第139話 OLと癒しで
先輩と独り占め状態でいろいろ頂かれてしまったおかげで、なにか、とても空虚な気分だった。
いや、貞操含めて別に失ったものがあるわけではないんだけど、こう、メンタルへのダメージがひどい。
かといってユラギちゃんのところにまた行くのもなんだかなあっていう感じだし、最近は双子ちゃんズも癒しからほど遠くなりつつあるので、どうしようかなと思った結果
……なんか、人のところを転々とする感じが最高に最低って感じがしてさらにメンタルがやられる。こんなだから先輩にもさみしい思いをさせるんだ……いや先輩だけじゃない……うぅ……
「あいにくお子様にはジュースくらいしか出せへんけど」
「ごめんなさい、おねぇさんもお仕事帰りなのに……」
「ええよええよ。ちょうど独り飲みも寂しい思っててんよ」
お姉さんはそう笑って、よっこらしょ、と私の隣に。
カシュッと缶カクテルのプルタブを開ける一方、私の前には透明なコップに注がれたカルピスウォーターが置かれている。
普段お姉さんはこういうの飲むのかなぁ、と少しだけ気になった。
「ほい、かんぱい」
「乾杯です」
かぃん、と軽く打ち鳴らして、お姉さんはグビグビと美味しそうにお酒を飲んだ。
彼女はうわばみだから、一口で半分くらいは飲んだんじゃないかっていう飲みっぷり。
私は甘白い液体を一口舐めて、それだけで少し気分が軽くなる。
そっと寄りかかったらお姉さんは肩を抱いてくれて、見上げると気恥ずかし気に視線を逸らす。
「あー……そ、そうそうこの間学校祭あったんやっけ?」
「はい。楽しかったですよ」
「ゆみちゃんの執事姿見たかったなぁ」
「……見たいですか?」
「えっ」
じぃ、と見つめてみるとお姉さんは分かりやすく動揺する。
ちょっとからかっただけで、ずいぶんとかわいい反応をしてくれるものだ。
私は笑ってスマホの画像を見せた。クラスで撮ったやつだ。
気を取り直したお姉さんは「ほぉー」と感心した様子で、なにかとても気恥ずかしい。
「カッコええやん」
「ありがとうございます。ふふ、お姉さんも似合いそうですよね」
「あかんあかん。ウチはこういうん絶対似合わんっちゅうてよく……とっ、友達とかに笑われんよ」
―――元カノだな。
さすがに察したけど何も言わない。
私は代わりに、バッグからいろいろと引っ張り出してみた。
「そんなお姉さんにこんなものがあるんですけど」
「はぁ? ……はぁ!?」
お姉さんが驚くのも無理はない。
私はこんなこともあろうかと思って持ってきていた執事服を彼女の体に押し付けてみる。
「いや、やっぱ似合いますって多分。ね?」
「いや、ね? やのうて」
と言いつつも押し付ければ受け取ってしまうお姉さん。
人がいいというか押しに弱いというか……
せっかくなので、追撃してみる。
相手がお姉さんだからっていうので、黒リルカを差し出すのが異様に簡単だった。
それがむしろなんだか気恥ずかしくてごまかすように胸にうずまる。
「おねぇさん。……私のこと、慰めてください」
「ゔっ、ぜ、善処するわ……」
お姉さんはさらっと黒リルカにスマホを触れて私を買うと、ふらふらしながらも部屋を出て洗面所に引きこもる。
ごそごそかちゃかちゃ―――どうやら着替えだけじゃなくお化粧までしてくれているらしい。なんだか緊張してきた。
どきどきしていると、やがて前触れもなくドアが開く。
そこにいたのは―――
「……ホスト?」
「ゼッタイ言うって思うとったよ」
苦笑するお姉さんは、なんというか、チャラついているわけじゃないし、派手っていうわけでもないんだけど……こう……ほす、と……?
いやホストクラブに行ったことないし実際のホストなんて知らないんだけど、でもなんだかなぜかホストっぽい。……いやこれ服装のせいか……?
「こほん。―――ようこそいらっしゃいました、お嬢様」
「わぁー」
キザにキメて傅くお姉さんに、なぜかぱちぱち拍手とかしちゃう。
なるほど似合わないって言った誰かの気持ちがよくわかる。
なにせあまりにも似合いすぎて、普段の彼女に似合ってなさすぎるのだ。
そんな私をどう思ったかお姉さんはまた苦笑する。
「やっぱ似合ってへんやろ。友達と同じような反応しとるもん」
「そんなことないですよ。とってもステキです。女優さんにも負けてません」
「それはさすがに大げさとちゃう?」
「そんなことないですー」
笑いながらカルピスに手を伸ばすと、お姉さんがそれに先んじてコップをとった。
ぐいと肩を抱き寄せて口元にコップを向ける。
「どうぞお嬢様」
「あ、ありがとうございます」
くっ。ただのカルピスなのに圧倒的に顔がいい……!
心なしかさっきよりもカルピスが濃いめになった気さえする。
なるほどこういうおもてなしも悪くはない。
「チョコレートもございますよ」
続いてお姉さんは、おつまみに買っていたチョコレートをひとつ拾い上げる。
包み紙をはがした茶色の塊をはむっと受け取った。
ちょっとだけお酒の香るオトナのチョコレート。
甘く香しく、そしてほろ苦い。
ほおを緩めていると、お姉さんはにっこりと笑いながらペロッと指をなめた。
「おっと。行儀悪かったわ。失礼いたしました、つってな」
冗談めかして笑いながらティッシュで指を拭く。
どうやら彼女は全く意識していない、習慣的なことなんだろう。
……悔しいなぁ。
「どないしたん?」
「なんでもないですっ」
まったくもうと呆れて見せて、それから私はまた彼女に甘えかかった。
「もっとおもてなししてください」
「お嬢様の仰せのままに。……なんやちょっとハズいわやっぱ」
「ダメですー」
「わがままなお嬢様やね」
呆れたように笑う彼女は、だけど私のわがままに従って甘いお菓子をくれる。
小鳥の給餌のようにそれを受け入れてお返しにじゃれついて、なんだかとってもたゆたゆなひとときだった。
悔しいことに、たっぷりと癒されてしまった。
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