第202話 不良と(1)

図書委員な彼女へ告白して。

そもそもそんな人生の一大事を一日に何度もやるわけにもいかないよなぁとか思いつつ。

だけど、サクラちゃんには少しだけでも早く伝えたいと思ってしまったわけで。


だから午前中いっぱいをつかってなんとかかんとか回復した私は、お昼休憩に屋上を訪れていた。

彼女はフェンスをつかんで空を見ていて、扉の音に気が付いて緩やかに振り向いた。

どうやら私がただならぬ様子だっていうのは彼女にも伝わっていたようで、待ち受けてくれていたということらしい。


「こういう日は、さすがにあんまり清々しい感じでもないねぇ」


曇り空の下で、彼女の隣に並び立つ。

フェンス越しに窓から飛び出していく声たちを見下ろして、それから彼女を見上げた。


「ずいぶんと、待たせちゃったよね」

「……べつに。んなことねえよ」


なんでもないように言った彼女の手が私の頭に乗せられる。

まるで当たり前のように気安く、ただの友人みたいに優しく。


「んで、どうすんだよ。てめぇは」


彼女自身はなにもしないみたいな、どうともならないみたいな口ぶりだ。

私を諦めるのだと、そう宣言したときのまま。

こうして向き合うと心臓が潰れてしまいそうな気分になる。

どうしようもないほどに、たまらない気持ちになる。

強引にでも彼女のすべてを暴き晒して、全身で浴びてしまいたくなる。


だけどその手段はここにはないから、私は言葉を口にする。


「私、サクラちゃんと恋人になりたい」


私の言葉を受けてサクラちゃんは。

ただただ深く、深く溜息を吐いて。


「言いたいことはそれだけかよ」

「一応、もうひとつかな」

「んだよ」

「私、サクラちゃん以外とも恋人になりたい」

「ハッ。それでこそてめぇじゃねえかよ」


失望と呆れ―――いや、呆れどころか、彼女の笑いは嘲りによってできている。

頬を歪めて、私を見たくもないみたいな視線で。

そうして許容しようとする彼女が口を開こうとする前に、私は触れるほどの至近まで接近する。


「答えは?」


彼女は私を諦めると、そう言う。

だとしたらこんな言葉をまともに受け取ってくれるはずもない。

だからこそ言葉を重ねる意味はない。

伝えるべきはただひとつだ。


諦めだろうが投げやりだろうが、『はい』と言ったのなら、その瞬間からあなたは紛れもなく私の恋人であるのだと、ただひたすらな真剣でそう伝える。


これまでの関係を飛び越えて。

彼女が望む『自分も誰も選ばない』という最低とは明確に違う。

今この瞬間にあってただひとり選ばれるあなたであるのだと―――それを受け入れる言葉を口にするのだと、そう理解させる。


「……」


軽率な言葉を吐こうとした口が、ゆっくりと閉ざされる。


はじめに困惑があって。

少しずつ、彼女は後ずさる。

だけどそれを許さず、フェンスに押し付けるようにして捕獲した。


諦めごときで逃がすつもりはない。

サクラちゃんの真剣で向き合ってもらう。

彼女はあまりにも真っ当な人間だから、私の真剣を理解してしまうだろう。

だからそこに言葉は必要ない。


彼女は瞳を揺らして、唇を噛んで。

悔し気に顔を歪めて―――憎むように、炎を燃やして。


「っんでだよ……!」


ぽつり。


雨が落ちる。


それは彼女の頬を濡らして。


流れて。


そしてその軌跡を流しつくすように、降りしきる。


「オレぁッ! オレぁもうっ、そんなもん……ッ!」

「サクラちゃん。答えて。私と恋人になってくれるの? それともなってくれないの?」

「ざけんなよてめぇッ!」


どんっ!

突き飛ばされて、しりもちをつく。

彼女はだけど私に気遣う余裕なんてなくて、頭を抱えて雨に打たれる。


「なんでだよ……もうしんどいんだよてめぇといるとッ! コイビトだ? ざけんなよ……ざけんじゃねえよ……」

「サクラちゃん。なって、くれる?」

「なれるもんならなりてえよッ!」


轟音が彼方に輝く。

彼女の声が落雷を呼んだのだ。

彼女はそして私の胸倉を掴み上げて、雨に濡れながら、目を見開いて私を求める。


「だけどちげぇだろッ! てめぇは、オレぁオレ以外なんざ許せねえッ! んなもんコイビトだなんて呼びやしねえッ!」

「だったら。なってくれないの?」

「だからッ! ……だから、オレは、オレぁ……」


力を失った手が、雨に打ち落とされてだらりと垂れる。

水の重さに倒れてしまうんじゃないかっていうくらいに頼りなく、彼女はふらふらと私とすれ違っていく。


「わけわかんねえよ……」


雨音に穴をあけられたつぶやきが、それでもかろうじて耳に届く。

それが最後で、彼女はけっきょく答えをくれないままにその場を後にした。


もしかしたらもう二度と会話を交わすことはないかもしれない―――なんて危惧は、だけど少しもなかった。

どちらかというと、さすがに本気で嫌われてしまったかもなと、そう思って今夜は眠れなさそうな気がする。


疲労感……というよりは、虚脱感とでも言うのか。

そういうものがひどくて、やれやれまったく最低の気分だ。


制服をずぶ濡れだし一回保健室にでも行こうかなと、そう思って。


ともかく彼女の足跡をなぞるように踏み出した一歩を、踏み外す・・・・


傾く世界が、私に固いコンクリートを叩きつけて―――

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