第216話 姉と

「……ねれない」


自分のベッドで、ごろんごろんと寝返りを打つこと二百三十六回……というのはたぶん嘘だけど、気分的には間違ってない。


眠いかと言われれば……まあ、眠い。


『多分いま普段なら眠れてるなぁ』っていう感覚ではある。

ちょっと前にトウイとの電話を終えたときは、さあ寝るぞっていう気分だったのに。


なのに眠れない。


どうしてか、なんて明らかではあるんだけどさ。


生徒会長に宣戦布告されたから、だ。


あー。


「なん、えぇ……どうしてこうなった……」


枕をかぶって、うぐぐとうなる。


私は、みんなを恋人にするとかいう狂った目標をかなえようとしている。

それは彼女たちの『普通』とはまあ違う。

ありえないだろ、っていう話だ。


だっていうのに受け入れてくれるだなんていうのがそもそも奇跡のようなことだから、シズルさんの反応は、ある意味普通なのかもしれない。


だって彼女の言葉は、私がカケルや先輩に言ったのとほぼ同じだ。


それを言われる側になったというだけで。


わがままによって彼女たちを狙う側だった私が、狙われる側になったというだけで。


……っていうか先輩もシズルさんに自重がどうとか言ったんだよね?

それってつまり、あの場では私に「ひどいやつ」だなんだと言っていた先輩もまた、私をオトしにかかるとか、そういうことなんだろうか。


あのふたりの先輩たちの中では、それが自然な結論なのだろうか。


それってなんだか……


「……うぐぅ」


決意はある。

信念がある。

だけど、それでもなお自信がない。


もしもあのふたりが、本当にただ私をオトすためだけにふるまうのなら、とか。

考えただけで、ヤバそう。

むしろふたりがそうすることで、うまいこと影響が対消滅してくれるかもしれないけど……


「あー」


これは、寝れないな。

なんだかんだと考え続けて、結局うだうだ寝返りまくり。

これじゃあ夜更かし確定だ。

明日には、アイのお見舞いに行っておきたいとか……思ってたんだけど。


よし。


思い立った私は、隣の部屋を訪れた。

ノックはしない。

そっと開くと、姉さんはベッドで寝息を立てている。

私はゆっくりとそれに近づいて、そろそろと隣にもぐりこんだ。


「ん……」


そこで姉さんは気が付いて、ぼんやりと開いた瞳に私を映す。


ゆる、と笑みながら、当たり前のように私を抱き寄せた。


「どぉしたの?」

「ううん。眠れないから、一緒に寝ていい?」

「ええ。もちろんよ」


寝ぼけながら、よしよしと頭をなでてくれる。

柔らかくて、暖かくて、甘い香りがする。

姉さんでいっぱいになって、ほかのことは考えられなくなるから、これで間違いなく安眠だ。


ぽん、ぽん、とあやすように背中を叩く姉さんのやさしさに包まれながら、そして私は目を閉じる―――


「……?」


さわさわと。

なにか、くすぐったい。

くすぐったいっていうか、なんというか。


背中をぽんぽんしていた手が、背中を撫でるようになって、かと思えばしゅるりと、パジャマの下に入っている。

指先が下着のふちをなぞって。

気がつけば背骨に沿うように、もぐりこんで。

尾てい骨のあたりから、谷間に滑り落ちそうになっている。


「ねえさん?」


顔を上げると、さっきと同じように寝ぼけたような姉さんが……いや。

こんな真っすぐな眼光が、寝ぼけた人間のものだなんてありえないだろう。


「ユミ……あなたもちろん、私とも恋人になるのよね?」


姉さんは言った。


さわさわと。

下着にもぐりこんだ手で、その……私のおしりを、な、なで、ながら……?


―――寝てる場合じゃないなこれ!?


「ちょっ、姉さん? 待って待って待ってな、え? なに?」

「うふふ。あなたの先輩さんに聞いたのよ。あなた……みんなと恋人になろうとしているんですってね」


そういえば姉さんは先輩とつながってたんだっけ……

っていやそうじゃなくて。

そうじゃあなくてだよ。


「だっ、けどほら姉さんは姉さんで、」

「朝の。あれはそういう意味なんでしょう?」

「……えーっと」


朝の―――つまりはたぶん、私がここ最近行ってきますのチューをせがむやつのことだろう。


ぜんぜんそういう意味ではない、んだけど……?


いや確かに、あれもあれで決意のひとつだ。

みんなと恋人になる。

だからといって姉さんとも特別であることを諦めないっていう、そんな。


姉さんが義姉さんと結婚しても、私の姉さんであることに変わりはないって、そういう意味だ。


だって姉妹でキスするくらい普通……だし?


