第146話 不良と露出で

試しに自首してみたけど放免された。


曰く気にしすぎなのだという。これからも仲良くね、なんて八重歯のかわいい警察官の人に苦笑とともに言われてしまったものだ。

たぶんきっと双子ちゃんの望むままにしでかしたことのほとんどをオブラートに包んだことが原因だろう。

例えばあの場面を撮影して見せたらその場でわっぱをかけられていたに違いない。

笑えないという点さえ除けばまったく笑い話だった。


ともあれ無罪であると判断された以上は過度に日向を恐れる必要もないだろうと、私は今日も元気に登校していた。

なんだかんだ、いろいろとリフレッシュはできたし……うん……やっぱりちゃんと自首したほうがいいんじゃないかな……いやでも……


「なにくれぇオーラ出してんだよ」

「わぉ」


後ろからばちこーんと背中をたたかれる。

そのまま肩を抱いてくる不良な彼女に、なんとも言えず苦笑する。


少女への淫行で前科をもらうべきか否かで悩んでいたとはまさか言えない。

……いや、淫行っていうのはさすがに言いすぎか。淫らではなかった。多分。

ただちょっとおてんとうさまに顔向けするのは無理かもって思う程度で、健全か不健全かという相対評価ではなく個人的基準による絶対評価を用いればとても健全だった。


……やっぱり自首か……?


「なんかあったのかよ」

「面会には来てね……」

「はぁ? 入院でもすんのか」

「いやそうじゃないけど」


こんな私に心配を向けてくれる優しい彼女に、さすがにちょっとうじうじしすぎだなと思えてくる。

ぷるぷると首を振って気分を切り替えた私は、彼女に甘えかかって笑みを向けた。


「ごめんごめん。全然大したことじゃないんだ」

「……生徒会長になんか言われたのかよ」

「え?」


まったく思いがけない言葉にぱちくり瞬くと、それをどう解釈してしまったのか彼女は顔をしかめる。


「わざわざ呼び出すとか普通じゃねえだろ。なんかあったんだろ?」

「いやいやいや。シトギ先輩は別に、」

シトギ先輩・・・・・だ?」

「ぉうん」


肩を抱く手が一呼吸で拘束へと変じる。


そうか。

彼女は、シトギ先輩も私とそういう関係だって知らないのか……?

確かに普段教室か屋上にしかいないし、それを思えばあんまり関わる機会はなさそうだ。


とすると、だ。

彼女が想定していた『冷徹な生徒会長に名指しで呼び出された問題児わたし』というシチュエーションは瓦解するわけで。

つまり彼女のこの獰猛な視線は、そういう意味なんだろう。


なるほど納得。


つまり……もう逃げられないということか。

ふむ。


「生徒会室でよろしくやってやがったってワケか。あ゙ぁん?」

「よろしくとかは別に……」

「じゃあなんだってんだよ」


先生の車に乗るところを目撃された口封じのために生徒会長に立候補することになった―――意味わかんないなこれ。


「まあその……よ、よしなに?」

「ナメてんのか」


あまりにも妥当すぎる睨みに両手を挙げて降参する。

私をじっくりと睨みつけた彼女は、それからむんずと私の胸をもむ。


……!?!?!


「な、ななな」

「おい。あれどこだよ」

「ひょえ」

「カードだ。どこにあんだよ」

「あ、ああ」


どうやら彼女は胸ポケットを触ったらしい。

……いや絶対今のはもんだよ。もむ気でもんだよ。

公衆の面前でなんてことを……


なぞに落ち込みながらカードを取り出すと、彼女はぴぴと私を買った。


……んぇ。


「えっ、まっ、あっ―――んぅっ」


静止の声を上げる間もなく(間があったとしても上がらなかった気はするけど)、彼女の牙が私を喰らう。

ここが正門入ってすぐで、ほかの生徒がどんどん登校しているそのど真ん中であるという事実は彼女の咀嚼にあっさりと噛み潰されてしまう。


人目もはばからず抱き着くことで、私は彼女が与えてくれる熱烈な痛みに堪えた。


やがて私に突き立った牙が緩む。

皮膚を裂いて食い込んでいたそれは、皮膚との癒着を引きはがすような抵抗とともに去っていく。

彼女の舌がやさしく傷をなでて、痛くすぐったくて心地よくて、私は陶酔するように彼女にもたれかかった。


彼女は私の顎をぐいと掴み、首筋に口づけながらそっと笑う。


「もっと鳴きやがれ。てめぇがよろしくやってる全員に聞こえるようによ」

「だっ、め、」

「今のてめぇに口答えなんぞ許されてねえ」

「ぅんっ、ぅ、はっあっ、」


傷をえぐる舌先、耳をつまむ手。

痛みを与えられたと思ったらその次の瞬間には優しく触れるぬくもり。

痛みと気持ちよさを同じものと教え込むように執拗な緩急。

立っていられなくて膝が崩れる私は彼女に抱き留められて、咎めるように耳たぶを噛まれた瞬間にもう嬌声が堪えられない。


もはや周囲になんて目がいかない。

だけど同時に、周りにみんながいるんじゃないかっていう恐怖が私の胸を高鳴らせる。


こんな無様な姿を見られたらどうしよう。

幻滅される。

失望される。

嫌われる。


だけど確かなことがある。


今この瞬間、どんなに私が乱れても―――彼女だけは絶対に私を捨てやしないという確信。


だから恐れれば恐れるほどに彼女を求め、求めれば求めるほどに恐れた。


「オレぁ本気っつったよな? あんまイラつかせんじゃねえよ」


耳元で告げられる冷ややかな苛立ち。

こうして公衆の面前で強引にされることは、きっとその罰なのだろう。


私の頬は、だけどどうしても吊り上がるのを抑えられなかった。


きっとまた、どうしようもない噂が広がることだろう。

噂どころの騒ぎじゃない。

根も葉も鮮明にそそり立つそれは、きっと私と彼女を明確にくくる。


その絶望的なふたりぼっちに彼女は気が付いているだろうか。


「ふふふふ」

「……んだよ」


込み上げる笑いが抑えられない私に彼女はたじろいで。

だけどもう全部手遅れだ。


私は応えず、ただもっともっととねだるように彼女の口元に肩を押し付ける。

わずかなためらいを吹っ切った牙がくらいついて、またひとつ、深く根が張っていく―――

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