第147話 親友とお説教で

「なんか文句でもあんのかよ」

「アンタにはなにもないわよ。アンタにはねっ」


机を挟んで睨み合う不良オオカミ親友ハムスター

サクラちゃんが座ってアイが立っているという体勢の差もあって立ち位置的にはアイが上でサクラちゃんが下なんだけど、なぜかどうにもアイが勝てる未来が見えない。


サクラちゃんの腕の中という、なるほどこれ以上ないほどの渦中にある私はなにも言えずただただ沈黙である。だってこの体勢でなにを言っても火に油だし。かといって彼女の腕力は結構強いから逃げ出せない……あとはまあ、さっきの露出プレイの名残で反抗心が芽生えない……


だけどどうやらそれがよくなかったらしい。

アイはバァンッ!と盛大に机をたたいて私を睨む。


「なに知らんぷりしてんのよっ」

「い、いやぁ」

「オレの女に突っかかんなよ」

「はわぁ」


さらっとこういうこと言う。

オレ様系とかいうんだっけか、こういうの。

こうした独占欲はたまらなく心地がいい……とか、思っちゃうんだよなぁ。


もちろんアイは気に入らない。


「アンタもなにまんざらでもなさそうなのよッ!」

「そりゃそうだろ。見えねえのかよ」

「ぁ」


サクラちゃんが私の顎をグイと持ち上げて首の歯形を晒す。

そもそも隠せてなんていなかったそれを、改めて見せつけられるとアイはたじろいだ。

そんな様子に笑みを深めたサクラちゃんは、見せつけるように首筋を甘噛みする。


「こいつはもうダレにも渡さねえよ」

「うぅ……」


彼女の嫉妬が、独占欲が、そしてほんのわずかな寂しさが、牙を伝って私に届く。

前回―――彼女に本気宣言をもらってから結構いろいろ好き勝手やっていたという事実が心臓を締め付けてしんどい。


もうほんとに責任取って彼女と一生を添い遂げる覚悟をすべきなんじゃないだろうか、私は。


「ダレにも渡さない、ですって?」


彼女の言葉にアイは眉根をひそめる。

そして強引に机を脇に除けると、そのまま私の頬をガッと掴んで逃さないように口づける。


「んむぅ!?」

「……、……っ、」


熱心にこじ開けた口内へと侵入する舌が、私の舌と無理矢理に水音を立てる。

それを存分に聞かせてから、彼女は口を離してサクラちゃんと睨み合う。


「ほらやっぱり誰のものでもないじゃない。コイツはね、本気でアンタを選ぶっていうならワタシの舌なんて噛み千切るようなやつよ」


いくら本気でもアイの舌を噛み千切るようなやつではないよ……?