「あなたがたくさん恋人を作ろうとしているんだもの。だったら、私にもお嫁さんがふたりいたっていいわよね?」

「えぇ」


そう……なるか……?

っていうかお嫁さんって、飛躍がすごくない?

アラブにでも行くってのかよ。


「いつ手を出そうかと思っていたのだけれど……うふふ。ユミから誘ってくれるなんて思わなかったわ」


いつ手を出そうかと思ってたんだ?

嘘でしょ。


っていうか。


「あの、姉さん? 誘ってないです」

「……聞きたくないわ、そんな言葉」

「えぇ……」


ぷい、と顔を背けながら、当たり前のように下を脱がしてくる。

頑張って抵抗するけど、なん、なんかこう、て、手慣れてますね……?


「……分かっているわよ。あなたは、本当にただ、安眠を得ようときたんでしょう」

「姉さん……」


スネたように口をとがらせる姉さんは、やっぱり姉さんなだけあってきっと、私がどうしてこんな風に共寝を求めているのかを正確に理解してくれている。


……でも手ぇ止まんないんだもんなぁ。


「あ、安眠とは」

「ぐっすり眠れるように、一肌脱いであげようかとおもって」

「脱がせられてるのは私なんだけども……」


っていうかそういうんじゃなかったじゃん……?

私はあくまで健全路線なんだよぅ。


…………いや姉さんは割と……?


「あのね、えっと、まだそういうのは早いと思うの」

「恋人同士が愛し合うのに早いも遅いもないと思うの」

「あるよ。っていうかあってください……」


「―――でも、準備はできているんじゃないかしら」


そういって姉さんは―――


ッ!


「きんきゅうりだつッ!」


がばっとベッドを飛び出して床に落ちる。

痛みも気にせず部屋の隅っこに逃げた。


「だっ、めだからね! そういうのはまだ、」

「……それを、私以外にも同じように言うのならいいのだけれど」

「え」


姉さんはゆらりと立ち上がる。

淡々と私に歩み寄るその姿が、なぜか、天井に届くほど大きく見えた。


そして姉さんは私を見下ろして。


「高校生同士だから―――なんて。そんなことを言って私以外とハジメテをシたり、しないわよね?」

「な、にを言って」


そんなの当たり前―――


『―――先輩がいいなら、いつでもみうは準備できてます』


……


「しないよ」


私は姉さんを真正面から見返した。

姉さんはわずかに目を細める。


「それでもやっぱり、そういう特別なことは、ちゃんとしたい。私はまだこどもだから……大人になってからじゃないと、ちゃんと特別なことだって、そう伝わらない気がするから」


あるいは。

そんな考えが、すでに子供っぽいのだろうか。


そういう行為は特段特別なことではなくて。

それを特別に神聖視というか、過大に評価しているのが、おかしいのかもしれない。


それでも。


性欲だとか愛欲だとか、はたまた好奇心だとか。

そういうんじゃないんだと、そう伝えるために、幼さというのは邪魔なものに思える。


だから、しない。


するのなら、私は理性的に彼女たちと愛し合いたい。


……なんて、欲望に任せてみんなと特別になろうとする私とは矛盾しているんだろうけど。


「……そう」


そんな強情を張る私に、姉さんはふっと目元を緩める。

子供を見るような、優しくて、残酷な目。


『子供だから』という甘い諦観がそこにはきっとあった。


「分かったわ」


姉さんはうなずいて、それから笑う。


「ごめんなさいね。あなたが他の生き物と触れ合ったりするかもだなんて思ったら、居ても立っても居られないのよ」

「うん。……う、ん?」


ほかの生き物……?

な、んか微妙に針とか潜んでない?


ま、まあいいや。


「それじゃあ、今日のところは一緒に寝るだけにしておきましょうか」

「うーん」


なんかこう、そこはかとなく含みがある感じの姉さんではあるけど、まあ、なんだかんだ私の拒むことを無理にしようとはしないだろう。


そう信頼して、差し出される手を取る。


一緒にベッドに入って、ぎゅって、抱き合って。

つるりと、姉さんの柔らかな足と足を絡めて。


……なんだかさっきよりもずっと甘い香りがするなぁ、なんて思って。


「おやすみなさい」

「うん。……おやすみ、姉さん」


ちゅ、とお休みのキスをして。


そうして私は今度こそ目を―――




……下、脱がされたままだ……?


えっと……え。落ちてる。

さっき抜け出したときにか……しかも姉さんが絡んできてるから拾えないな……


ね、ねれない……

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