第153話 スポーツ娘と約束で
後輩ちゃんをデザート感覚で(?)美味しくいただいてしまった罪悪感をひしひしと感じる今日この頃。
よくもまあ一線を越えなかったものだと我ながら思う。
我に返ったのはおおむね1時間くらい後のことで、彼女は涙とか唾液とかでべたべたにまみれた顔と身体をシャワーで清めた後に帰って行った。
あの後学校に……行ったんだろうか。ちょっとふらついてたけど。
というか、なんかこう、前回もこんな感じだった気がする。
変なトラウマとかになっていないといいんだけど……それとも変な癖とか……ま、まあなんだかんだ経験豊富な彼女だし、そうおかしなことにはなら……なら……な、い……といいな……?
さておき。
そんなはっちゃけを当たり前に姉さんに感知されてにこやかになじられたりして今日に至る。
つまり自宅謹慎の初日としてカウントできそうな土曜日。
さすがにこんな日に外出しようとは思えなくて、おとなしく家で受けれなかった授業分くらいは勉強しておこうかなと机に向かっていた。
……姉さんもデートだしね。ケッ。
ひとりきりの自宅というのは、なんだかそれはそれで落ち着く。
元来みんなと一緒にワイワイというのが好きな質ではなくて、逆に人の音から遠ざかる感覚は割と好みだ。
おかげで勉強もはかどるはかどる。
先生が教えてくれた勉強範囲は半分くらい午前中で終わってしまって、今日がんばったら明日はのんびりできるなあとかそんな風に思っていた。
―――それは、お昼過ぎのことだった。
そろそろお昼ご飯でも食べようかなぁ、袋めんあったかなぁ、とかそんなことを思いながらリビングに向かっていると、インターホンの音が聞こえてくる。
応対してみればそれは思いもよらない人で、驚きつつも迎え入れた。
「いらっしゃい、カケル」
「こんにちわ。きちゃった」
「おぉ」
「えなになに」
「や、なんか感動が」
彼女の『きちゃった♡』(一部補完)はなんだかインパクトが強い。
こう、うまく言い表せないけど、恋人が初めて家に来た時みたいな感触がある。
なぜだかドギマギとさせられつつリビングに案内する。
ちらちらと内装を気にしていたりするのがなにか気恥ずかしくて、ソファに座らせると飲み物を用意するという口実で一時避難。
さてどうしたものだろう。
なにもおもてなしできそうなものがない。
……ここで『差し出せるものなんてこの身体くらい』とか思うのは十分に狂ってるから自重しようね私。
とりあえず用意できる中で一番高級な飲み物ことカルピスを濃いめで作る。
濃いめっていうのが重要だ。ついでに自分の分も濃いめにしてちょっと贅沢。
「おまたせ」
「ありがとぉー」
にこにことカルピスを受け取った彼女はちょいちょいと私を手招きする。
それに従って隣に腰を落とすと、ぎゅっと肩を抱き寄せられる。
「えへへ」
「なんか機嫌いい?」
「や、好きな人とこうしてソファでってさ、ケッコーあこがれかも」
「そか」
それなら存分に堪能してもらおうと、彼女の肩に頭をのせる。
背は彼女のほうが見るからに高いのに、こうして座っていると肩の高さはあまり変わらない。なんだかそんなささいなことにドキリとさせられた。
「あ。イマなんかどきどきした?」
「えぇうそ、ハズかしい」
「なんでー。いいジャンかよぅ。わたしもドキドキしてるよ」
「……うん」
肩越しにでもそれが聞こえる。
それともこれは自分の心音なのかな。
でもたぶん彼女のそれは私のこれとそう変わりなくて。
だからきっと、これは彼女の音なんだろう。
「―――大変だった、ね」
彼女はふと、ぽつりとそうつぶやいた。
大変、なんて言われたら、思い至るのは現状くらい。
だとしたらもらうべきは労いではなく―――罵倒だ。
「心配かけちゃってゴメンね。心配もだし……嫌な気持ちに、なったよね」
「……そういう気持ちになるかもって、思っててもしたんだ」
「……うん」
実際は、最中にそこまでのことを考えられた訳ではない。
サクラちゃんと先輩と、そのどちらもとても積極的で、だから流されるままにしてしまったという側面も間違いなくある。
