第141話 スポーツ娘とえっちで

ここ数日で続けざまに使っている黒リルカ―――すでに2万円ぶんもの大金が口座に増えたという事実が私の薄弱な意思を象徴しているような気がする。


もちろんこんなものに手を付けることはできない。

もらってしまったものの、またなにかの形で返還したいところだ。


……そう思うと、図書委員ちゃんと読書で穏やかな時間を過ごすことになったのもうなずける気がする。

つまり、私が今までみんなにばらまいてきたお金って案外受け入れてもらえていないのかもしれないっていう。


これまでみんなが難色を示さなかったのもそういう理由があるんだろう。……いやそうでもないかもしれない。まあいいや。


なにはともあれ、だから黒リルカを使うときにお金はあまり意識しなくてもいいのかなぁ、なんて。

そんな風に自分に甘いことを考えちゃったりするくらい、私はもう黒リルカにはまってしまっているようだった。


―――というわけで、カケルに黒リルカしてみることにする。


特に深い理由があったわけでもなくて、ただなんだか、してみたいなぁって思って。

部活も終わった夕方ごろ、もう結構日も落ちてくるなぁっていう薄暗い中。

ベンチに座って待っていると、彼女はいつかみたいに走ってやってきた。


「お待たせ」


だけどあのときとは違って、隣に座った彼女はためらいもなくキスしてくれる。

思えば彼女とはずいぶんと関係が変わったなぁ、とそんなことを思いながらお返しをすると、彼女ははぁと吐息してもたれかかってくる。


「なんか、あはは。ユミカとこうできるの、テレますな」

「ますか」

「うん。急に思っちゃった」

「あ、でも私も同じようなこと考えてたよ」

「そなの? あはは、ソーシソーアイじゃん」


うりうりと額を合わせてじゃれついてくる彼女。

くすぐったそうな笑みが愛らしくて、なんかこのまま普通に放課後デートと洒落込んでみてもいいのかなとそう思う。


そういえば私からこうして誘ったのは久しぶりのことかもしれない。

彼女がぐいぐいとくるから、ついそれに甘えてしまうんだ。

だからどうせならのんびりと、このまま制服デートに繰り出すのも悪くない。


……


だけどせっかくなので、私は当初の予定通りに黒リルカを取り出して彼女に見せた。


「実は最近こんなものを手に入れてね」

「……」


すとんと表情のなくなったカケルに、私は自分の失敗を察した。

彼女はすぐにハッとして、そして苦笑しつつ口を開いて―――だけど、何も言わずに気まずげな様子で閉じてしまう。


「あはは……うん。…………ごめん」

「ううん。……こっちこそごめん」


具体的には分からないけど。

だけど彼女のなにかを、黒リルカの効果が刺激したんだろう。


私がカードをしまおうとすると、彼女はそれを止めた。


「ユミカは、いいの?」

「いいと思うからしてるんだよ」

「……でもさ」


彼女はスマホを取り出して、黒リルカにピピと触れる。

そのまま強引に腕をつかまれて、硬いベンチに押し倒された。


「ワタシ、いいんだったら―――するよ。たぶん」

「……カケルは、やっぱりそんなに、したいの?」

「……」


問いかけると、彼女は痛みをこらえるみたいに顔をしかめて目をそらす。


「ユミカがさ。そういうこと無理やりしないってゆうのは分かってるからさー。だから普段は、別にいいんだよ」


普段というのは、リルカを使うときのことだろう。

いろいろと経験してきた彼女が私を受け入れてくれるというのは、それだけで特別なことだと、そうわかっているつもりだ。


だけど今回はその逆で、だから彼女が思い悩むことなんてないはずなのに。


そう思う私を理解しているのか、彼女はまた私を見た。


「だけどさぁ。ワタシはそうじゃないんだよね」


彼女の手がゆっくりと私と指を絡める。

にぎにぎと私の輪郭を確かめるようにして、ゆっくりと、吐息が早まっていく。


「前も言ったでしょ? ユミカに全部上書きしてほしい。手だけじゃ足りない。好きな人がいるのに、思い出せるのが他人だけなんてキモチ悪くてヤなんだよ」


だから、と彼女は言う。

ずぃと顔を近づけて、まっすぐと私を見る。


「だからこんなことされたら、ガマンできなくなる―――だってこれ、受け入れてくれるってことじゃん」


なるほどたしかに、それを望む彼女に自分の人権をさえゆだねるというのは、これ以上ないほどの受容の意思にも思える。

