第174話 唯一の担任教師と一番で(1)
トウイが私に協力してくれるというのはとても心強いことで、なんだか共犯者になったみたいなのが不謹慎ながらも少し楽しい。いやもちろん、罪を犯した―――犯している―――犯す―――のは常に私なんだけど。
だから私はちょっぴり浮かれていて、トウイにまで呆れられる始末。
でもそうしてピシッとしてくれるのがまたうれしいんだ。
まったく、私はどうしようもない。
さてそんなどうしようもない私とはいえど、相談役をひとり仲間にしたという結果だけで今日を安眠できるほどに楽観的ではない。
だからこの後に、もうひとりとお話をしようとそう決めていた。
場所は
つまりお相手は先生だ。
待ち合わせの時間は諸々を踏まえて終業前になった。
なにせ生徒が先生の時間を極めて個人的な理由(恋愛相談……?)でもらおうっていうんだから、向こうの融通に合わせるのが道理だろう。
おかげで私はトウイとお話ができたわけなんだけど。
何はともあれ指定の時間の少し前。
鍵のかかった部屋の前で待っていると、見るからに帰り支度らしきものを携えた先生がやってきた。
もうなんかこれ終わったら家に帰るつもりなんだなっていうのがひしひしと伝わってくる。
よく知らないけど、先生が当たり前みたいにこれくらいの時間に帰るのって実はめちゃくちゃありえないことなんじゃ……
まあそれはいいとして。
先生は私を見るとわずかに眉を弾ませ、カツカツと革靴を鳴らしてやってくる。
「すまない。待たせたな」
「いいえ、ちっとも。今来たところです」
「そうか。っと、すまないがこれを持っていてくれ」
「はい」
手渡されたバッグを受け取ると、先生は空いた手で鍵を開ける。
なんだかおうちデート感あるなとそんなことをぼんやり思っていたら、なにも言っていないのにあきれ顔で軽く頭を小突かれた。お見通しらしい。
照れ照れ笑いながら部屋に入って、明かりをつけて席に着く。
向かい合った先生はパイプ椅子に背もたれて、少しだけ身を乗り出すように聞く体勢をとった。
「それで、島波。今度はなにをした」
「や、やらかした前提なんですか」
「最近授業の遅刻が頻発しているだろう。それもほかの生徒も巻き込んで、だ。今度は本当に不純交友に勤しんでいるのではないかと疑っていたところだ」
「信頼の欠片もない……」
なんて落ちこめるほどに厚顔無恥ではなかった。
なにせ事実に基づいた妥当な認識だ。
いや、もちろんまったく不純なことなんてしていないわけなんだけどね。
「でも違うんです。今日お呼びしたのは、ちょっと相談事がありまして」
私が言うと先生は胡乱な目線をくれたけど、ひとつ吐息をするとまじめな表情になった。
生徒が先生へ相談するっていうんだからちゃんと聞いてはくれるらしい。
なんだか非常に申し訳ない気分になりつつ、私は今の悩みとか状況についてを先生に伝えた。
ら。
「うむ……」
話し終えると、先生は腕を組んだまま小さくうなった。
途中から先生はなんとも難しい問題を前にしたような顔をしていて、しかも理解できないというよりは選択問題に悩むような雰囲気がある。つまりは、困惑ではなくてなにかしらの葛藤が先生の頭を悩ませているのだ。
「……島波」
「はい」
どきどきしていると先生は重々しく口を開いた。
姿勢を正す私をまた沈黙とともに見つめてきて、それから言葉を続ける。
「お前は、つまり全員をお嫁さんにしたいだとか妄言を抜かしているわけではないのだな」
「あー……まあそうですね」
それはちょっと魅力的だけど。
でも、さすがにそれはなんというかこう……ファンタジーすぎる。
ちょっと魅力的だけどっ。
っていうか『お嫁さん』って語彙力少女か。なんで急にときめかせるんだ。
「具体的な肩書に関係なく、関係を持つ女性全員と円満な形で収まりたい、か」
「そういうことです」
「だが嫉妬のような激しい感情をぶつけられたい」
「はい」
「最悪全員を手籠めにするのも厭わない」
「ぶ、部分的にそう」
アキネイターかな?
これで簡単にお目当ての解決策が見えたら楽なんだけど。
なんて思っていると、そして先生は、
「ところで、それは私も含んでいるのか」
「はい。……あ」
「ふむ」
うっかり、というべきか。
うなずいたことに嘘偽りはなくて、だけどそれをこともあろうに先生に対して肯定するっていうのは何というか……
「貴様はずいぶんと図に乗っているようだな、島波」
ひいらと視線の切っ先がのど元に触れる。
やっぱり挑発的だったなぁと後悔してもすでに遅く、足を組んだ先生は私を見下し冷笑を浮かべていた。
「いやあの。でも先生は特別っていうか、そもそも奥さんもいらっしゃるわけですし」
「この私を『分の1』にしようなど、まったく呆れた話だ」
「うぅ……」
それを言うのなら私は全員を『1分の1』にしたいわけなんだけど、そんな小細工みたいな言葉遊びで納得してくれるようならこんな風に悩んだりもしない。
私がどう思っていても、相手には―――先生には、複数分の1なのだ。
……いやだから教師(人妻)が生徒の唯一を要求していいのかよ。
「……じゃあ、先生は私を『1』にしてくれるんですか」
「ほう」
やけくそみたいにつぶやくと、先生は興味深げに瞬いた。
私は私で驚いている。
自分で口にした言葉のはずなのに、そうと思えないくらいに暗くて、硬くて、ぶっきらぼうな口調だった。
わがまま以前の駄々っ子みたいなものの、はずなのに。
冗談めかして、違うんだって笑わないといけない。
そう思うのに、私は言葉を吐血する。
「せ、先生には奥さんがいるじゃないですかっ。私よりも大切な人が。だったらどうして、どっ、どうして私だけ先生を一番に、なんて、」
―――熱い。
熱源が瞳なのだと気が付いて、拭った手の甲が濡れていた。
ああダメなのにと、そう思ったところですべては手遅れなのだ。
理解してしまった。
共感してしまった。
納得してしまった。
衝動的にたたきつけたリルカはあっさりと受け止められて。
私のものになったはずの先生は、だけどどこまでもまっすぐに。
「今の思いが全てではないか」
そう言って、あっさりと私の絶望を肯定する。
その通りだ。
たったひとりの大切な人の、そのたったひとりになれないなんて―――どうして我慢できるんだ。
「お前の望みとはそういうものだぞ」
「せん、せ」
「お前が他と違う恋愛観を持っているのは、一応これでも理解しているつもりだよ。島波」
優しく笑みを浮かべた先生がくしゃりと頭をなでる。
こんなにも簡単に、先生は私に現実を思い知らせた。
『分の1』だなんて先生は思っていない。私の気持ちを多分、かなり正確に見透かしているはずだ。じゃないとこんなことはできない。
先生への1分の1の想いの丈を、先生は当たり前のように受け取ってくれている。
「それでもお前は成さなければならないのだろう」
先生は言う。
その通りだと私はうなずいた。
うなずいたのか泣きじゃくっているのかいまいち自分でもわからないけど。
大好きな人の唯一になれないなんて許容できない。
だけど私はそれをみんなに押し付けなければいけない。
私の唯一はあなたなのだと、みんなが同じように納得できるように、しないといけない。
「おしえて、ください、」
私は先生にすがりつく。
先生は今は私のものだ。
私だけのものだ。
だけど絶望的にそうじゃないから、だからどうか教えてほしい。
「私を、あなたのものにする方法を……ッ!」
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