第198話 遠距離な幼馴染と合意で(1)

特別がたくさんあることは異常だろうか。

それらすべてとそばにいたいと願うのは傲慢だろうか。

大切なものを独り占めしたいと欲張るのは自己中心的だろうか。


だとしたら私は異常なほどに傲慢な自己中心家であって、そんなやつを好きになれるほうがどうかしている。

そう思うこともまた、きっと彼女たちからすれば自己中心的なんだろうけど。


自分なりに考えてくれていた女子中学生と思い切りケンカして、だけどやっぱり結論は出なくて。それでもちゃんと向き合わないといけないと、改めて強く思って。


それなのに私はひとり。


電車に揺れて、のんびりと。


休日を利用して、遠路はるばるお出かけ中。


よくもまあ彼女はこんな道のりをあんな大荷物抱えてやってきたものだなぁとそんな風に思いつつ、たどり着いた先の駅には彼女がひとりで待っていた。


「ようこそ。いらっしゃい」


突然連絡をよこしたことに対してたぶんいろいろと思うことはあったんだろうけど、それでもなにも言うことはなく、彼女は笑って私を迎えてくれた。

ハイタッチするように手を合わせて、指を絡めて再会を喜びあう。

私に会うから気合を入れてくれたのか、彼女の指はピカピカに磨き上げられていてなんだか目を引いた。

手元のおしゃれに気を配るって、なんだかちょっぴり大人みたいで素敵だ。


そうやってわいわいやるのもそうそうに、着の身着のままロクな荷物もない私に少しあきれながら自宅へと誘ってくれる。


「ホントにいいの? 怒られない? 今ちょうどひとりなんでしょ?」

「許可はとってあるって言っているでしょう。それともなにか下心でもあるのかしら」


そう言われてしまうと、まあ、ねえ。

いや、下心はないんだけど、でも純心っていうほどに清らかな人間でも私はない。


「信頼してくれるのは嬉しいけど、ちょっと複雑かなぁ……」


なんて冗談めかしてわりと本気で言うと、彼女はくすっと笑った。


「なにかしようものなら罪悪感でくたばるのはあなたじゃない」

「それは……まあそうだけど」


よく分かっていらっしゃる。

信頼よりよほど納得のいく理由だった。


そんなわけで彼女の家にお宅訪問。


「いらっしゃい。せいぜい我が家と思って過ごせばいいわ」


謎に尊大な言葉とともに連れられる彼女の部屋はけっこうファンシーで、理路整然としていて、たまきっぽい。

冷たい麦茶に迎えられて、ベッドに座った私の膝の上にたまきがごろりと転がる。


「で、いったいどういう要件なのかしら」


ずびし、とチューペットの先端を向けてくるたまき。

客人にはお茶だけで自分はアイスっていうね。

ほんとたまきはもうほんとたまき……


「なによ。ほしいの? いっとくけどこれひとつしかないのよ」

「システム的にそうならなくない……?」


ぱっきんとやって二分割するやつなのにその言い分は通らない。

別に欲しいわけじゃないけど、そこまでして私にアイスを食べさせたくないのかたまきは。


呆れているのはこっちなのに、なぜかたまきは呆れて溜息を吐く。


「まったく卑しい小娘ね。でもだめよ。人生には時として諦めというものが必要なのだから……」

「チューペットごときで得る哲学じゃないよねぜったい」

「学びに貴賤はないのよ」

「あ、口先だけは立派な人だ」

「コアコンピタンスをスキームでマクロということよ」

「語彙力以外のすべてを失ったの?」


意味が分からない。

分からないけど、是が非でもチューペットを死守したいらしいというのは伝わってくる。


そうなるとなんだか私としてもこう、意地になるというかなんというか。


「―――へぇ」


リルカを取り出せば、たまきは面白がるように目を細めてアイスをかみ砕く。

そうして私に買われて、また先っぽを差し出してきた。


「ほら、これが2.500円のアイスよ。ありがたく受け取りなさい」

「あ、なんかすごい後悔が……」


せっかくだからもらっておくけど。

あ、冷たい。


「まったく本当に卑しいわね」


なんて言いながらたまきは部屋を出ていく。

たぶん片割れでも持ってくるんだろう。

アイスをしゃりしゃりちうちうしながら待つ―――


いや。

っていうか違う違う。

なんかめちゃくちゃくつろいでるけど、頼れる幼馴染にも相談しようと思って遠路はるばるやってきたんだった。

うっかりしてた。

彼女が戻ってきたらもう少しこう、まじめな空気で―――


「まったく無駄に歩かされたわ」

