第137話 保健室登校児と仲良しで

親友とののんびりによって穏やかな気持ちで授業を受けていた私は、しかし突然おなかが痛くなったので保健室を訪れていた。

だけど保健室についたら全然おなかが痛くなくなって一安心。

よかったよかった。


―――そういうわけで別にサボりとかではないのだった。


サボりとかではないけど、でもまあせっかく来たんだから彼女に会っていくくらいしてもいいだろう。サボりとかではないけど。


そう思ってカーテンを開くと、彼女は音楽を聴きながら書き書きとプリントに向き合っていた。

ベッドのふちに座って、テーブルの上で勉強している。


「こんにちは」

「……」


多分授業中だからだろう、彼女は視線もくれない。

まあ仕方ないなぁと思いつつ隣に座って手元をのぞき込んでみると、どうやらそれは数学のプリントらしい。この前も数学だった気がする……のはまあ普通に偶然か。


私は特に何を言うでもするでもなく、彼女が問題を解いているところを眺めていた。


眺めていた。


眺めていた―――


「……なに」

「え?」


ぴた、と手を止めた彼女は片耳のイヤホンを取りながら私に怪訝な視線を向ける。


「なんか用あるんじゃないの」

「ないけど」

「は? サボりじゃん」

「まあそうだね」


……おっと。

うっかり肯定してしまった。

うっかりうっかり。


「会いたくなったから来ちゃった」

「悪。なにそれ」

「あはは」


こんな言葉で喜ぶようなタイプじゃないのは重々承知だ。

私は笑ってテーブルに身を投げ出すと、自分の腕を枕にして彼女をじぃと見つめた。


「ユラギちゃんは気にしないで続けてていいよ。満足するまで眺めてるから」

「……あっそ」


またイヤホンを着けなおして彼女はプリントに向き合う。

後輩の頑張りをサボって見守る私という構図はなかなか良からぬものがある気がしたけど、気にせずじぃぃぃ。


していると、彼女は手を動かしながらつぶやいた。


「さっき先輩来てたでしょ」

「うん。友達に連れられて」


見て見てー、と人差し指を向けると彼女はちらっとそれを見て―――ついでに首元の噛み跡も見て、呆れたように鼻で笑うとまた書き書き。


「場所選びなよ」

「ぐうの音も出ない……ごめんね、邪魔しちゃって」

「邪魔なのは今だけど」

「ぐぅ」

「出るじゃん」


はぁ。とため息を吐いた彼女はペンを置いて軽く伸びをする。

それからベッドにぽすんと寝転んで、「終わった……」と一息。


「お疲れ様」


なんてねぎらいの言葉をかけながら彼女を見下ろすと、なんだか嫌そうな顔をされた。


「なんかヤダそれ」

「ええっ。なんで」

「ヘンなことされそうだし」

「信頼のなさ……」


しょんぼりとして見せながら彼女の隣に寝転ぶ。

横向きになって彼女を見るけど目も合わせてくれない。

ぐぬぬ。


「ねえユラギちゃん。こんなものがあるんだけど」


そう言って私は彼女に黒リルカを見せた。

後輩にかまって欲しがって身を差し出す先輩の図……深く考えるのはやめよう。

っていうかなるべく使わないって思ったのはなんだったんだ……いや、それこそ深く考えない。出してしまったものは仕方ないしね。


「……また頭おかしいことしてる」


ひどいことを言いながらも彼女は私を買った。

さてなにをしてくれるのかなとワクワクしていると、彼女はゆるりと手を挙げてテーブルを指さす。


「それさ、もう一枚ある」

「え?……あ、うん」


ぺらっとめくってみると、なるほどそこにはプリントがもう一枚。

まさかと思って視線を向けると、彼女は言った。


「やって」

「おぉん……」


まさかそうくるとは……

悔しいけど言われたらやるしかない。


私はおとなしくテーブルに向かってプリントに挑む。

書き書き。


していると、彼女はつんくとわき腹をついてきた。


「にゃおっ」

「遊んでないでちゃんとしてよ、先輩」

「うぅ……はい」


どうやらそういう遊びをしようということらしい。

再度書き書きを再開すると、彼女はむぃむぃとわき腹をもてあそぶ。

だけどふいうちじゃなかったらそうでも―――


「んにゃっ」

「手、止まってるけど」


油断したとたんに制服にもぐりこんだ指先にあっさりと反応してしまう。

さすがというべきか、あの先生を慕うだけあってなかなかなヤリ手だ。

今度は反応しないように頑張るぞ、なんて意識してたら今度はプリントのほうで間の抜けたミスをして、消しゴムをかけたのち再トライ。


……なんだこれちょっと難し「ひぁっ」


ぐぬぅ。

めちゃくちゃいいようにされてる。

……悪くない気分だ。


「なにニヤついてんの。キモ」

「いや、ユラギちゃんと仲良くなれてよかったなって」

「は? 別に仲良くとか……」


持ち前の反骨心から私の言葉を否定しようとして、だけどつい今までどんなことをしていたのかを思い返して口をつぐむ。

これで仲良くないだなんてさすがに反射的にでも言えないだろう。


そんな風に更にニヤついたのがお気に召さなかったのか、彼女はぶすっと不機嫌そうにそっぽを向いてしまう。

私は軽く笑って、それからまた書き書き。


機嫌を取り戻すのと時間が過ぎるのと、はてさてどっちが先だろう。

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