だけど。
もしも今のまま過去に戻っても、私は間違いなくそれを繰り返すだろうと―――そういう確信もまた、あるのだ。
だから誰に否定的なことを言われたって仕方がない。
それは私が真正面から受け取らないといけないものだ。
果たして彼女は言った。
「じゃあ、わたしともするんだよね」
「……え」
ほの暗く笑う彼女の口づけ。
ねたり、と、私を犯す舌の心地がほんの少しだけざらついている。
コト。
コップが置かれる軽い音。
気を取られた次の瞬間には、もう天井を見上げている。
「この前言ってたでしょハジメテがどうのって。あれ、ガッコっていうのもアリじゃないかな」
「学校で……?」
「そ。だって今しかできないことだし。みんなに見せてあげたらさ、ゼッタイ思い出になるって」
思い出どころか黒歴史になりそうだ。
そう思うけど、言葉にはなりえない。
「カード出してよ。あれさ、ようはユミカになんでも命令できるんでしょ? ―――だったら、未来の約束すればゼッタイになるじゃん」
彼女の手が私の身体をまさぐる。
ぞわぞわとむず痒いような心地とともに何かが目覚めるような気分があって、その前に彼女の手は私を買っていた。
「ユミカ。明後日、学校の……教室にしよっか。朝早くにユミカの教室でセックスして、だれか来る前にイけたらやめたげる。それかユミカがわたしをイかせるでもいいけど、まあムリだよね。ほら、約束」
彼女が差し出す小指に、私はなすすべもなく指を絡めた。
命令が心臓の真横に突き立って、鎖でがんじがらめに固定される。
これはもうどうしようもないのだという深い理解があった。
無視をすることも逃げることもできない圧倒的な約束。
彼女の言葉が、今明確に私を射抜いている。
目を見開く私に彼女は笑って。
そしてそっと耳元に口を寄せる。
「―――なんちゃって」
ぱ、と顔を上げた彼女はにこりと笑って、だけどすぐに真剣な表情で私をみつめる。
「怖いでしょ? 不安でしょ? ……そういうことを、したんだよ、ユミカは」
「カケル……」
痛みをこらえるように唇をかむ彼女の頬に手を触れる。
すると少しだけ表情は和らいで、彼女はぽつぽつと言葉を降らせた。
「わたし、さ。ああいうことしてるとき、ずっと怖かった。もしバレたらどうしようって。一時期はさ、なんか変なカメラとかあって……誰かに、わたしのしてること見られてるんだって、おも、思って、あ、明日になったらそれが出回ってるんじゃないかって……! 寝れなくて、怖くて、怖くて……」
ぽすんと胸に落ちてくるカケル。
じわりと滲む熱が鎖を溶かして―――そんな痛みが、鼓動のたびに疼いた。
「ダメだよ、あんなことしちゃ……ダメだよっ……だめだよ……」
「ごめん……」
大事になった、と、そんな風に思っていた。
自宅謹慎になるくらいのことをしたんだっていう、どこか非現実的な驚きが先行して、そんなことをした自分に呆れて、これからは気を付けないとって思った―――けど。
でも、そう、か。
あの姿はカメラに撮られていて、あの姿は生徒間に広まっているのか。
―――背筋が、震える。
それを感じ取った彼女は、ただただ強く私を抱きしめてくれる。
耳元で、大丈夫って、そうささやいてくれる。
「ぜったいに、わたしはユミカのこと守るから。……たぶんだけど、他の子もそう言ってくれるから。ユミカのことが好きだから、だから、大丈夫だよ」
彼女の慰めの言葉が、どこまでも心強い。
傷ついて、怯えて、恐怖して―――それを積み重ねて、それなのにこうして立ち上がっている彼女が、こんなにも頼もしい。
「わたしにキレイって言ってくれたユミカは―――ゼッタイ汚れちゃいけないんだ」
ぞくり。
また一筋、震える。
だけどそれは恐ろしいものではなかった。
むしろ神経に直接触れられたみたいな灼熱と、そして全身を満たす甘やかなしびれがある。
心臓に突き立った言葉が、流れ出した血液を吸い上げて根を張る。
彼女の宣告が、もう二度と消えやしない。
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