「えぇ……」


なんで普通にカップのアイス持ってくるの。

しかもハーゲンダッツだよ。

うそでしょたまき。


「なによ。これこそひとつしかないんだからあげないわよ」

「なんでそのとっておきを私の前で食べようとするのさ……っていうか待って。やっぱりこれ普通にあるんじゃん」


チューペットの片割れに対して『ひとつしかない』なんて抜かした口でよくもまあお高いアイスなんて食べられるものだ。

睨みつけると、やれやれとまたなぜかこっちが呆れられる。


「あなた知らないのね。ぱっきんアイスを一人で食べたいときはもう片方の先っぽをコップに突っ込んで冷凍庫に入れておけばいいのよ」

「客がいるのにひとりでアイス食べたくなるような人はふつういないと思うんだけども」

「なによ他人行儀ね。私たち、親友じゃない」

「『我が家』のようにってそういう……?」


ああもう、普通に食べてるしアイス。

まあいいけどさ。


「なによその目。仕方ないわねあなたって本当に……」


別にそんなじろじろ見ていたわけでもないのに、盛大に溜息を吐きながらひとさじのアイスをくれる。

チョコレートのそれは彼女のお気に入りとは違う。

……どちらかといえば、私のお気に入りだ。


おとなしく口で受け取ってお礼を言うと、彼女は満足げに目元を緩めた。


そして言う。


「これであなたも共犯だから」

「は?」

「これあの子のなのよ」

「は? ……はぁ!?」


なにいってんだこいつと目をむく私に、彼女はカップアイスのふたを見せびらかす。

そこには平仮名の可愛らしい書体で『しゅりの たべたらぶちころす』と書いてある。


『しゅり』というのは、彼女とたまにやるメッセージのやり取りで聞いたことがある。

たまきの片恋だか恋人だか、そういう人の名前だ。


どこからツッコめばいい?


「えっ。家にアイス置いてあるような仲なの?」

「言ってなかったかしら。家隣なのよ」

「聞いてなさ過ぎて記憶を疑ったよ。言ってよそれ」

「あと正式に付き合うことになったわ」

「言ってよそれッ!」


は?

私今彼女持ちの部屋にいるの?

ご両親もいないふたりきりで?

許可はもらってるとか言ってたけど、初恋風味の相手とか心配になるものじゃないの……?


「そう心配しなくても大丈夫よ。ちゃんと説明して納得してもらっているもの。むしろバイト終わったら会いに来たいって言ってくれてるわ」

「それめっちゃ警戒されてるんじゃない……?」

「いやね。そんな子じゃないわよ」


いや私なら結構……気にするんだけど。

そして前に言ってたけど、私と似てるんじゃなかったっけ……?


「大丈夫よ。ちゃんとそういうのも受け止めてあげるってことで合意してあるから」

「なにその不穏なの……」

「だってあなた泊まってはいかないんでしょう?」

「そりゃあまあ」


さすがにそこまで迷惑をかけるわけにはいかない。

移動時間のほうが長くなるのは承知の上で、ちょっとの時間だけをもらいにきたのだ。


……うん?


「えっと。え。お泊りとかするんですか……?」

「ええ」


お、おぅん。


「へ、へー。そそそそそうなんですねぇへ」

「……なに想像してるのよバカ」


と、恥じらいながらも。

否定してくれないのは……えっと。


た、たまきちゃんすすんでるー、?


「あの。やっぱり私お邪魔じゃない? 本音のところを教えてくださると……」

「だから何度も言わせないで頂戴。問題ないわ、なにひとつね」


そろそろしつこく思われたようでぷりぷり怒りながらの断言。

リルカの効果を発揮しても同じなら、つまり大丈夫……なんだろうか。


「っていうかなにか話があったんじゃないのかしら? いつまでこうしてダラダラしてるつもりよ」

「あー……うん、そうだね」


強引な話題の転換に乗っておく。

なんか変な空気になっちゃったし。

正直『たまきには言われたくない』って思うけども。

主にたまきのせいじゃないか、だって。


とはいえ実際、あまり長居するのも問題だろう。

できることならバイト上がりの恋人さんが強襲する前に帰りたいという時間制限もできてしまったことだし。


……うん。


よし。


気を取り直していこう。


気を……えー、でもたまき、そっかぁ……


いやいやうん。

気を取り直せー、私。




…………お泊りか……

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