第136話 親友とのんびりで
不良と本気で向き合ったことで身体に数か所生傷が生まれた。
首と指以外は目立たない場所だけど、ずっとジンジン痛くてくすぐったくて……えへ。
―――なんて笑ってもいられない。
そのマズさに気が付いたのは、ぽやぁとしながら教室にたどり着いて親友に指摘されたころだった。
なにせめちゃくちゃ目立つ。
しかも歯形なんて人に刻まれた以外の可能性がない。
指はもう止血して……ついでにちょっとふやけているけど、痛々しくて青黒い内出血もなんか見るからにうわぁっていう感じだし。
「アンタまたなんかいかがわしいことしていたんじゃないでしょうねッ!」
「ぁうん。えと……」
いかがわしいといえばいかがわしい……ような。
まあ我ながらいかがかと思うような行為だったけど。
「アンタねぇ……ッ!」
そんなグレーな気持ちが言い淀んだせいで伝わったらしい。
親友は肩を怒らせて強引に私を引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと待って待って」
「待ったなしよッ!」
ぐいぐいぐいぐい連れ去られる先は―――保健室。
当たり前のようにそこには一つ埋まっている場所があって、だけどなにせ親友が騒がしいものだからカーテンの向こうで毛布にうずまるような気配が伝わってきた。
なんとなく気が進まないけど、有無を言わさず椅子に座らせられて指にばんそうこうを巻かれる。
痛いのは私なのに私より痛そうな顔をするから、なんだかとてもいたたまれない。
「こういうのはイヤよ」
首元の歯形にはさすがにばんそうこうなんて貼れない。
その代わりに傷跡を労わるように指で撫でながら、彼女はぽつりと呟いた。
「べつにあんたのすることに文句言える立場なんかじゃないけど……心配伝えるくらいはしてもいいでしょ」
途中からムスッと不機嫌そうに口を尖らせ、目を逸らしてしまう親友。
どうやらずいぶんと心配させてしまったらしい。
申し訳ない気持ちと、たまらなく嬉しいという気持ちが湧き上がってくる。
私は黒リルカを取り出して彼女に見せた。
それだけでいろいろと理解した彼女は拒もうとするように腕を組む。
「なによ。そんなことされても嬉しくないわよ」
「私のこと、いらない?」
「そういうイミじゃないでしょ!」
「お金なら後で返すよ?」
「いいわよそんなの。……アンタのせいで貯まってるんだから」
しぶしぶといった様子ながらも彼女は私を買い取る。
彼女のものになったという納得がすとんと胸に落ちて、甘えるみたいに寄りかかってみた。
「ごめんね」
「謝らないでいいわよ。……どうせまたやるんでしょ」
「うん……」
「よくもまあ殊勝な顔して頷けるわね……」
心の底から呆れたため息を吐いて、それから彼女はポンポンと私の頭をなでる。
甘やかすみたいな優しい手つきに、私はそっと目を閉じた。
しばらくそうしていると、彼女はふふん、と上機嫌に笑う。
「悪くないわね。こんな素直なアンタも」
素直……わりといつも素直なつもりなんだけど。
でもまあ確かに、普段はけっこう生意気やっている気がする。っていうか、こう、イジりがいがあるからつい、ね。
だけどこうして身をゆだねてみると、彼女は面倒見もいいし、優しいし……甘えがいもあるんだなあ、って思う。
「ねえ。もっとなでて?」
「なによ。ほんとに素直で気味悪いわね」
なんて言いながらもまんざらでもなさげなアイが、手櫛を通すように頭皮をなでる。
耳元をかりかりとくすぐられて心地よさに目を細める私を見て、彼女はもっと気持ちよくするように、優しく、優しく愛撫してくれる。
「ねえ。アイ」
「今度はなによ」
「呼んでみただけー」
「バカ……」
てし、と額を軽くはたかれる。
頬を赤くしてほおを緩める彼女はきっとテレ隠しで、分かりやすい甘えのやりとりはお気に召したのだろう。
私はふふと笑ってアイの頬に触れる。
「ねえ。アイは……したいこと、ないの?」
「したいことって……な、なによ」
「したいことは、したいことだよ」
すす、と撫でおろす指先。
彼女の首を下って、制服の胸元を軽く引く。
「私にしたいこと、私としたいこと……なんだってしても、いいんだよ」
「……」
アイはむぐぐぐ、と口を蠢かせる。
いろいろなことを想像しているのだろう、目が泳いで、その手がそっと私の胸に触れて―――
「ん゛ぁっ」
「おかしな声上げてるんじゃないわよ!?」
「ご、ごめん」
だって急に胸をつねられたんだから、ねえ。
ブラ越しにもしっかり脂肪までむにっとされるくらいの強さだったんだから、そりゃあなにかしらの反応はしてしまう。
「こういうこと、したいの?」
「違うに決まってるじゃないの!」
痛む胸をさすさすとさすりながらとぼけて見せると、ぷんすこと否定される。そしててしてしと頭を叩きながら唇を尖らせる。
「さっきみたいのが良いって言ってるのよ、バカ」
つーん、とそっぽを向くアイ。
さっきみたいな、のんびりとした時間をお望みということらしい。
彼女がそう言うのなら私も是非はなかった。
そっか、とそう呟いて、彼女の手を引いて頭に乗せる。
「じゃあ、もっとなでて」
「まったく。……甘えたさんね」
変にお姉さんぶった彼女の口調がかわいらしい。
私は笑って、安らかな手の感触に身をゆだねた。
……今度から、もうちょっとなんか、こういう時間を大切にしていこう。うん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます