第172話 遅咲きの図書委員とちゃんとして(2)

―――30分が終わった。

差し出していた舌を引っ込めて、口づけた足先から彼女を見上げる。

すると彼女は胸を撫で下ろすように息を整え、ムスッと唇を尖らせてむくれた。


「軽率にこういうことをするからいけないんだと思いますけど」

「させたのはトウイだよ」

「ふぁっ」


正論に屁理屈で返したら彼女は赤面してしまう。

どちらかというと名前で呼んだのが効いたのかもしれない。

椅子に座っている彼女に足元から這い上がって、耳元でまたささやいてみた。


「またしてね、トウイ」

「ぅううぅうぅ~……ッ!」


涙目でうなる彼女につい笑ってしまう。

少しいじめすぎてしまったようだ。

冗談だよ、なんて言って頭をなでると抗議の視線を向けられて……かわいい。


にやにやしていると彼女はため息をついた。


「……また、悩むことになりそうです」

「ありがとう。私のために悩んでくれて」

「あなたのせいで、わたしのためですよ」


さらりと笑いながら、彼女は私の手を取った。

指を絡めてにぎにぎと、確かめるように手がうごめく。


「言ったでしょう。わたしだってわがままなんです」

「それはたっぷり教えてもらったかな」

「うっ……あ、あれはユミカさんのせいです」


かぁ、と染まる頬はさっきの30分のせいだろう。いっぱいわがままを言わせたのがとても効いているらしい。

かわいいかわいいと囁くと、恥ずかしいのか嬉しいのかそれとも怒っているのか、むぐむぐ唇をうごめかせてうつむいてしまう。


「でも、本当によく分かったよ」


覗き込むように額を重ねて、ぐいと顔を持ち上げる。

ちゅっと口づけながら鼻先を交わしてみたら、うるんだ瞳がつゆりと揺れた。


「こんなに想われたら、どんなわがままも聞いてあげたくなっちゃうね」

「そういうことを言うからにっちもさっちもいかなくなるんですよ」

「うーん正論」


まったく反論の余地がない。にっちもさっちも悩み中だ。

大人のように割り切る・・・・にはきっとまだまだ時間がいるから、何度だってわがままを聞きたくて、言いたくて。

そんな私のわがままに、無条件で付き合ってもらえるだなんてムシのいい話もそうはない。


「みんなにもそう思ってもらえるために、私ももっと伝えてみたらいいのかな」


もっともっとと求めたら、もっともっとと望んでくれる。

そんな単純な構図は、さすがに甘く考えすぎだとわかっているけど。


「そ、それはまだあるんですか」

「そりゃああるよぉ」


取り出したリルカを差し出せば、彼女はわずかにたじろぎながらもスマホを握った。

だけどすぐに触れようとはしなくて、おずおずと私の顔を覗き込んでくる。


「伝えるとは、その……」

「どうかな。あなたが望むならそれもいいけど」

「のっ」

「ふふ。別にさっきみたいなことはしないよ」


わがままを言ってもらうのは楽しくて気持ちいいけど、でも、それは私のわがままだ。

それを聞き入れてもいいと思えるくらいの想いを伝えるために、わがままというのは少し自己中心的すぎる。


彼女の望みはなんだろう。


それを知りたくて、少し強引にリルカを押し付ける。

ぴぴ、と私のものになった彼女を腕に抱いて瞳を覗いてみるけど、そんなことをしたってなにが覗けるわけでもない。


そっと彼女の口を指先でふさいで、耳元に触れる。


「好き」

「―――ッ!」


まずはなにより直接的に、言葉をただただ伝えてみる。


思えば私はいつも自分勝手だった気がする。

好きな人のかわいらしい姿がもっと見たくて、溢れる好きを届けたくて。

そうではなくてもっと、伝えるための好きはどうすればいいだろう。


顔を離して、ひたすらに目を見て、奥歯に力を込めて肺を膨らませて。

胸いっぱいの気持ちを込めて、一声にすべての息を乗せて。


「―――好き」

「……!!!」


驚愕に見開かれた目が、大きくなる。

近づいているのだとそう理解するころにはすでに口づけが触れていて、離れた彼女は信じられないとばかりに自分の唇に触れている。

まっすぐと触れたせいで干渉したメガネがズレているのを直しもしない。


「もう一回、してもいい?」

「だ、だめ、です」


彼女がいいと思っていそうなので、私はもう一度彼女に触れた。

好きを溶かした口づけを、とろりと彼女の中にそそぐ。


「もっとわがまま、言っていい?」

「はゃい……」

「もっとわがまま、言ってね」

「ひゃう……」

「ありがとう」


さらりと後ろ髪をなでる。

赤く陶酔した彼女はうっとりと瞼を落とし、甘えるように抱きついてくれた。


しばらくそうしていると彼女はハッとして顔を上げて、自分の状況を理解するなり頬をひきつらせた。


「な、なんですか今のは……?」

「解決案? みたいな」

「あれを解決と呼ぶのはどうかと思います」

「まあ、そうだね」


ただの姑息というかなんというか、ともかく根本的な解決にはどうしたってならないだろう。というか、ただ好きを突き刺すだけで満たせると思えるほどには自分に自信はない。

とはいえせっかく試してみたんだから、せめて30分くらいはとことん試してみるけど。



「み、身の危険を感じます」

「大げさだよ。大丈夫、ちゃんとよくしてあげるから」

「それが恐ろしいのですが……」


不安がる彼女に笑みを向ける。

さっきは言葉と、そして口づけだったから……そうだな。

今度はやっぱり―――スキンシップ、とかかな。

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