第151話 担任教師と学習で
学校を早退した分際で近所の女子中学生と変態プレイ(彼女基準)に勤しんだ翌日。
お昼からの登校を指示されてみんなが勉強中のところ職員室に伺ったら、先生と、そして教頭先生に連れられて生徒指導室に。
教頭先生は恰幅と人のよさが比例しているおばちゃんで、優しく私を諫めてくださったところで退席なさる。
ああいう大人の中でも特に大人、みたいな立場の人からの言葉はなにか妙な重さがあって、本当に自分は子供だったんだなあってただただ納得させられた。
そして先生とふたりきり。
教頭先生と入れ違いで私の正面に座った先生は肩をすくめる。
「私からは特に言うことはない。お前は宮本教頭の言葉で十分だろうからな」
「はい。……いえ、でもせっかくならお説教してくれてもいいんですよ?」
「説教をねだるやつがあるか」
あきれる先生に私は笑う。
先生の先生っぽいところを見たいって、そう思うのはおかしなことでもないだろう。
なにかないですか、と首をかしげると、先生は少し考えるそぶりを見せてから「ああ」と声を上げる。
「強いて言うなら、金銭問題には注意しろよ。簡単に友人を失うぞ」
「いやそれは―――そうですね。気を付けます」
よりにもよってそれなのかと苦笑しかけて、でも冷静に考えると重要そうな気がしたから粛々とうなずいておく。
私が貢ぐ分にはいいけど最近はこっちがもらう側になりがちだし、そういう点でも自重する必要はあるはずだ。なにせ
……まあ先生はこれくらいの出費じゃ痛くもかゆくもないだろうけど。
「なにか言いたげではないか島波よ」
「え。いやいやそんな」
さすがに先生相手に『ぶっちゃけお金持ちですよね?』とか聞くのは無理だ。
というかそれでお金に余裕があるという情報を得られたからって、あれだけ言われながら性懲りもなくカードを差し出すメンタルはない。
そんなわけで苦笑する私に、先生は呆れた様子でため息する。
「なにを考えているのかはおおむね分かるな」
「じゃあなんて考えてたのか当ててみてくださいよー」
「私には気兼ねなく使えそうだが怒られたばかりだからやめておこう、といったところではないか?」
「……大体あってます」
そんなに分かりやすいのか私。
なんだか悔しい。
この悔しさをバネに黒リルカを繰り出す―――のはいつもの私の悪い癖なので自重しておく。勢いでそういうことしたらダメなんだってさんざん言われてきたわけだし。
「今後はせいぜい大人しく過ごすことだな」
「はい……」
先生の言葉に粛々と頷くしかない。
これまでせつやくしようとか自重しようとか散々思ってはなかったことにしてきた私だけど、ここまでの大事になってしまった以上はみんなのためにも本当に控えないと。
「―――そのためにも、だ」
「……あ、はい」
決意を新たにしていると、先生が不意に雰囲気を変えて足を組む。
なにごとかと身構える私に先生はくいくいと手のひらを上に手招きする。
まさか『かかってこい』とかいう意味ではないだろう。
首を傾げると先生は言った。
「あのカードを出せ、島波」
「えっ」
あのカード、と言われて思い当たるのはリルカたちだ。
今パッと出せるのは黒リルカだけで、だからおずおずと差し出してみた。
ら。
ぴぴ。
と、目にも止まらない速さで私は先生に買われる。
「うんと……え。先生……?」
「なにも使うなとは言っていない」
そんなことを言いながら先生は立ち上がる。
そしててくてくと歩いて回りこんでくる。
「どうせあったら使うだろうしな」
「……ぐ、ぐぅ」
頑張ってぐぅの音を絞り出してみました、なんてやったところで本質は変わらないのだった。
まあ、使うんだろうなあ。
たぶん、永遠に封印なんて甘っちょろいこと言っている間は使うんだろう。
本当に切り離すなら、割って捨てるとかしないと多分だめだ。
「要は節度を持てと言っているのだ。公衆の面前でおかしな真似をしない、金銭面に負担が生ずるほどはのめりこまない―――それだけのひどく常識的なことを守りさえすればとやかく言うつもりはない」
先生は私の背後に立って、そっと肩に手を置く。
「立て」
「は、はい」
言われるがままに立ち上がると、先生は耳元に吐息をかぶせてくる。
息をのむ視界が先生の片手によって閉ざされる。
先生はそして優しくささやいた。
「島波。ここは、体育館の舞台上だ」
「ぶたい、?」
「そうだ。分かるだろう。文化祭の劇を披露するように、生徒たちがお前を見ているのだ」
そんなことを言われても、と困惑する私は、だけど、ふとそこが舞台上であることに気が付いた。
どうして、だとか、いつの間に、だとか、そんな疑問は圧倒的な事実の前に閉ざされる。
背後には先生がいて、そして前には私を見上げる幾多の目線がある。
黒リルカの効果によって唯々諾々になっているから、暗示のようなものにかかりやすいのかもしれない。
だけどそんな理由はどうでもいい。
いま、私は確かに目線の渦中にさらされているのだ。
そんな実感がじっとりと汗を浮かばせる。
緊張が喉を鳴らして、そんな私に先生は笑う。
「なあ、島波。今から私になにをされるか分かるか?」
先生の空いた手が、私のベルトをかちゃかちゃといじる。
そしてわずかな解放感。
ベルトが外されたのだと理解する。
一瞬ひやりとしたけど、それだけで脱げるようなものでもない。
「せんせっ、」
「騒がしいぞ」
縋りつく私を咎めるように、耳に突き立つ痛みの刺激。
きゅっと縮こまる私へと、一転して慈しむような吐息がしみこむ。
「もっと想像しろ。視線を。状況をだ。そうでなければ意味がないだろう」
「はっ、ふ、」
視線、視線、視線。
先生にベルトを外されて、抱きすくめられるというこの無様を見る公衆の視線。
ざわめきまでもが聞こえてくる。
見られている、見られて、そして……?
「いいか島波―――今から、脱がすぞ」
「ぅ、」
「見せつけてやるのだ。お前がこの私のモノなのだとな」
「あ、あ、」
先生からの熱烈な言葉。
大人が子供をからかうような、そんな余裕があるいつもの先生からは考えられない。
先生が私を欲してくれている。
そう思うだけで私の心臓は高鳴って、沸騰した血液が血管を巡り巡る。
「なあ、いいだろう、島波」
そして私は
先生の望むままに
「は、い」
ただ身を差し出すように、うなずいた―――
「『はい』、じゃないだろうが愚か者め」
「ふぇ」
そのとたん、夢から覚めたように今へと引き戻される。
当然そこは暗闇で、慌てていると先生の手が取り払われる。
「貴様はどうやらなにひとつとして学んでおらんようだな」
「え、え、あの、」
あきれた表情で覗き込んでくる先生。
……もしかしてこれ、試されたっていうことなんだろうか。
だろうか、っていうか。
そういうことなんだろう。
な、なるほど。
「や、わ、分かっててノったんです、ょ?」
「私の目を見て言えるか」
口づけできそうなくらいの距離で目を見る先生。
私は正直に目をそらした。
……でも、そっか。
あれは私を乗せるための言葉で、それ以上のことはなかったのか。
なんて思っていると、先生はまた私の目を閉ざす。
「学習能力のない奴は好かん。少しは骨のあるところを見せてみろ―――手放されたくないのなら、な」
……手放すというのは、前提として、その手にないと成立しない。
そんなささやかなことにさえ口角を上げる私を、先生のささやきが、そしてまたどこかへと連れていく。
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