第149話 姉と告白で
先輩の毒に冒されるままに、またしても公衆の面前であられもない姿を見られた。
サクラちゃんが何も言わず屋上のほうに行ってしまったのを追うこともできないまま、その後、私は生徒指導室にいた。
先輩は別で連れられていて、だから、もしかしたらサクラちゃんも別室にいるのかもしれない。
大丈夫かな、と心配で落ち着かないでいると、対面に座る先生がため息を吐いた。
「私も調子に乗ったのが悪かったのだろうな、島波」
「え。いやそんな先生はなにも、」
否定しようとした言葉は首を振って遮られる。
私がああやって用心のないことをするから、先生にまでいらない苦労を掛けてしまっているのだと思うと気分が沈む。
親友にたしなめられたばかりでの先輩との出来事だ。
彼女にもどうやって説明すればいいのやら。
「白昼堂々の不健全行為、それも授業を抜け出してとなると一切おとがめなしとはいかん。それもお前はなにかと目立っているからな。ここ最近は特にだ」
「それは……まあ、はい」
否定要素などなにもなくてただただ恐縮してうなずく。
学校内外での援助交際のうわさに続いて公衆の面前での不健全行為二連……しかも別人相手に。
もしかしなくてもこれ停学っていうか下手したら退学なんじゃないだろうか。
下手したらっていうか、普通とっくに処罰が下っていてもおかしくない。
多分きっと先生には多大な迷惑をかけたんだろうなと思えばほんとに頭が上がらない思いだ。
「この件に関しては、恐らく職員会議を行ってまた改めて沙汰を下すことになるだろうな」
「……本当に大ごとなんですね」
「とはいえ学生のやることだ。以前トイレで性行為をした生徒がいたことがあるが、数日の謹慎で済んだ。そう不安に思う必要はないだろう」
「そ、れは慰めになるんでしょうか」
そもそもそんなものと並列に語られる時点でどうかっていう話だ。
微妙な顔をしていると、先生は立ち上がる。
「といったところで今日はいったん帰宅」
「え!?」
「いろいろと居づらいだろう。別に罰だのなんだのということではなく、生徒間の余計ないざこざを回避するための処置だ。ご自宅には連絡を入れてある」
「はぁ」
……そうか、だから荷物を持ってくるように言われたのか。
なるほど確かに、この状況下で普通に学校生活を一日送るっていうのも大変かもしれない。
私は先生に重ねて礼と謝罪を告げて、その日は帰宅することになった。
みんなが授業を受けている学校から帰るという不思議な感覚にふわふわしながら家に帰ると、玄関で待っていた姉さんに笑顔で迎えられる。
「おかえりなさい」
「ただいま」
……ところで姉さんはいったい何をどこまで聞いているんだろう。
先生は家に連絡を入れてあると言っていたけど、まさか『今から帰ります』だけなはずもない。ある程度は事情を伝えているはずで、気になるのは
「……」
「なあに?」
「い、や。なんでもない」
さすがに藪をつついて蛇を出すのはやめておこうと、いったん手を洗ったりなんかして気分を落ち着かせる。
それからせっかく生まれた午後いっぱいの暇な時間を、ちょうど家にいた姉さんとのんびり過ごすことにする。
姉さんがどこまで知っているのかという不安に苛まれながらのひとときは、その不安をすっかり忘れさせてしまうくらいに穏やかに過ぎて。
そして昼食を終えた後、いっそこのままお昼寝しちゃうのもいいなっていうくらいの心地でベッドの上で戯れているとき。
姉さんは、それまでしていたサモエド犬とかの話題から、まるで普通につながりがあるんだっていうくらいの自然さで、唐突に言った。
「―――それで、どうして学校を早退するようなことになったのかしら」
ぎゅ。
と、優しい抱擁が拘束具に見えた。
それは錯覚だったけど、たぶん実態を伴うタイプの錯覚だった。
「えと」
ここではぐらかす、という選択肢は、実質ないようなものだ。
だって学校からどんなふうに聞いているのかを私は知らない。
もしも全てが伝わっていたとしたら―――下手にうそをつけば、それは自分の首を絞めることにつながる。
だけどよりにもよって姉さんにありのままを語るっていうのもまたなんだかこう……ひしひしと危機感を覚えるというかなんというか。
「学校からは、なんて?」
だから結局様子見の言葉を口にする私に、姉さんは小さな子供の失敗を見たときみたいな穏やかな笑みで首を振る。
ダメだったらしい。
「えっとぉ」
「なぁに。姉さんに言えないようなことなのかしら。ねえ」
にこにこ。
笑っている。
なのになんだろうこの迫力は。
笑顔とはもともと威嚇のためのものだという話を聞いたことがあるけど、なるほど納得せざるを得ない。威嚇っていうか、ほぼ死刑宣告っていうか……
「それとも、言わせたほうがいいのかしら」
姉さんの指先が私のお尻をまさぐる。
私服に着替えているから、そのポケットに黒リルカは入っていた。
するりとカードを抜き出した姉さんに、私は心のどこかで安堵していた。
これを使えば、私は無理矢理に
すがるように伸びる手を、だけど姉さんはさらりと避けた。
「うふふ。だぁめ」
「え」
ダメもなにも、カードが晒された時点で私が望めば姉さんは私を買うほかなくなる。
そのはずなのに意思がめぐらない。
ダメと言われたらダメと、私はすでに姉さんにたっぷりと教え込まれている。
「ゆみ。あなたが言うのよ。あなたの口で言うの」
「でも、」
「悪いことを告白しようとするのに言わされようなんて……虫がいいとは思わないかしら」
穏やかに微笑みながらバッサリと甘えを切り捨てられる。
姉さんに突き放されたという事実に、ベッドの上に寝転んでいるはずなのに、まるで宙に投げ出されたみたいな不安と恐怖が全身を駆け巡った。
たまらず縋り付く私に、姉さんは哀れむようにまなじりを落とす。
「可哀そうなゆみ。そんなに自分から言うのは苦しいの?」
「う、ん」
……正直なところ、そこまで抵抗があるわけではなかった。
だけど、姉さんがこれを望んでいると、そう分かった。
―――だったら。
と、姉さんは続ける。
「だったら、ちゃんとお願いしなさい」
見せつけるように手の中でくるくると回す黒リルカ。
その『お願い』を私は正確に理解できて、そしてなんの効果がなくても姉さんの望むままに応えてしまう。
「お願い、です……買って、ください」
すがりつき、上目遣いに懇願する。
まだ足りないと姉さんが視線で告げるから、私はもっと無様に、媚びたような表情を作る。
「私をお、お金で買って、自分からできない私に、むりやりさせてください、」
「そんなに買って欲しいの?」
「姉さんに買ってほしい、姉さんに、私の全部、もらってほしいっ」
言葉が意思を捻じ曲げて、あくまでも望むままだった言葉が、望みそのままになっていく。
姉さんに買われることが今の私の一番してほしいことで、そのためならどんな無様にだって懇願するって、そんな風にさえ思える。
そんな私に、姉さんは笑う。
「ゆみがそんなにお願いするなら、姉さんいじわるなんてできないわね」
姉さんは白々しくそう言って、それからようやく私を買った。
ただそれだけで幸福に満ちる私は、きっと今から姉さんの望むままにすべてを赤裸々に明かすのだろう。
それを他人事みたいに思って、そんな思考も、すぐに感情に押し流されて消えた。
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