第173話 遅咲きの図書委員とちゃんとして(3)
「決めました」
と、彼女がそう言ったものだから、私は彼女のリボンを整えてあげながら目を合わせる。
きゅ、と結んだリボンの感覚を視線で確かめて、それからポンと胸元をたたいて腰を伸ばした。
「決めたって、なにを?」
「あなたの望みを叶えてあげます」
「神様かな?」
じゃなくて。
「えっと。もしかして『ちゃんとする』っていう……あれ?」
「ソレです」
きゅぃーんとレンズを光らせて、彼女はくいっとメガネを正す。
それからずびしと心臓を刺した指に、くいっくいっとくねって弄ばれる。
「わたしは、あなたがすべてを掌握するための一助となりましょう」
「そんな壮大な話だったっけ……」
「女性を二桁はモノにしようとしているのですからそんなものだと思いますが」
「言い方もうちょっとこう……いややっぱりいいや」
なにをどう言いつくろってもどうしようもないことに言っている途中で気が付いた。
ベースになる事実がすでに死んでるし。
言い方でどうにかなるなら喜ばしいくらいなんだけども。
……でも、そうなのか。
「あのさ……ほんと、に?」
「嘘なんて言いませんよ」
「どっ、どうして……?」
自分で言うのもなんだけど、『女性を二桁はモノにしようとしている』私に協力するとか正気の沙汰じゃない。
本当に正気の沙汰じゃない。
正気の沙汰じゃないのに―――
「どうしてもこうしても、何度だって言っていますがわたしはわがままなので」
つんっ、と胸を押されてわずかに身が傾ぐ。
彼女はその指で自分の唇をなぞり、ふぅ、と軽く吹いた。
「あの日の帰り道をね、わたしは案外好ましく思っているんですよ」
そうほころぶ笑みに、思いがけないことだと驚かされる。
だけどその驚きはあまりにも的外れなのかもしれない。
ああ確かに、あれはとても楽しいひとときだった。
「そっか」
「ええ。そうです」
彼女もそう思ってくれたのだ。
私がそうであるように、ああして親しくなることを、好ましいとそう思ってくれたのだ。
姉さんの提示した解決策のそのひとつを、まるで肯定するように。
親しく。
私の傍らにいる彼女らが。
私の傍らにありながら。
お互いを排除しあうでも憎みあうでもなく。
「もちろん、嫉妬なんかもしたんですけどね」
「それはごめんなさいとしか」
「まったくですよ」
ぷんっ、と口を尖らせた彼女は、冗談めかしてはいても真剣味がある。
彼女の口から嫉妬と聞くとそれだけで結構クるものがあるけど、それを無邪気に喜ぶほど無神経ではない。
まあ、隠しきれなくて足を踏まれたけど。
結構激しいことするんだもん。
「でもユミカさん。そのためにはやっぱり、あなたの頑張りはそれはもう大変なことになると思います」
「あはい。私もそう思いますです」
あのときの帰り道は楽しかったけど―――それはそれだ。
もしもみんなと仲良くああやって過ごして行けるなら、それはとても心地よくて素晴らしいことだろう。
だけどそこには彼女の言っているように嫉妬や苦痛が渦巻いて、ただただのんびりと浸っているだけではいられない。
かといって、どんな努力をすればいいのやら。
溜息を吐いて、彼女のささやかな胸に抱き着いた。
「悩むねえ」
「本当に。悩ましい人ですね、あなたは」
なだめるような、あきれるような、そんな彼女の笑み。
まるで親が子供に向けるような……うん。
まあ、頼りになる相談役ができてよかったと、ひとまずそう思っておこう。
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