第148話 先輩と毒で
親友に愛情たっぷりなお説教をしてもらった後、そのお礼っていうことでちょっぴりやりすぎてしまったようだった。
徐々に涼しくなってはいるけど、まだまだ熱中症には要注意だね。うん。
というわけで彼女を保健室に運んで、塞がっているところの隣に寝かせておいた。
さすがにこの流れでユラギちゃんにちょっかいかけるのはよくなさそうだったから、挨拶だけしておくことにする。
「おはよ。今日も頑張ってるねー」
「……いま授業中じゃないの」
「あー、うんまあ。友達が調子崩しちゃってね?」
だからしかたないんだよと笑ってごまかして、私はそそくさと保健室を後にするのだった。
―――で。
その帰り道で、私は先輩に捕まった。
つい最近こんなことがあったような気がするなぁ、とかぼんやり考えている間に壁に押さえつけられてあっさりと確保されてしまう。
「キミはまた、ずいぶんと思い切ったことをやったじゃないか」
「それはそのう……まあ、成り行きというかなんというか」
「キミたちが愛し合っている映像、ボクのところにも届いているよ。ライブよりは臨場感に欠けるけれど、ふふ、見るかい?」
そういってスマホを取り出した先輩は私に動画を見せてくれる。
ちょっと高い位置からバッチリと抑えられた犯行現場には、なるほどサクラちゃんの貴重な捕食シーンが鮮明に映っていた。
口ぶりからして先輩は実際にも目撃しているんだろう。
どちらにしても、一番ダメな人に伝わったなぁという感じ。
いやもちろん、先輩が先輩である以上ほかの誰が知らなくとも絶対に先輩は知っているんだろうけど。
「そんなにみんなの注目を集めたいのかいユミカ」
「そういうわけでは……」
ない、と言うにはちょっと、黒リルカ中の私は恣意的なところがあった。
なんて他人事にするのはさすがに卑怯かな。
私はああして人目に付く場所で彼女に求められて、そうやって彼女が私との関係を誇示することを望んだから、それに可能な限り応えたのだ。
それは明確に私の意志であって、だから今でさえ反省はしているけど後悔はしていない。
つまりまあ、言ってしまえば『そういうわけだった』んだ。
「これでキミとあの大神とかいうのが学校中の噂になるわけだね。嬉しいかい?」
「えと……」
後悔していないことと、それを喜ぶことはまた話が違う。
まあ嬉しいか嬉しくないかなら間違いなく嬉しいんだけど、嬉しんでいる場合じゃないのは間違いないのだ。
現に今目の前にいる先輩の、結構本気でイラついている気がするにこやかな笑みがずっと胸に突き刺さって苦しい。
誰かを優先するようなやり方は本意ではないんだ。
……どの口が言うのかと私も思うけど。
「―――ところで話は変わるけれど」
イラ立ちを感じる表情から一転、先輩は不意に真剣な表情になる。
「聞くところによると、病院には『毒薬』とか『劇薬』と区分されるような医薬品も置いてあるそうだよ」
「へー」
「毒によって毒を制する、といったところなのかな。もちろん、実際に臨床の現場で使われることもあるんだ」
「そうなんですか」
それは知らなかった。
毒薬に劇薬って、なんともおどおどろしい。
まあ用法容量を守らなかったらふつうのお薬だって危ないわけだし、逆もまた然りということなんだろう。
……いや、なんの話なんだこれ。
「あの、先輩?」
どういうことかと首をかしげる私にカードを差し出してくる先輩。
とまどいながらも受け取ると、先輩は当たり前のようにスマホを重ねた。
「ユミカ。キミはどうやら、ずいぶんとひどい毒蛇に噛まれてしまったようじゃあないか」
先輩の細い指が私の首を掴む。
ほんの少し力をこめれば簡単に首なんて締まってしまうと、そう思うだけで全身の産毛が立ち上がるような気がした。
首っていうのはそういう場所だ。
それを先輩に掌握されるということは、つまり私の命を先輩に差し出すことと同じだった。
先輩は、この前のように満たされていないんだ。
だから、むしろこうして、いつもよりも、冷ややかに私を求めている。
「このままだとキミは死んでしまうだろうけれど、ボクはね、そんなことを許すつもりはないんだ」
先輩の手が、私の制服のボタンをはずす。
わずかにはだけた胸元に先輩はぢゅ、と音を立てて吸い付いた。
「死ぬのならボクの毒で、だ。それ以外は許さない」
れぉ、と、先輩の舌が口づけたところを舐る。
視線だけで見下ろすと、そこにはとても目立つ赤い印が刻まれている。
もしもこの場面を見られたら、あたりまえだけど言い逃れのしようもなかった。
ああ。
毒、か。
「―――あと、10分といったところだね」
腕時計を確認した先輩がにこやかに笑う。
10分。
それの意味するところは簡単に理解できた。
ここは廊下で、そして今は授業中なのだ。
10分が経過したらどうなるのか―――考えるまでもなかった。
「どうすればみんなに伝わるだろうねえ、ユミカ」
わくわくという音が聞こえてきそうなくらいに声を弾ませて、先輩は私の胸元に花びらを散らしていく。
ブラのふちに沿ってとか、鎖骨をまたぐようにとか、まるで隙間なく全部を色づけようとするみたいに、なんども、なんども。
「これだけじゃあ芸がないかな」
そう笑って先輩は私の唇を奪う。
激しく舌をうごめかせて、なんどもついばむように唇を重ねて、わざと口元を唾液に汚していく。
立っていられなくてずり落ちる私を、先輩は冷ややかに見降ろしていた。
息も絶え絶えに先輩を見上げる私はきっととても無様で、はしたないことになっているのだろう。
一目見れば先輩のモノだってそう分かるような、人としての尊厳なんてないような、そんな姿になっているのだろう。
「ああ、いいよ、ユミカ」
「せん、ぱい、」
私は先輩のスラックスをぎゅっと握る。
「あつい、です、せんぱい、」
「……ふふ」
先輩の
だから私は、はしたなくも、もっともっとと先輩を求める。
先輩は当然それに応えてくれて。
―――やがて、チャイムが鳴り響いた。
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