第150話 女子中学生と変態で

姉さんにお金で無理やり口を割らされたら、割と真剣な表情で、


『ちゃんと進学もしたいなら少しだけ自重しなさい』


と言われた。

それは完全に姉としての危惧で、私の将来を案じる思いがひしひしと伝わってきたものだから私は粛々と忠告を受け止めるほかないのだった。

親友と先生に引き続き姉さんからの忠告……なんかもうほんと私ってどうしようもないな。なんだこいつ。


とりあえず、黒リルカを自重するところから始めよう。

あれは使ったらもうその時点で私からの自重が意味を成さなくなるから、使わないというのが最善の道だ。


―――そんな意気込みとともにアルバイト。


学校は早退したとはいえそれ以外の予定に変わりはない。

みんなが制服姿で下校していたりする中ひとり私服でバイト先に向かうっていうのがなんだかドキドキ感が強くて、ちょっと楽しかったりしつつ。


とはいえバイト先に私情は持ち込まないぞと普段通りにやっていたら、メイちゃんに変な顔をされた。


「なんかユミ姉キモい」

「え。ひどい」

「だって妙にイキイキしてるし」

「えぇー」


普段通りのつもりなのになあと首をかしげていると、彼女はなにやら胡乱な視線を向けてくる。


「なんかいいことでもあったんだ」


むす、と不満げな彼女の言葉。

どうやらずいぶんと邪推しているらしい。


「そんないいことなんて。別になんでもないよ」

「……じゃーなにがあったの」


じっとりと見つめられて、どう答えるべきかと少し悩む。

だけどいい言い訳も思いつかなかったから、とりあえず正直者になっておくことにした。


「なんか謹慎処分になるかもしれないんだってー」

「きんしん……謹慎……? えユミ姉だれか殴ったの!?」

「殴ってはないよ」


彼女の中では謹慎処分=暴力行為らしい。

ちょっと面白いなと思いつつ否定すれば、彼女はほっと吐息してこっそり顔を寄せてくる。


「じゃあなにしちゃったの?」

「うんと。人前でちょっと、ね」

「人前で……」


ぼんやりとなにかを妄想するメイちゃん。

やがて頬をぽふっと染めた彼女は慌てて首を振って私から距離をとった。


「ゆ、ユミ姉ヘンタイ!」

「うーん。全面的に否定できない気がする」


みんなに見られるって分かっててむしろ悦ぶんだからそう言われても仕方がない。

とはいえたぶん彼女が想像していることは的を外しているんだろうけど。あるいは度が過ぎているか。

いったいなにを想像しているのやら。


―――なんてことを思ったら聞きたくなってしまうのが私というもので。


だから一瞬魔が差して。

だけど鋼の理性が動き出しそうになる指先を食い止めた。

さんざん杭打たれてきた忠告が私のうかつな行動をきちんといさめてくれる。

そんなことに安堵する私の一方で、一瞬のよこしまな気配を感じ取ったらしく彼女は自分の体を抱くようにする。


「だ、ダメだからね!」


……なんでこの子はそんな風に誘うのかなぁ。

いや落ち着け。

冷静になるんだ。

嫌よ嫌よも好きのうち、なんていうのはしょせんいじめっ子の思考……!


「あはは。そんなに信用ない? 大丈夫だよ」

「ぁ」


ぽんぽんと頭をなでて、なにごともなかったかのようにお仕事に戻る。

ちょうどお客さんもレジに来たし。それがなかったら危なかったかもしれない……いやそんなことはない。私だって少しは学習するんだ。うん。


この調子で、一時の感情に流されてしまわないように気合を入れていこう。


「……」

「メイちゃん?」

「あ。うん。……しないんだ」


してほしいの?

……とか、聞き返しそうになる舌を噛みとめる。

メイちゃんの小さなつぶやきは私には聞こえていない。聞こえていないったら聞こえていない。


「んぇっ。ゆ、ユミ姉!」

「え、なに? どうかした?」

「ち、くちっ、ちー出てる!」

「ち?」


言われてみると口元に何か垂れるような感触があって、ティッシュで拭ってみるとなるほど赤いどうやら勢い余って口を切ってしまったらしい。カウンター裏にしゃがみこんでティッシュで圧迫止血する私を、メイちゃんはおろおろして見下ろしている。


