第199話 遠距離な幼馴染と合意で(2)
えぇー、たまき、えー、うわ、そっか、へぇ……
夏休みの終わりくらいが最後だし、それから、えっ、いつ復縁したんだろ……それ自体はおめでたいけど……反動かな。仲直りってそういう感じになるものなんだろうか。いやでもえぇー、高校生だよ? ただれて、ないのか? それくらいが普通……まあ私が比較的遅れがちっていうのは事実だとしても、でもたまきってあんなちっちゃいんだよ??? 犯罪じゃない……? あれそういえばたまきって何歳だっけ……まさか同い年ってことはないだろうけど……いや違う、同い年の幼馴染だ。くっ、脳がバグっている……ッ!
……ちょっと衝撃が大きすぎて気を取り直せそうもないけど、とりあえず時間が惜しいので本題に入ることにする。
「えっとですね」
「なんで敬語なのよ」
「おっと無意識で……」
魂が勝手に相手を大人として認識してしまっている……!
くっ、調子に乗りやがってたまきのクセに!
「んでよぉてめぇこら」
「あなた情緒不安定じゃない……?」
「誰のせいだろうねほんともう……」
ああくそう、落ち着け。
びーくーる。
「こほん。改めて、実はたまきに相談があってね」
「ふぅん。ユミがそんなに改まって言うくらいだから相当真剣な相談事なのね」
「そういうのやめない? や、まあ真剣さに関してはわりとトップクラスなんだけどさ」
その割にこの空気感は真剣とは程遠いけど、まあそれくらいの方が相談しやすいという肯定的なとらえ方も……できなくはないということにしておく。
「単刀直入に言うけど、私今、実は好きな人
「ええ。それで?」
既知の事実みたいに流すじゃないの……
話が早いけども。
「それで、そのみんなとの関係について悩んでて」
「関係っていうと、あなたのことだから『全員と恋人になりたい』とかかしら」
「うっわ。え、私そんな感じ?」
「かなり」
「かなりかぁ……」
なるほど。
変わってないなぁ少女ユミカ。
「いや、でも恋人とは思ってなくて。だってそんなの歪じゃない? まあ、誰かひとりじゃなくてみんなを選ぶっていうか、そんな風にありたいとは思ってるんだけど」
「なによその中途半端なの」
「うぐぅ」
ばっさりと切り伏せる
「いっそフられるわよそんなこと言ってると」
返す刃がバッテンを刻んで、
「あなたがそんなのだから恋人に選びたくなかったのよ」
とどめに心臓への一突き。
私は死んだ。
ああ、チューペットはおいしいなぁ……
「はぁ。まさか幼馴染がこんなに不甲斐ないことになってるだなんて……いっそ私が矯正してやっておくべきだったかもしれないわね本当に」
「はぃ……」
ぷりぷりと怒るたまきに返す言葉もない。
今からでも矯正できるんだろうか……いや無理か……
「あのねえ。甘えたこと言ってるんじゃないわよ。あなたに許されてるのは『全員と恋人になる』か『全員をフる』かの二択なのよ」
「そんな極端な……」
「それくらいの状況にあるってことを理解しなさい」
ぎろりと睨まれて沈黙する。
いや、うん、まあ。
確かに状況はすでに究極に至ろうとしている気がする。
この先の未来にだって山も谷もあるだろうけど、少なくとも今目の前にあるのはばりばりに鋭角な頂点だ。
それが山なのか谷なのかは分からないにせよ。
「私があなたのそばにずっといたいとそう思わなかったのはね、そういう恋愛をしようと思えなかったのはね、ユミ。あなたにそういうつもりがないからっていうのもあるのよ」
「私に……?」
私にそんなつもりがない。
まさかそんな馬鹿な、だ。
「ええ。確かに、あなたのそれは恋愛感情と呼んで差し支えのないものよ。でもあなた、恋愛をしたいと思ったことなんてないんじゃないかしら」
「そんなことは……」
……そんなことはない。
ないはずだ。
だってそうじゃないか。
現に私はそういう感情でもって彼女たちに接している。
もちろん必ずしもそれを恋愛とくくる必要はないだろうけど、でも否定される筋合いもない。
「私はね。あなたの意思の話をしているのよ」
「意思?」
「恋愛は感情論じゃないと私はそう思っているわ。だってそうじゃない。感情ごときのためにあの子を嫌いになるかもしれないだなんて、そんなの私は認めない」
叩きつけられる言葉は重々しい実在によって構成されている。
彼女の恋愛に関する考え方。
感情論を、否定する。
「嫌いなところや納得いかないことがあったときに、それでも離れたくないと思ったのなら恋愛なんじゃないかしら。そのためにただ感情をぶつけたってこじれるだけよ。相談と、理解と、妥協と、そんな理性的な振る舞いがないのなら破綻するに決まってる」
破綻。
感情だけでぶつかったって、こじれるだけ。
まさしく今の私のように。
「故意に恋するお年頃なのよ、私たちはとっくにね。子供じゃないんだから」
……ああ。
どうしようもなく、たまきが遠くにいるように思えてしまう。
だって彼女は、そう、彼女はすでに乗り越えている。
大好きな人との間に訪れた問題を、彼女なりに悩みぬいて、結論して、そうして今ふたりで笑えるんだ。
私のはるかに向こう側、とっくのとうに、大人の側に彼女はいる。
「ねえユミ」
彼女の手が、私から黒のカードを奪い取る。
まだリルカの効果はここにある。
だから止めることだってできた。
けど、彼女は、あまりにもあっさりと私を買った。
そして抵抗さえも許さず。
彼女は。
私に―――
「―――ほら。それがあなたの言う『恋愛』よ。こんなもので誰を幸せにできるのよ」
そっと指先で唇をなぞり拭いながら、たまきは私を見つめる。
落ちたアイスがベッドを濡らしている。
私は彼女を拒まなかった。
彼女がそれを望むから。
だけど、それが間違っていることくらいはイヤというほど分かっている。
「私には恋人がいるわ。あなたには想っている人たちがいるのでしょう。だったらあなたは当たり前に私なんて跳ね除けるべきなのよ。それが理性というものじゃない。それともあなたは、私があなたと不貞を働きたいと言ったのなら受け入れるのかしら」
冗談じゃない、と、彼女は吐き捨てる。
私だってそうだ。
そんなことをするべきじゃないとそう思う。
……でも。
もしも彼女が本気でそれを願っていたのなら。
私は本当に、彼女を拒絶できるだろうか。
彼女に対して私が力になれることを、彼女の苦痛を和らげられることを無邪気に喜んで、不貞とまではいかなかったとしても、受け入れたりはしないか。
「ようは、今のあなたが悩むべきは関係とかじゃなくてプロポーズのシチュエーションっていうことね」
ざっくりあっさりさらっと冗談めかしてまとめるたまきの言葉。
そこには確かな信頼がある。
私が二択問題を絶対に間違えることはないだろうというそんな信頼が。
私はそれに、応えることができるだろうか……
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