるけど、改めて実感してしまうとこう、なんか……とりあえずいってきますのチューの意味合いが違ってる気がしてしまう。


なんか、今日はやけに熱烈だったし。

危うく遅刻だったし。

それいってきますの熱量じゃないんだよ……


それでもなんとか学校には間に合って、いつも通りに粛々と授業を受けた。

ここ最近……ちょっと前? 遅刻だの早退だの、ともかく不真面目なことが多かったから、いい加減真面目に勉強しないとマズい。


そうしながらも、次はだれと向かい合って、どうすればいいのかって、ついつい考えてしまう。


とりあえず放課後はそろそろアイのお見舞いに行こうかな、とか。

またユラギちゃんの様子を見ておきたいな、とか。

後輩ちゃんも……あまり長く待たせるわけにはいかないな、とか。


「―――全部私が悪いんだけど、未だかつてないくらい頭使ってる気分だよ」


お昼ご飯を食べていても、そんなボヤキがついついこぼれてしまう。

ただでさえみんなを恋人にしようだなんていう最低かつ最大の作戦を実行中だっていうのに、そのうえなんかこう……三人くらいの革命児たちがこれから暴れだしそうだし……


私のターンを、もっとゆっくりくれてもいいじゃないか……


「もっとも、向き合おうと思うとけっきょく小賢しいこと考えらんなくなっちゃうんだけどさぁ……」

「…………おい」


やれやれとため息をはいて、いちごオ~レをズュゴゴとすすっていると、彼女はいい加減声を上げた。


実に三日が経過して、ようやくだ。


ずっとずっと、応えてもくれない彼女と、いつもみたいにお昼ご飯を食べていた。


「……オレぁ、いつまでてめぇのソレを聞いてりゃいいんだよ」


そう言うサクラちゃんの視線は、ただただ冷め切っていて。

だけど残念なことにシトギ先輩なんかとやりあっているとそれくらいなら普通に読めてしまう。


もっともそうじゃなくたってわかるだろう。

彼女は、今にでも私を殴りたいくらいにいら立っているのだ。


私はお弁当箱を置いて彼女を見返した。


「っんだよその目はっ」


語気を荒げた彼女はゴミのビニールをくしゃくしゃに丸めて投げつけてきて、それは私の胸に当たった。

舌を打って、剣呑な視線で私をにらみつける。


「なぁおい。なんであんな後にのうのうと顔出せんだてめぇはよ」

「なんでって。サクラちゃんとはまだ友達だもん。こっぴどくフられたけど……それが変わったとは思ってないよ」

「は―――」


サクラちゃんはしばらく唖然として、だけど私の言葉にさらに怒気を増したようで胸ぐらをつかみ上げてくる。


「てめぇ……ナメてんのかあ゛ぁ!?」

「どうして?」

「どうしてもこうしてもねえだろぉがっ! てめぇは、っんなクソみてぇな……ッ!」


クソみてぇな。

……いやまあ否定はしない。

クソだし、クズだ。


見放されて、嫌われて、そうなったって仕方がない。

だけど。


「じゃあサクラちゃんはもう私なんかと顔も合わせたくない?」

「はぁ?」


たじろぐサクラちゃんの手を取る。

あっさりと胸元を離れた手をそっと包んで、ずぃと顔を寄せた。


「私といるとしんどいんだよね。恋人になんてなれないんだよね」

「だぁらそう、」

「だから私なんてもう嫌いなの?」

「はぁあ?」


動揺する視線を逃さない。

むさぼるように唇を寄せると彼女は逃げようとして、そのまま体勢を崩して倒れる。


私は彼女にのしかかって、強引に両手を抑えつけた。


「あなた以外を求める私なんて嫌い?」

「だぁら、わたしは、ずっと、」

「ずっと私のことが好きなんでしょう? だから嫌なんでしょう?」

「はぁあ!? どの口がンなこと言えんだよッ!」


この口だよっ!(チュッ)

とはさすがにしない。


なのに彼女が慌てて顔をそむけるのがなんかこう……釈然としない。


私をなんだと思ってるんだっ。

とかキレれるような行いじゃないという自覚はあるから、なにも言わないけども。


ずっと私のことが好きなんでしょう?


