第170話 手ごろな親友と強引で(3)
なにかとても大変なことをしてしまった気がしたので、その後は私がビビッてなにもできなかった。
とはいえ彼女はずいぶんと満足した様子で、腕の中でぼぉ、としていた。
満足というか、なんというか。
「落ち着い、た?」
「……うん」
なんだろう……アイがびっくりするくらいしおらしい。
うん、って。
しかもそんな、はにかみながら唇を食んで。
なんかもう、なんだ。どうすればいいんだ……?
ぐるぐる困惑しながら彼女のおなかを撫でていると、おぼろげな瞳が私を見上げて。
「ねぇ」
「な、なに?」
「今の、もう一回……してほしい、わ」
「うっ、んと」
満足、どころか。
どうやら彼女は味を占めてしまったようで。
これを満足させようと思ったらそれこそ、なんか、もうほんとにほんとでやらないとダメだろう。彼女はそれを理解していない……いやそんなことある???
だっ、え、嘘でしょ。は? アイってこれまで……いやうん、え、えぇ……えっと、ぉ……?
「あの、アイ。今のなにか分かってる?」
「知らないわよ。なにしたの?」
「なにっていうか……」
したっていうか、なったっていうか、いっ―――いややめておこう。
さすがに人を、とかいうのは人生で初めての体験だ。
……本当にあれはそうだったんだろうか。
なにかこう、勘違いしているだけだったり……しないかなぁ……
「なんでもいいからしなさいよ。満足させるんでしょっ」
ううむ。
おねだりされている。
彼女にそんな意識はないんだろうけど、でも実際的に彼女の求める満足はとても叶えるべきではない代物だ。少なくとも今は。
「いやぁ、それはほら、あくまでもお試しみたいな。満足したら、イヤな気持ちはなくなりそう?」
「それは……」
むむ、と考えこんだ彼女は、それからむすっと唇を尖らせる。
「なんか、イヤだわ。ほかの人にあれするの」
でしょうね。
うん。すごい納得感。
やっぱりこの方針は無理だ……いや違う、そもそも私の思う満足っていうのはそういう方向じゃなかったはずなんだ。全員とそういうことをして満足させることで関係を維持するとかそれどこの性豪だよっていう感じだ。人として終わっている。そういうのは別の世界線でやってほしい。
「あのね。アイ。今のって多分―――」
ともかく彼女の無知をどうにかしようと、私は語彙力の限りのオブラートによって彼女に起きたであろう現象への推測を婉曲的かつ迂遠なやり方で説明した。
ら。
「わ、わた、た、ひっ、ぁ、う」
案の定というべきか、彼女はオーバーヒートして人語を忘れた。
まあ、うん。正直私もこうなりそう。
なにせ好きな人を自分の手で、だなんて。
高揚もあるし、うれしいと思う気持ちも確かにある。言ってしまえば興奮だってしている。
だけど平静を保っていられるのは単に、あれがほとんど事故みたいなものだったからだ。
いまだに衝撃から立ち直れていないから、感情を動かす段階にまで到達しない……つまりはそういうことなんだろう。
「とりあえずその、そんなわけで満足作戦はないかなと」
「当り前じゃないのバカ。なんてことしてくれてんのよ」
「ごめん……」
責められると言い訳のしようもない。
調子に乗ったし、勢い余った。
……でもあんなのでなるなんて思わないし。
なんて思ったら、その途端にらみつけられる。
「なによ」
「いやなんでも」
こわやこわや。
目を逸らすことで、『でも気持ちよかったんでしょ?』とか余計なことを口走りそうな内なる悪魔をねじ伏せる。こいつはいつも余計なことをして関係をこじらせようとするんだ。
「まあ、なんだろう。相談に乗ってくれてありがとう……?」
「なにがありがとうよこのバカ」
ううむ。
なんとも申し訳ない気分。
実際なにを申することもできないんだけど。
言い訳のしようもない。
そうだよそもそも相談しようっていうことだったのになんでこんなことになってるんだ。意味が分からない。
それもこれも彼女が満足がどうとか言ったのを曲解した私が悪いんだよこのやろう……!