とそう思うのに、サクラちゃんは悔し気に歯噛みしてアイから視線を逃れる。どうやらそれはある程度の納得を得られることらしい。うそでしょ。


「あの、サクラちゃん」


戸惑いはさておきさすがにこのまま変にこじれさせるべきではないと口を開くと、言葉をつづける前にアイが私を強引に略奪した。


「ちょっと!?」

「ちょっとくらい頭冷やしたほうがいいのよっ」

「いや、だってそんな、」


アイに反論しながら手を伸ばす。

だけどサクラちゃんは私から顔を背けて、だからどうしようもなくて。


「ちょっとアイ!」

「うっさいわねッ!」

「!」


たまらずあげた抗議の声は思いがけないほど強い怒声に殴りつけられて、驚く私に彼女もまた顔をしかめている。


そうなるともう私は何も言えず、彼女に連れられるまま人気のないどこかの準備室に連れ込まれた。

そして私を解放した彼女はうつむき、自分の腕をぎゅっと握り締めながらつぶやく。


「……怒鳴って悪かったわね」


震える肩と、感情を押し殺すように喉から出る声。

どうやら私は、ずいぶんと彼女にひどいことをしてしまったようだった。


彼女に近づき、そっと頬を包んで顔を上げてもらう。

逸らされる視線をあえて追うことはせずに、私はただまっすぐに彼女を見つめた。


「どうして、怒ってくれたの?」


いろいろと理由は思いつく。

なにせ彼女は優しいから、ちゃらんぽらんな私は見ていてとても危うく映ることだろう。


「別に、ただイラついただけよ」


だけど彼女はそう言って、私の言葉をはぐらかす。

その優しさに甘えるのはきっと楽で、だからこそ、私は黒リルカを取り出した。


「……そんなことしたって意味ないわよ」

「それなら、それでいいよ」

「……」


彼女しばらく無言でためらって、それから私をぴぴと買う。

ゆっくりと視線が私を見てなにか不満げに唇がとがった。


「アイがどんなふうに思ってても、私はアイを嫌なんて思わないよ」

「……じゃあ言わせてもらうけどね」

「うん」


私を睨みながらも、どことなく投げやりに彼女は言う。


「みんな見てる前であんなことして、何考えてんのよ」

「あー……見たんだ」

「見た。し、見られてたって言ってんの。動画撮ってるやつまでいたわよ」

「え゙。うそ」

「こんなウソ言わないわよバカ」


ぽこつんと頭を小突かれる。

なるほどそれはなんとも……想像していたよりもヤバそう。


「今度はうわさなんかじゃ済まないのよ。アンタ分かってるの?」

「えっと……」


リルカしていた最中の私はまあ、置いといて。

比較的まともな思考力が戻った今なら、なるほど彼女がキレるたくなるのも分かる。

そりゃあそれだけ注目を浴びてしまったとなれば大ごとだ。


「だっていうのにあんな教室でまで堂々と……恥を知りなさい恥をっ!」


まったくぐぅの音も出ない正論だった。

目を逸らすした瞬間に首をぐきっとねじられて強引に目を合わせられる。


「そりゃベツにアンタが誰となにしてようがワタシには関係ないけどっ。でもこれはべつよ! 分かってんの!? アンタがもし停学なんかになったらどうすんのよぶっ殺すわよ!?」


言葉にすると怒りが再燃したようで、服をつかんでがっくんがっくんと体をゆすられる。

どうしよう返す言葉もない。

彼女にならぶっ殺されてもいいくらいだもの。

こんなカスみたいな私を案じて怒ってくれるっていうだけでもほんともう頭が上がらないっていうのに……


「ああもうほんとイライラしてきたわっ! アンタほんと……ほんとアンタって、アンタもうっ、あぁーッ! もうちょっと周りに目を向けなさいよっ!」

「はい……」

「アンタがそんなんだと他の子にも失礼じゃない! 分かってるの!?」

「ごめんなさい……」

「まったくっ。そもそもアンタは―――」


ぷんすこぷんすことしばらく怒りマークを乱舞させた彼女は、だけど次第に落ち着きを取り戻すと、最終的に改めて、


「―――まあこれからはちゃんと気を付けなさいよっ! アンタが困っても味方になるくらいしかしてあげられないんだからねっ」


と、そう言って締めくくった。


その瞬間黒リルカの効果がなくなるのが体感として分かる。

30分の好き放題タイムをフル尺で使ってお説教してくれるとかなんかもうほんと申し訳ないっていうか反省しろよ私……ッ!


……だけど、なんだろう。

黒リルカの効果中だったおかげか、彼女からのお説教がとても心に残っている。

まるで洗脳でもされたみたいに強烈に、守らなきゃいけないことっていう感覚になっている。


黒リルカの思わぬ副次効果だ。

喜べない。


それは、さておき。


「ねえ、アイ」

「なによ。悪かったわよ」

「ううん。アイには感謝することしかないよ。そうじゃなくて、ね」


なんとなくしまいそびれて手に持っていたままだった黒リルカを懐にしまい、後ろ手に扉の鍵を閉める。

怪訝な顔をする彼女ににじり寄って、きゅ、と制服にすがりつく。


「今の時間を、私のために使ってくれたでしょ?」


本来、黒リルカの時間は彼女のためのものだ。

彼女が私を好きにしていい時間。

それを、彼女にちゃんとすっきりしてもらうためとはいえ、私のために使ってもらう―――本当は、あまり気が進むことではなかった。


だから。


「お礼っていうわけでもないけどさ。……延長、しよ?」

「アンタっ、……」


全然反省していない、とか。

多分そういう風に言おうとした彼女は、だけど言葉を途切れさせて。

あーうーと言葉にならない声をいくつか漏らして、それからゆっくりと私の両肩に手を置く。


「ここなら、別に、見られないわよ……ね」

「ふふ。うん。大丈夫だよ」


さて。

さっきはたくさん彼女にやさしくしてもらったから、たくさんお返しをしてあげることにしよう。

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