第197話 考えてる女子中学生とケンカで(3)

彼女わたしの体温が、すっかりかのじょと同じになってしまったころ。

メイちゃんは、この短時間でもうずいぶんと様になった口づけを私にもう一度触れた。


まるでそれが魔法を解いたみたいに、リルカの効果が消えてなくなる。


「……イヤだな」


と、彼女はつぶやいた。

何に対する言葉なのかと視線で問いかけると、彼女はすとんと胸の中に落ちてくる。


「ユミ姉……きょう、わたしんち来なよ。離れたくないよ」

「……ごめん。今日は、ちょっと」


今日は家で、姉さんが私を待っている。というかそれを言うならほぼ毎日。

もしもほんの一瞬前に言ってくれていたら、また答えは違っただろう。

というより、だから彼女は今になって言ったのだろうけど。


「ユミ姉ってさ。……みんなって、今、その、ユミ姉にとっての『みんな』って、何人くらいいるの?」

「……メイちゃんを合わせて14人だね」

「じゅっ、……そ、想像よりケタ違いに多いんだけど!」

「うん……」


我ながら狂っているとしか思えない。

本音を言うとたまきへの想いもまだ冷めやらぬといったところではあるけど、恋人とよろしくやっている彼女を邪魔するつもりはない。そういう幸せを望んであげられるような、そんな感情でもあるんだ。


既婚者せんせい婚約者持ちねえさんはまあ、さておき。


「じゅ、14人……えっ。ユミ姉そんなたくさんの人とどうこうなろうとしてるの……?」

「どっ、うこうっていうか……うんまあ、そういうことになるけど」

「しかもみんなとも今みたいな感じでしてるんでしょ?」

「今みたいかはさておき、まあ、結構色々と……」


私がうなずくと、メイちゃんは盛大に眉根をひそめる。

相当葛藤しているらしい。

まあ、そりゃあ想像だにしない規模感だったろうけども。


「………………ぎ、りぎり……」


ぎ、ぎりぎりかぁ。


「ぎりぎり、名前と顔くらい覚えられるかなぁ……」

「え?」


ぎりぎりって、『ぎりぎり生理的に無理』みたいな意味だと思っていたんだけど……


「メイちゃん、えっと。……受け入れてくれるの?」

「や、そんなの分かんないよ」

「えぇ」


なんだそりゃ。

首をかしげる私に、メイちゃんは溜息を吐く。


「だってわたしその人たちのこと知らないもん。顔見たことある人はいるけど……あとなんかムカつく人知ってるけど、でも、それだけだし」

「知って、どうするつもり?」

「だから分かんないって! ユミ姉たまにぽんこつだよね!」


ぽ、ぽんこつ……

否定するつもりはないけど、今日のメイちゃんはちょっぴり怒りっぽい。

ぷりぷりしてる。

私のせいかぁ……


でも、そうやって遠慮なくぶつかってきてくれるのだと思うと、ありがたくもある。


「みんなを選ぶとかさ、だってユミ姉だけで決めることじゃないでしょ? わたしもだし、みんなもだし、知らないとダメじゃん」

「それは……まあ、確かに」


まったくぐうの音も出ない正論だ。

ただ、そんな風に前向きに挑もうとしてくれているのがなんだか不思議でたまらない。


だから困惑する私に、彼女は釘を刺すみたいに言う。


「でもやっぱり、わたし諦められないから」

「……」

「ずっと好きだったのに、一回フられただけであきらめるなんて無理だよ。それくらいのわがままは、聞いてよ」

「メイちゃん……」


結局のところ。

メイちゃんは私がみんなを選ぶというのに賛成のスタンスではないらしい。

ただ、私がそれを望んでいるから、彼女なりにまた、考えてくれるという。


今までのように。


私のことで、悩んで、考えて、調べて、受け入れようとは、してくれるらしい。


……どうしてこんな素敵な子が私なんかを好きでいるんだろう。

なんか間違っている気がする。

私ってもしかして生まれてこないほうがよかったんじゃ……


なんて。

そんな風に思っていると、きっとまた怒られてしまう。

こんな私だからと言ってくれる彼女のためにも―――みんなのためにも、少なくともみんなの好きを、ちゃんと受け取って、向き合っていないといけない。

そんな反省さえも、何度となく繰り返してきたような気もするけど。


「―――あ、でもそれはそれとしてさユミ姉」

「あ、うん。どうしたの?」

セキニン・・・・はとってね?」

「……うんと」

「ファーストキス、ユミ姉だよ、わたし」

「あのぅ、」

「『大切だからしない』―――なのにしたなら、それそーおーのセキニンがあるよね?」

「ぉ、うん、えと、」


えっと……うんと……


「……どうしよう。その通りだね」

「なんて。まあ、ベツにわたしも子供じゃないんだし―――」


変に大人ぶろうとする彼女と、強引に体勢を入れ替える。

組み敷いた彼女は眼を大きく見開いて驚いていて、だから私はまっすぐに彼女を見下ろした。


「責任は……うん。取るよ」

「えっ、えっえっ、」

「恋人にはなれない。でも、メイちゃんのそばにいて、ずっと大好きでい続ける―――メイちゃんの初めてをもらったんだから、メイちゃんの最後の人でいるつもりだよ、私は」


もちろん、メイちゃんが望む限りにおいて。

そしてどうせなら、望ませるくらいの覚悟で。


それくらいのことしか、私に約束できることはないんだけど。


「それで、いい?」

「う、うん……」


ちょっとばかり勢いで押し切った感があるけど、まあ、でも、彼女はうなずいてくれた。

ひとまずはそれでいい。

みんなを選ぶからって、ひとりひとりとの特別をないがしろにする気はない。


結局は私にできる限りのことをするしかないんだし。


……私にできること、か。

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