第200話 遠距離な幼馴染と合意で(3)
祝200話!
だからといって何をするでもないですがッ!
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
―――
「ねえもうちょっといなさいよ。もうすぐ帰ってくるのよ」
と、そう言って引き留めてくれるたまきに苦笑を返す。
さすがに今、恋人さんに合わせる顔はない。
またいつか機会があったらと伝えて、私は早々に帰路に就いた。
結局たまきへの相談は、黒リルカを使った直後のあのやり取りで終わりということにされた。そのあとはなんか楽しく雑談した。
どうやら自分の考えをすぱすぱと言い切ったらそれで十分だと彼女はそう考えているようだった。あとは私が考えるべきことだからと―――まったくできすぎた幼馴染だ。
そんなわけで私は駅に向かっていた。
お見送りは固辞して、つらつらといろいろなことを考えながら歩いていた。
そんなときに。
ふと、まるで運命という言葉の意味を理解させられるように、ひとりの少女とすれ違った。
彼女は私と同じくらいの年齢に見えて。
どこかわくわくしたような表情で、わき目も振らず速足でかけていて。
振り返ったのは私だけで、彼女はすぐに見えなくなって。
「ああ」
あの子か、と。
そんな不意打ちの納得が吐息に漏れる。
今さっきすれ違った彼女がたまきの恋人なのだと、そんな理解があった。
多分、間違ってない。
あの表情を見るにたまきの言葉にはやっぱり嘘偽りなんてなかったんだろう。
会いたがっていたというのも、ネガティブな意味じゃなさそうだ。
もうそれだけで、彼女がとても素敵な人だということを感じる。
あれがつまり、『恋人』なのだ。
腐りまとわりついた初恋を清算して。
私への感情を理性によって解きほぐして。
そうして得た、恋愛という行為なのだ。
―――ああ。
どうしてこう、私は傲慢で、わがままで、どうしようもないのだろう。
たまきに、恋愛という行為をする彼女に、彼女たちに、たまらなく沸き立つ感情がある。
焦がれる。
憧れる。
羨む。
「……そっか」
私は、彼女たちと恋人になりたかったのか。
「えぇ……ウソでしょ……」
なんてシンプルなクズだろう。
どうなんだ、それって。
さんざん自分で言ってきた。
恋人っていうのは違うって。
だってそんなの不埒で、不誠実で、そう思う。
だけど私は、それをしたいとそう思ってしまった。
たまきのような、素敵な恋愛をしてみたいと、そう思ってしまった。
それともずっと思っていたのかもしれない。
さんざん否定してきたことが、それだけ意識が向いていた証拠だと言われれば否定のしようもない。
「―――もしもし」
と。
あまりのショックに立ち尽くしていると、後ろから声がかかる。
振り向けばそこにはついさっきすれ違ったたまきの恋人(推定)がいて。
心臓が止まりそうになる私へと、彼女は言った。
「あの、大丈夫ですか?」
「えっ、と、だ、大丈夫ですけど」
「わっ。ごめんなさい。なんだか妙に気になったので」
あわあわと手を振っておかしな人じゃないアピールをする彼女は、なるほどなんだろう、なんだかこう、妙な納得感がある。
何に対する納得なのかもよく分からないけど。
そんな彼女がたまきの恋人だと思うとなんだかむらっと来るものがあって、私はほぼ無意識に言っていた。
「えっ。もしかしてナンパとかですか?」
「わぁー! 違います違います! いやそう思っちゃいますよね!? わぁほんとごめんなさいっ」
ぺこりと頭を下げて、それから彼女は照れ笑う。
「でも、ボクには恋人がいるんですよ」
「おっと。それは残念」
「ざっ、か、からかわないでくださいよ、もう」
そう言って苦笑した彼女は、けれど用事を思い出したんだろう、短く別れを告げて踵を返した。
だけどひとつだけ聞いてみたいことがあって、私はその背に言葉を投げる。
「ひとつ、おかしな質問をしてもいいですか」
「あ、はい。なんですか?」
急いでいるそぶりを少しも見せずに、こんな初対面の人間に付き合ってくれる人の良さ……たまきはどこを見て私に似ているとか言ったんだろう。
私なんかよりずっと素敵な人だ、誇ればいいのに。
そんなことを思いながら、私はひとつお礼を言ってから、質問をした。
「恋愛は、楽しいですか?」
彼女はきょとんと眼を丸くして。
ぱちぱちと瞬いて、それからわずかに視線を動揺させて、ひとつ吐息。
そうして、まるで無邪気な子供のように、満開に笑う。
「今は楽しいです。でも、楽しくなくなってもきっと、ずっと一緒にいたい。そうしたらまた楽しくなるって思います」
それから彼女は私の手を取った。
「だからきっとあなたも大丈夫ですよ! ほら、人生山あり谷ありです!」
……どうやら。
私は失恋だか、それとも恋人との関係がうまくいっていないだか、なんかそういう悩みを抱えているのだと思われているらしい。
そも彼女が声をかけてくれたのは、そういう陰鬱(?)な気をまとう私を心配してのことだったんだ。
私は笑い返した。
「ありがとうございます。
「はいっ。……あれ?」
わずかな疑問を抱く彼女だけど、私はそそくさとその場を去っていた。
さすがに追いかけて声をかけるほど大した疑問でもないから気のせいかなにかと思っておくことにしたんだろう、振り向くと彼女の背は今度こそそこになかった。
けっきょくなんだか、赤の他人であるはずの彼女が一番の相談相手だったかもしれない。
いつかちゃんとご挨拶をしてみたいものだ。
「はぁー。恋人欲しいな」
そんな孤独な呟きを、私はひとりで笑い飛ばした。
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