「きゅきゅきゅ救急車呼ぶね!?」

「いや大丈夫大丈夫。止まったから。ほらね?」


幸い大した傷じゃなかったから出血は簡単に止まっていて、ニコリと笑みを向けるとメイちゃんはほっとした様子を見せてくれる。


「よかった、ユミ姉死んじゃうかと思った……」

「いやそんな大げさだよ」


煩悩をこらえるために死―――ちょっと笑えない。

いやどちらかというと全くの笑いごとなんだけど。

笑いごとっていうか笑い者というか。


苦笑していると、メイちゃんは店内をきょろきょろと見まわして、お客さんがあんまり集中していないのを確認すると、そそっと私に顔を近づけてきた。


「ねえ。ユミ姉」

「な、なに?」

「あのね……」


話しながらちょっと恥ずかしいのかまた顔を近づけて、背伸びをしながら耳元にささやく。


「ガマンしないで……いい、よ?」

「―――」


メイちゃんの言葉が耳から脳を貫き通す。

硬直する私に、さらにメイちゃんは追い打ちをかけてくる。


「ユミ姉が、その……し、したい、ならね。わたしも、したいことだから。……だって、それだけユミ姉が、わたしを特別な目で見てるって、そういうことでしょ?」


私はメイちゃんに、苦笑を向けた。

心配をかけてしまうなんて恥ずかしいなってそんな風に言って、そんなことしないでもメイちゃんは特別だよって抱きしめてあげようと思った。


そんな思いとは裏腹に、私の手は懐からカードを取り出している。


「―――そんなに、したいんだ」

「わっ、わたしじゃなくてユミ姉でしょ!?」


わわっと声を上げるメイちゃんに、お店の中の視線が集まる。

慌ててふたりでぺこぺこ頭を下げて、それからメイちゃんは真っ赤な顔でにらみつけてくる。


「わ、わたしはユミ姉みたいなヘンタイさんじゃないもん」

「ふふ。そっかそっか。ごめんね」


そんなことを言いながらも、彼女はさらっと私を買う。

つい黒リルカを差し出してしまって申し訳ないなと思いつつ、ある意味都合がいいかもなとそう思いなおす。


「ねえ。さっきも私に変態って言ったよね」

「う、うん」

「あれ、さ。メイちゃんは……私がなにをしたって、考えたの?」

「えっ」


からかうような問いかけに、彼女は簡単に動揺する。

その隙を縫うようにそっと手を腰に回して、それとなく抱き寄せる。

周囲から見てもかろうじておかしく見えないくらい、だけど確かに、さっきまでよりずっと近く。


「言葉にするのがイヤなら、実演してくれてもいいんだよ」

「じつっ!?」

「それとも……メイちゃんは、私に実演してほしい?」

「あ、あぅあ」


顔を真っ赤にしながら、きっと私の『ヘンタイ』なことを妄想しているんだろう、ぐるぐると熱に浮かされるメイちゃん。

やがて彼女は周囲をきょどきょどと気にしながらも、私の耳元でぽしょぽしょとそれを教えてくれる。


「その、廊下とかで―――を、―――で、」


そのささやきはところどころかすれて消えて、だけど私にはきちんとつたわってきた。

そんなかわいらしいことを考えてしまう思春期な彼女をほほえましく思うと同時に、進行形で彼女のものである私は彼女をもっと喜ばせて・・・・・あげたくなってしまう。


「それって、こんなふうに?」

「ひぇ」


彼女からほんの少しだけ距離をとって。

私はゆっくり、ゆっくりと、周囲にばれないような陰で、だけど彼女にだけは見えるように慎重に、裾を持ち上げていく。


ひらひらとしたそれはあまりにも無防備で、だから手が持ち上がっていくと、それに合わせて簡単に下半身はあらわになっていく。


「あ、あ、あ、」


止めなくちゃいけないという気持ちと、見入ってしまう下心。

そんなふたつにさいなまれるメイちゃんがどうしようもなくてあわあわしている間にも、私の手は、どんどん持ち上がって。


「あっ、だめっ」


そのときお客さんのひとりがこっちのほうを振り向いて、その瞬間恐ろしいほどの反射神経でメイちゃんの手が私の手をはたくように食い止める。

幸いお客さんはほかの棚に向くだけだったようで、気が付かれることもなかった。

ぱっと離れた布は元の位置に戻って、メイちゃんは私の体を外から隠すようにして身を寄せる。


「だ、だめだよ」

「ふふ。ただのエプロンだよ?」

「それでもっ」


私はただエプロンの裾を持ち上げただけだ。

パンツルックにエプロンっていう制服だから、布の下にはまた布だ。

彼女が妄想したようなことはなにもない。


それでも刺激が強すぎたようではぁはぁと呼吸を荒らげる彼女に私は笑って。


そして、また耳元でささやいた。


「―――他には、どんなことを想像したのかな」

「ぅ」


私の問いかけに彼女はまた沈黙して。


だけど恥ずかしがりながらも次の『ヘンタイ』な妄想を私に教えてくれるまで、さほど時間はかからないのだった。

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