第209話 親友と(1)
なにげないときに、ふと誰かのことを考えている―――そういうものが恋なのだと漫画で読んだことがある。
今日は親友であるアイのことを……下校前の、あの笑顔のことをぼんやりと考えていて。
だから私は、たまらなくなって電話なんてかけている。
パジャマ姿で枕を抱きしめながら思い煩って電話するとか結構『正解』感あってなんだか少しどきどきする。
『もしもし。あ、今お風呂だからカメラは無理よ』
だけど当然向こうはそんなことなくまったくいつも通りで、私はつい苦笑する。
それを拾った彼女に呆れられたりしつつ、私はベッドに寝転んだ。
「ごめんねお風呂中に。もう体は洗った?」
『アンタどうゆう神経してるのよ……洗ったけど』
どうやら体は洗ったらしい。
だから何だっていうこともないんだけど、なんとなく沈黙する。
『いやなんか言いなさいよ』
「あごめん、特に考えてなかった」
『はぁ? なによそれ』
スピーカーの向こうから聞こえてくる笑い声。
ちゃぷ、とお湯をすくってかける音に、なんとなく彼女の体を想像してしまう。
「アイってさ……体、どこから洗う?」
『どこって、普通に頭だけど』
「ああまあそうかも」
トリートメントとかあるし、まあ妥当かもしれない。
微妙に時間短い気がするけど流しちゃうんだよね。湯船につけたくないし。
「じゃあ体のほうは? や、体なんだけど、頭以外だと」
『……腕?』
「あー、そうなんだ。でもぽいかも」
『ぽいってなによ』
呆れたように言われても、ぽいはぽいだ。
具体的な理由なんて特になくて、なんとなく納得感がある。
まあ、首から洗ってるとか言われてもそう思ったかもしれないけど。
『アンタはどこから?』
「えぇ。言わせないでよ恥ずかしい」
『なっ、バッ、アンタが先に聞いたんじゃないのッ!』
ばっしゃばっしゃと跳ねる水音。
スマホ落としたりしたら明日全力で怒鳴られそうだ。
「なに想像したの?」
『なにも想像してないわよッ!』
「まあ普通に腕からなんだけど」
『思わせぶりなこと言うんじゃないわよッ!』
「へぇ。思わせぶりに聞こえたんだ」
『聞こえてないわよッッッ!!!』
スピーカーモードじゃないのに遠ざけてもガンガン聞こえる。
まったくずいぶんなはしゃぎぶりだ。
私が笑うと彼女はぐちぐちと文句を噛んで、しばらくそんな彼女をなだめる時間が続いた。
それから、私はなんの気なしに言う。
「今日、ごめんね」
『……ベツに、ちょっとしかショックじゃないわよ』
「うぐぅ。ごめんよぅ」
ふもぅ、と枕にうずもれていると、深々とため息をつかれた。
『どっちかっていうと、ワタシに相談もしてくれないのがムカつくわ。なんかあったなら愚痴でもなんでも言えばいいじゃない』
「ああうん……まあ、ものすっごいパーソナルなことだからさ」
『ワタシはアンタ個人のことを打ち明けられないような相手ってことね』
「そういうんじゃないって」
つーん、とむくれる姿がありありと目に浮かぶ。
やっぱり相当スネているらしい……けど、彼女の言葉は本心でもあるんだろう。
「うーんと……怒らない?」
『それは聞いてから考えるわ』
「ううむ道理」
そうか。
……まあ、じゃあ、怒られるとしよう。
「あのさ、アイ」
『ええ』
「私、アイの恋人になりたい」
どっぽつゃん―――
『―――! ッ!』
盛大な水音。
遠ざかる悲鳴。
ざばぁ。
『だっ、ちょっ、アッ! い、生きてる!』
「だ、大丈夫……?」
『大丈夫じゃないわよッ! なに突然とんでもないこと言ってるわけ!?』
「とりあえずスマホ拭いたほうがよくない?」
『袋に入ってるからだい
てろれろん。
無情に通話が途切れる音。
ありゃりゃ、と思っていると、すぐにまた着信があった。
「大丈夫そう?」
『問題ないわっ。お湯でタップしてないとこが反応するアレよ!』
「あああれね」
雨の日とか煩わしいやつ。
どうやら誤操作で切ってしまったということらしい。あるある。
『ってなにほのぼのしてるのよ!?』
「あんまほのぼのっていう感じではないと思うけど」
『恋人ですって!?』
もはやスルーなんだ?
いやいいけどさ。どうやらスマホは無事らしいし。
『じょ、ほ、ホンキでしょうね!? 冗談なんて言ったらぶっ殺すわよ!?』
「本気だよ。本気で、アイと恋人になりたい」
『はわぁ』
ぶくぶくぶくぶく……
沈むアイ。だけど浮かれ切ってるっぽいっていうのは分かる。
そんな彼女に、私は告げる。
「だけどね」
『……ぶくぶく?』
「私、アイ以外のみんなとも、同じように恋人になりたい」
てろれろん。
と、通話が途切れる。
待っても着信はなく、こっちからつなげようとするとワンコールで切られる。
メッセージは当たり前のように既読無視だ。
うわぁ……
どうしよう……
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