そのせいで彼女は、いま、確かに苦しんでいる。


私が受け入れられないのに受け入れてしまったから―――一瞬でもそう思ってしまったから、傷ついてしまっている。


だとしたら、それは。

部分的には、間違っていることだ。


「カケルは、さ」

「……うん」

「初めてってベンチでいいタイプ?」

「うん……?」


首を傾げる彼女の手をぐいと引き下ろして体勢を崩させる。

どしんと一人分の体重に押しつぶされて、なんだかとても幸福感。

おずおずと見上げてくる視線と見つめあって、私は言葉をつづけた。


「カケルがいいならそれでいいよ。このベンチで。しかも2,500円30分コースとかいうひどい料金設定で」

「うーん。言い方なんか……どうにかならない?」


私は彼女の言葉を無視した。

そして真面目くさった顔で言ってやる。


「私、初めては好きな人のベッドがいいんだ」

「へ、へぇ?」

「そうしたらさ、なんか初めてをその人にあげたんだっていうのが、すごい特別になる気がするでしょ?」

「ワタシに聞かれても……」


ああ……うん。

まあそれもそうか。


ともかく。


「でもまあ、カケルがここでいいっていうならいいよ。いまでいいっていうならいいよ。私で上書きしたいっていうならいいよ」

「そ、そういうことゆうとホントにしちゃうけど!」

「だからいいって言ってるんだよ、カケル」


私は彼女の頭をぐいと押して胸に押し付ける。

この体勢で差し出せるものがこれくらいだったんだけど、あんまりちょっと……ね。こういうことするにはサイズが足りなかった気がする。


ごまかすようにまくしたてた。


「私は、もしそういうことをされてもいいんだっていう気持ちでしてるよ。カケルが本気でそれを望むなら、私はもう抵抗しないで受け入れるって、そういう意思表示でもあるんだよ、あれは」


黒リルカを使うということは、私をそっくりそのまま相手にゆだねるということだ。

それをしても、きっと私の嫌がることをしたりはしないだろうという確信があるからこそできることだ。

だけど逆に言えば、嫌がること以外ならどんなことだってされるだろうって、そういう気持ちは確かにある。そして彼女に求められて嫌がる理由なんてあるわけない。


だから本気でいま、ここで、こんな状況で、したいのならすればいいんだ。


それもまた特別な初体験になることだろう。

なんてったって彼女と一緒なんだから。


「さあカケル。しよう? 早くしないと時間がなくなっちゃうよ」

「待って、待ってゴメン。ワタシが間違ってた」

「いいや間違ってないねっ」

「なんでそんなにノリ気なの!?」


今さっきまでから一転して私を拒むカケル。

慌てて飛びのいた彼女に、私は盛大に溜息を吐いた。


「意気地なし」

「ゴメン……いやワタシが謝ることあったっけ……?」


彼女はずいぶんと困惑している。

それもそうだろう。なにせ実質勢いでごまかしたようなものだし。

彼女にいやな気持をさせないで、かつ重大事件を避けるために頑張った結果がこれだ。


……もしこれで、本当に彼女がしたいと思っていたなら。


それを考えるのはやめておいて。


「で?」

「えっ。で、ってなに?」

「そういうことしないなら―――どんなこと、するの?」

「……あ、あはは」


困ったように笑う彼女は、ふとさっきまで私の胸に手を置いていたことに気が付いたかのように硬直する。

とっさに手を離したりしないあたりがもうなんか、ね。


「カケルってさ、それはそれとして普通にえっちだよね」

「ひ、ヒドくない?」

「インハイのこと思い出しても同じこと言えるの?」

「………………ひ、……うぅん……」


果敢に挑戦しようとした彼女は、だけど当たり前に失敗してうなりだす。

ということで彼女はエッチな人であると確定したのだった。

多分神様もうなずくことだろう。


「ほら。早くしないと、時間なくなっちゃうよ。……したいこと、してね」

「ぃ、うぁ、え、……ゆ、ユミカのほうがえっちじゃないカナ!?」


なんていわれなき暴言だろう。


私は笑った。


だって今からすることは全部彼女のしたいことであって、私はまったく思ってもみないことなんだ。


あーあ、まったく黒リルカの力は恐ろしいなぁー。

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