「はぁ……まあいいわ」
過去の自分をけちょんけちょんにやっつけていると、彼女は盛大な溜息とともに身体を預けてくる。
なんだろう、ずいぶんと急に落ち着いた。
驚いていると、彼女は言う。
「今回は許してあげるけど、ちゃんと他の子とは今後一切口きかないでちょうだいね」
「……えっと?」
「なによ。もしかしてセキニンとらないつもり?」
「いやいやいや。あの、待って待って」
セキニンはさておき飛躍が過ぎる。
そんな覚悟を急に決めるのも無理だし、そもそもそういうたったひとりを作らないでも納得を得るためにと相談したんだ。っていうか今後一切口を利かないってなにげにとんでもない要求してない……?
「あの、アイ」
どうにか説明しないとと思って口を開く私を、彼女はぎろりとにらみつけた。
「せっくすしちゃったんだから仕方ないでしょ。結婚するしかないじゃない」
せっくすしちゃったんだからしかたないでしょ……?
………………はぁッ!?
「してないよ!?」
「してないの?」
「してないでしょ!?」
「知らないわよ」
「してないよ!?」
「じゃああれはなによ」
「あっ、れはそ、え、うんと……あ、愛撫……?」
「アイブってなによ」
「うぐぅ」
そんなことを説明しろというのだろうか。
いや、そもそも愛撫に卑猥な意味合いはない。
文字通り愛で撫でるということであってあの行為はまったくとても健全な愛撫だったのだ。ただ、彼女があんな風に感極まってしまっただけで……そしてそうなると意味合いが変わってきそうだなっていうだけで。
だけど私はただ大好きな人を愛撫しただけなんだっ。
……あ、これだめかもしれない。
そう思ってしまう自分を見ないふりしてとりあえず否定すれば、彼女はしょぼんと落ち込む。
「そう……じゃああれはせっくすじゃないのね……」
「そう何度も何度もセックスって言うのやめない……?」
一応花も恥じらう乙女だよ……?
もっと恥じらっていこう?
なんて思っていると、彼女は口の中でもごっとつぶやく。
幸か不幸か彼女のつぶやきは私の耳に届いていた。
『あんなにキモチちよかったのに……?』
とか。
まあ、うん。
聞かなかったことにしたほうがいいだろう。
「…………分かったわ」
やがて彼女は重々しくうなずく。
彼女の中でどう決着がついたのかは分からないけど、とりあえず納得してくれたらしい―――
「つまり、アンタは全員とせっくすしたいのね」
「違うよ???」
どう決着がついたらそうなるんだ……?
「だってそうじゃない。全員選ぶならだれかを選ぶのと同じくらいのことは全員とするってことでしょ?」
「それは……」
……そう、なんだろうか。
いまいち自分でもまだ、全員を選ぶという傲慢の理想形はつかめていない。
だけど、さすがにそんな爛れた形は……ないよなぁ……
「……いや。たぶん、そういうんじゃないんだ」
「イミ分かんないわね」
「あはは。自分でもそうだよ」
苦笑すると、彼女はむすっと唇を尖らせる。
そして私の腕を振り払って立ち上がると、ぐぐっと背伸びをした。
「はぁ。まあ、いいわ。相談くらいなら乗ってやるわよ」
「う、うん。ありがとう」
「さ、行くわよ。っていうか授業中じゃないの今って。怒られちゃうわね」
にこりと笑う彼女はなにか……なんだろう。なにか違う。
さわやかというか、なんというか。
そもそもなんだか、いつもよりこう、勢いがない気がする。
普段は文章に起こしたら毎回『
っていうかいつもの彼女があんなことをされて平静を保てるとはとても思えないんだけど……
「なにしてんの」
「あ、うん。今行く」
……まあ、いいか。
ほどよい疲弊が彼女を落ち着かせているんだろう。
そういうことにしておこう。うん。
それにしても、相談のやり方ももうちょっと考えないとなぁ……
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