第142話 女子中学生とお金で

ある日。

制服から着替える最中、ふと鏡に映った胸元の赤いキスマークに見とれる。

スポーツ娘はやっぱりとってもえっちで、公園とかいう公共の場所でもこれくらいはするのだ。


随分と薄くはなったけど、つぃ、と触れると少ししびれるような、そんな感覚がある……気がする。

世界一やさしく甘い傷跡だ。

こういう風に染められたときは、つい、いつも眺めてしまう。


軽く笑ってそれを衣服で包み隠した。




それから私はバイトに行って、お客様においしいパンをお売りしつつメイちゃんをからかった。そうこうしている間に、あっという間に退勤時間だ。

勤労っていうのはいいものだ。

そうやって冷静に考えると30分で2,500円とかもらえちゃうの狂ってる気がするな……時給5,000円……?


ひぇっ。


今のバイトの5倍近く……?

私そんなにもらってるんだ……なんか……えっ。申し訳なくって吐きそう。

リルカしてるときは、むしろそんなに安くて申し訳ないって思うのになぁ。


「メイちゃんは、お金を大切にね」

「? それユミ姉が言うの?」


責めるとかじゃない純然たる疑問符なあたりがたまらなく悲しい。

私がその視線から逃れるように顔をそむけていると、彼女はふふと楽しげに笑う。


「でも、もしわたしが持ってたらユミ姉みたいに使っちゃうかも」

「―――は?」

「ちがうちがうちがう!」


私みたいに=多数の人に。

とっさにそれを想像して剣呑になってしまう声色に彼女は慌てて手を振った。

もちろん冷静になって考えれば彼女がそうでないことはすぐに分かって、こっちこそごめんねと謝っておく。


「そうじゃなくて……ね」


ほっとした彼女はそれからそっと寄り添ってくれる。

彼女の頬をぺもぺもとなでて、じゃれじゃれ。


「わたしも、ユミ姉を独り占めできるならしちゃうかも」

「……う、ん」


なんともタイミングがいいというか、なんというか。

どうしてこう、よりにもよって『できてしまう』ときにこういうことを言うんだろうなぁ。


……


「ねえ、メイちゃん。……したい?」


私は黒リルカを取り出して彼女に見せる。

ぱちくりと瞬いた彼女はおずおずとカードに手を伸ばして、だけど私はいったん遠ざけた。


「30分で、今日のアルバイトのお給料がなくなっちゃうんだよ」

「そう、なの……?」

「うん」


彼女の手を引いて顔を近づける。

それでもいいのかと視線で問えば、彼女は―――


「えっ。安いね」

「おぉん……」


そんなお買い得商品見つけたみたいなノリでぴぴっとやられてもね……

まあいいけど。


なんて思ってたら、彼女は私をぐぃと押し倒す。


「えへへ。ユミ姉を独り占めできたらって、けっこー考えてたんだ」

「……へぇ」


さていったいどんなことをされるのかなと見つめてみる。

見つめてみる。

みる―――


「メイちゃん?」

「……な、なにからすればいいんだろ!?」

「ふふ。いいよ。メイちゃんのしたいようにやってみて」


そっと頬に触れて、彼女の顔を首元に誘う。

鼻先が触れただけで身体が固くなる彼女の背に腕を回して、そのまま軽くきゅっと抱きしめた。


「もし分からなかったら、あとでちゃんと教えてあげるね」

「ちゃ、んと……!?」

「まあそう大して教えられることもないんだけど―――ぁ。うふふ」


笑う私の首に、彼女はそっと口づける。

どうやらやりたいことは定まったようだ。


「は、ふ」


彼女はあみあみと首を甘噛みする。

なにかこう、首への執念がすごい。

そんなにちゅうちゅうされるとさすがに恥ずかしいものもある。


「おいし?」

「んふす……むゅ」


こくこくとうなずきながらなおも首をちゃむちゃむぺろぺろ。

バイト後だからちょっと汗が気になるけど、それがまたいいというかなんというか……よくない思考かもしれない。


「メイちゃん。首だけでいいの?」

「んっ」


声かけに反応してメイちゃんはぼんやりと顔を上げる。

とろんとした目が私を見つめて、ちゅ、と頬に触れた。


「首、好きなの?」

「うらやましいな、って……思ってたから」

「ああ、うん……そ、っか」


そういえば彼女はサクラちゃんにつけられたあの跡を気にしていた。

それなら同じようにしてくれてもいいのに。


「でも、痛いのは、やだから……」

「そっか」


彼女はまた首筋に口づける。

柔らかなそれは私に少しの傷跡をも残さない。

それがいいんだと、思うのは都合のいい考え方だろうか。


「じゃあ、もっと、舐めて?」

「う、ん」


彼女はそっと舌を出して、舌先を触れて、まるで肌に沈めるように腹を押し付けて、広く密着させたそれで、優しく、優しく私を舐る。

跡を残さない柔らかな接触。


「……わたし、もっとアルバイトがんばるね」

「うん―――いやうん? いやあのねメイちゃん。こういうことのためにお金稼ぐのはよくないと思うよ?」

「一日で30分……」

「思考が危ないよ!? ほら、別にこうしなくてもできるからね?」

「でも、独り占めじゃない、よ……?」

「ゔぅん……」


そういわれると弱い。

というかそもそも私が言えることじゃない。

いやでもかわいい後輩にそんな見えてる轍を踏ませるわけにはいかないし……


ううむ。


「んっ、ぁ」

「えへ。ユミ姉、きもちい?」

「……うん」


まあ、この時間にそんなことを考えるのはやめにしよう。

彼女のやりたいたくさんのことを、もっといっぱいしてほしい。


そのためにはこのまま、彼女に身をゆだねればいいんだから。

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