第140話 図書委員と読書で

OLお姉さんと癒しのひとときを過ごしたこともあって、黒リルカは使い方によっては恐ろしいものでもないんじゃないかなってそういう気分になった。

使い方っていうか……まあ、使う相手か。

相手さえ選べばなんか悪くないなって、そんな気持ちでさえある。あとはまあ私が自重すれば……?


だからといって不用意に濫用はしない。

なにせ私という個人をそっくりそのまま譲渡するっていうんだから、そう軽率にしていいことじゃないはずなんだ。


―――と、思っていたら。


「シマナミさん……あなたを買わせてください」


人気のない図書室で、彼女は私にそう言った。

内気で控えめな図書委員ちゃんとは思えない大胆な言葉を拒もうとする私に、彼女は触れるほど顔を近づけてまっすぐ見つめてくる。


「ねえ、いいでしょう? それとも、もしかしてわたしのことを信用してくれないんですか?」

「そうじゃなくて」

「でしたら、いいじゃないですか」


彼女の手が、私の懐から黒リルカを取り出す。

おなかにぐいぐいと押し付けてくるそのカードを、私は観念して受け取った。

それと同時に彼女は私をぴぴと買い取って、かと思えばもう一度触れようとしてくるからあわててしまった。


「どうしてですか?」

「いやいや。それはさすがにもったいないでしょ」

「むぅ……ですが、あなたに頂いたお金をお返しできるチャンスなのに……」

「いやだから、いいんだってば」


何度目かにそう言っても、彼女は毅然と首を振る。


どうやら彼女は、私が今まで彼女にリルカであげたお金を返したがっているらしい。

不良な彼女からのタレコミで黒リルカを知ったようで、こうして図書室に呼び出されたのだ。


「……では、また次の機会ということにします」


はふぅとため息して、彼女は私の隣に座る。

そしてバッグから小説を取り出すと読書の姿勢に入る。


「なにもしないんだ」

「一緒に読書は嫌ですか?」

「イヤじゃないよ。けど、それでいいの?」

「本来はあなたにもらったものをお返ししているだけですから。それでなにかをしてもらうのは不公平ではありませんか」

「ふぅむ」


すでに文章に目を通しながらそんなことを言う彼女。

どうやら本当に読書をするだけのつもりらしい。


まあ、彼女がそれを求めるのならそれでいいか。


私も適当に本を持ってきて、彼女の隣でのんびり読書。

しばらく紙をめくる音だけがぺらぺらと鳴って、穏やかな時がしばらく続く。


時折腕が触れ合ったりして、目を合わせて笑ったり。

いつの間にか肩が寄り添っていて、彼女の頭が肩に乗っていたり。

ふとなんとなくキスがしたくなって視線を向けると、彼女と目が合って……少し、触れあったり。


まるでふたりきりで一緒に暮らしているみたいな、そんな心の底からリラックスした空気があった。


「いつも、こんな風でもいいんだよ?」

「いつも意地悪するのはあなたじゃないですか」

「そうだっけ。でも、だってかわいいから」

「もうっ」


むむっと睨みつけられるけど、本心からの言葉だから堂々と胸を張ってみせる。

すると彼女は頬を赤くしてまた紙面に目を戻してしまう。

……でも、なんとなく集中できていなさそうだった。


私はぱたんと本を閉じて、彼女の膝にぺふんと寝ころんだ。


彼女は少し動揺した様子で目を泳がせて、おずおずと頭に触れる。


「えへへ。ありがと」

「どうしたんですか、突然」

「せっかくだから甘えてみようかなって」


むぃむぃとお腹を鼻先で押すと、応えるように頭をなでてくれる。

せっかくだし、もうちょっと甘やかしてほしい。


「ねね。子守歌、歌って?」

「子守歌、ですか?」

「うん。私、あなたの声好きだから。いっぱい聞かせてほしいな」

「……ずっと思っていますけど、シマナミさんは物好きですよ」

「そうかな」


くすくすと笑って、それから私は目を閉じる。

黒リルカを使っているんだから、本来私はなにかをお願いする立場じゃない。

だけど彼女に関しては、こっちのほうがそれらしいような、そんな気がした。


やがて、暗闇の中に、綺麗な歌声がしみ込んでくる。


恥ずかしいのか空間に配慮してか、ぽそぽそとか細いのに、それでもどこまでも安らぐ声音。



私はとろとろと、眠気の海に落ちていく―――

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