第162話 独占的な先輩と実験で(1)
一種依存的な不良と落ち着いてお話をしたことで、私は改めてこの状況と向き合おうと決心していた。
そしてそんな風に思い悩んでいれば、当たり前のように私をさらってくれる人がいる。
「やあ」
「ああ、先輩」
途中参加の授業が終わった中休み、お手洗いに行く途中で先輩は私の傍らに現れた。
笑みを向けると先輩は驚いたように目を見開いて、真剣な表情で私を窓辺に誘う。
「今度はいったいどうしたのかな、ユミカ
「いえ。ちょっと、いろいろと考え事があって」
「ボクでよければ話し相手くらいにはなろうか。それとも聞く耳を持たないほうが楽かな」
『先輩』として私を気遣ってくれる先輩にくすぐったいような気持になる。
私はまず小さくお礼を言って、それから話し相手としての先輩を求めた。
当然にそれは受け入れられて、だから私はまずリルカで先輩を拘束する。
「先輩。今から私が言うことのすべてに、『本心』で答えてください」
「ユミカ後輩……」
「いいですね」
「……いいだろう」
もちろんこうして承諾を得ることに意味はない。
リルカの力は、相手の人生を30分だけ掌握する。
こんな気遣いなんてなくたって、それを拒むことなんてできやしない。
ああでも、ちゃんと受け入れてくれてよかった。
私は笑って。
そして問いかけた。
「―――先輩は、私を諦めますか?」
「そんなわけがないだろう。……問われている内容がいまいち判然としないけれど」
「ふふ。そうですね」
その通りだ。
あいまいに尋ねた。
そうしたらこう言ってくれると知っていた。
先輩は私のことをよく知ってくれているけど、同じくらい、私だって先輩のことを知っている。
「先輩は今の状況が続くとは思っていませんよね」
「まあ、そうだろうね」
「破綻したとき、先輩は私を独占しようとしている」
「その通り」
「それを諦める可能性は、ありますか」
「……」
沈黙は雄弁だ。
本心でしか答えられないのなら、そこには答えられない本心がある。
だけど先輩の沈黙は一瞬で、困った様子も苦痛もなく返答はあった。
「その問いかけは正しくない」
「もしも私が先輩を選ばないならいっそ誰も選ばないでほしいと、そう思えますか?」
「下らない仮定だ」
「そう思ってしまうかもしれないと、危惧したことはありますか」
「くどいよ」
「私がどうあっても先輩の想いは揺るぎないと、そう確信できますか」
「答える必要を感じない」
雄弁は沈黙よりも意味をなさず、先輩の舌は『本心』をより分け口にする。
だけど少しずつその表情には焦燥が生まれていく。
言葉を繰り返すほどそこに意味がないことを先輩は理解している。
いつか答えざるを得ない質問にたどり着いてしまうことに焦っている。
だから。
「私の危惧を本心から否定できますか」
「何度も言わせないでくれないかな。答える必要を感じない」
「私の危惧ってなんですか」
「は」
言葉に詰まる先輩は、自分のしてしまったことを悟って後ずさる。
だけどそれを逃がさないよう制服をつかみ、触れるほどの至近で先輩を射抜く。
「私が何を恐れているか先輩は知っているんですか」
「それは、」
言葉の綾だと、そんな風な言葉は口から出ることはない。
それが本心でないと先輩が一番よく知っているからだ。
先輩は当然に私の危惧を知っている。
今のまま誰もを選ばないことで、誰からも求められなくなってしまう未来の想像を知っている。
まるで思い悩む私に初めて気が付いたように誘ったけど、でも、その前にはもうすでにだ。
いつもいつも異様だった。
先輩だからで済ませていい問題だった。
だけど、済ませないのなら理由なんていくらでも浮かぶ。
これはひとつの実験なんだ。
私を独占することを絶対にあきらめないだろう先輩。
どんなに私が好き勝手やっても揺るぐことのなかった、最後には自分のものになるはずという確信。
その根拠をぶち壊せば、先輩はどうあれ変わらざるを得ない。
私はスマホを取り出し、窓枠に叩きつけて破壊した。
凄絶な破壊音がざわめきをはねのけて、周囲の視線を引き付けて、そしてまたざわめきが空間を満たす。
「先輩。これからも、いつも通りでいてくださいね」
ひと騒ぎを起こした問題児のもとに先生が駆け付けるまでの数十秒。
先輩は何も言えず、ただ、呆然と私のスマホを見下ろしていた。
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