とか。

彼女にでなければ羞恥のあまりに死んでしまうような言葉だ。


「てめぇ、わたしなら許してやるだなんざ思ってねぇだろぉなオイッ!」

「さすがにそんなひどいことは思ってない、けど……」


少し考えて、笑いかける。


「どんなに許せないことがあっても、なんだかんだ一緒にお昼は食べてくれるんじゃないかって思ってる」

「……」


くしゃっと歪む表情はいったい何を思っているのか。

少なくとも今日までの三日間がある以上、それは否定しにくいことだ。


あんなことがあったのに―――私も拍子抜けしてしまうくらいに当たり前に、彼女は屋上にいてくれた。


彼女は、私のそばにはいてくれた。


だから少し……図に乗らせてもらう。


「なんたってサクラちゃんには私以外に友達いないし」

「ナメてんのかてめぇ……ッ!」

「冗談だって」


にらみつけてくる彼女に私は笑う。

とてもいつも通りっていう感じだ。


「でも、半分くらいはホンキかも」

「あ?」

「サクラちゃん―――私以外を独り占めしたいの?」

「……あ?」


困惑で眉間にシワが寄る。

私は笑ったまま、鼻先を交わす。


―――先輩たちとのことがあって、ちょっと考えた。


彼女たちが私を受け入れられないっていうのは、そもそもこの騒動の発端(というか始発。発端はいつも私だ)ともいえるサクラちゃんにも共通することだ。

っていうかあっさり受け入れられる方が間違ってる。


だけど彼女は、少なくともさっぱりした性格なんかじゃない。


「私を諦めるってさ、そういうことだと思うんだよ」


誘うように、彼女の唇に私の首元を触れる。

とっさに引き結ばれた唇の向こうにあるキバが、うずいているに決まっているのだ。


「私を受け入れられない程度のことでそんなことできるって……本気で思ってたの?」

「っ、」


できるわけがない。

よりにもよって彼女がそんな殊勝なことを本気で言えるわけがない。


「サクラちゃんがどう思っても、私はみんなと恋人になる。なのに受け入れられないからって拒絶して、それでいいんだ」

「図にのんなてめぇ……ッ!」

「じゃあ今すぐに私を追い払ってよ」


最悪のクズみたいに私は挑む。

彼女はぐっと腕に力を込めて、だけど私を跳ねのけることはできずに歯噛みした。


彼女は諦めたと言うけど、そんな簡単に諦めのつくやつにあんな噛みグセがあってたまるか。


独占欲と所有欲を熱情で鋳固めたみたいな恋愛観のくせにそっちこそ図に乗るなよ。


「ねえサクラちゃん。私まだ答えてもらってないよ」

「……」


私の恋人になるか、ならないか。

あの雨の日の『告白』はまだ終わっていない。


だけれども。


「どっちにしても、私は変わらないから」


ささやきとともに、肩を噛む。

犬歯が突き刺さって、皮膚を裂いて、うめき声が上がるくらいに強く。歯をすり合わせるみたいにして強引に傷跡を深くしてから、ようやく口を離した。


赤く滲んだ血の味で唇を舐めて、染まった口紅を彼女に分ける。


「―――だから安心してね」


受け入れられないなんて、どうでもいいことにしてみせる。

初めからあの告白はそういう意味だ。


「な……んだよそれ」


私の宣告にサクラちゃんは呆然としていた。

どの立場でそんな上から目線なことが言えるのかと、理解できないのかもしれない。


私が逆の立場なら同じだったろう。

言ってることが理不尽すぎる。

でもそもそも理不尽なことをやろうっていうんだからそれでいいじゃないか。


先輩たちが好きに動き出しそうな気配があるわけだし……私も、もう少し好きにやらせてもらう。


こんな簡単に押し倒せるようなオオカミさんなら、強引にだって手籠めにしてやるんだ。

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