第134話 姉とお仕置きで
しにたい。
今までにない感覚のせいでハイになっていたんだろう……そのせいでついなんか変なノリになってしまった……いやでも
なんて言い訳をどこに向ければいいんだろう。
後輩ちゃんはまるでとても大切なイベントを終えた乙女みたいな嬉し恥ずかし照れ照れり みたいな様子でうつむきがちに帰って行ってしまったし、一人残された私は途方に暮れていた。
まさか黒リルカがあんなにも恐ろしいものだったとは。
私の人生をさらに狂わせてしまいそうな予感はあるものの、思いもよらない形で慢性的な金欠を解決できてしまうかもしれなくなった……のだろうか。
でもリルカとは違って相手からお金をもらうっていう形になるわけだし、さすがにあまり不用意には―――っていうかなんでこんな怪しげなものを当然に使おうと思ってるんだ私。冷静になれ。
『これまでたくさんあげたんだからいいんじゃない?』なんて不埒な思考は今すぐ捨てるんだ私よ……。
「とりあえずこれは封印しよう……」
「なにを封印するの?」
「ひぎぃっ!?」
にゅっ。
と出現した姉さんの顔。
即座にカードをしまいながら振り向くと、姉さんは「ただいま」と笑った。
「お、お帰りなさい」
当たり前のように私の部屋にいることには今更つっこまない。
たぶん私が考え事をしていたから帰ってきたのに気が付かなくて、だから心配してくれたんだろう。……たぶん。
「別になんでもないよ。早かったね?」
「今日は三限までだったの」
適当にごまかすと姉さんはさらっと流してくれる。
姉さんは意地悪な時もあるけど、基本的には私が触れてほしくないことには触れないでいてくれるんだ。
だけど。
ほっと安心した瞬間、姉さんはずいと顔を近づけてきた。
耳元に吐息が触れてドキドキしている私の匂いスンスンとかいで、それから笑顔で顔を離した。
こてん。
と、無機質に傾げられる首がそのままぼとりと落ちたとて私は驚愕しなかっただろう。
姉さんから放たれるのは、そういう空気だった。
「―――ゆみ、シャワー、浴びたの?」
「お゙っ」
……姉さんは意地悪なので、触れてほしくないところでも触れるときは触れるのだ。
「え、あ、あ、浴びた、けど?」
「そう。ところでこれってあのかわいらしい子の制汗剤の匂いよね」
「ゔっ」
これって言われてもどれなのか分からない……けど確かに後輩ちゃんは制汗剤を使っていた。もうそろそろいいんじゃないの、って聞いたら匂いが好きだからってそんな風に言っていて……可愛かった……のはさておき。
あれ、もしかして今私って被告人席に立ってる?
「うふふふ。隠さなくてもいいじゃない」
姉さんの手が頬に触れる。
どうして外から帰ってきたばかりの姉さんの手がこんなにも冷ややかなんだろう。
もうそんなに涼しくなる時期だったっけ……?
「あの、姉さん」
「ねえゆみ。いったいあの子とどんなことをしたのかしら―――私、とっても興味があるわ」
あ、ダメだ。
そう思った私はとっさにリルカを取り出した。
姉さんを買うことで最低限命と貞操を保証しようという涙ぐましい努力だ……けどそういえばもう残高ないんだった、え、あ、
「―――あらぁ」
状況を理解した瞬間に引っ込めようとした手が姉さんにつかまる。
その手に握られているのは、リルカはリルカでも黒リルカ。
すなわち実質的な『金で買える人権』―――それを私は不用意にも今の姉さんに差し出したというわけだ。
姉さんはそれを私からゆっくりと取り上げてスマホに触れさせる。
ぴぴ、と。
鳴った瞬間、私の世界が姉さんに掌握される。
ああどうして、どうしてまたこんなにも胸が躍ってしまうんだ。
私ってもしかしてマゾヒズムがあるんだろうか……
そんなことを思う私をぎゅうと抱きしめて、姉さんはそのままベッドに倒れこむ。
ごろりと転がったら当たり前みたいに下敷きにされて、両腕をマットレスに押し付けながら姉さんは私を見下ろす。
「うふふ。ゆみったら、とってもかわいらしい顔をしているわ」
「……どんな、かお?」
「こんな顔よ」
そう言って姉さんは顔を近づけてくる。
見開かれた瞳の中に、まるで安心しきってすべてを投げ出すみたいな、無防備な笑みを浮かべた私がいて。
だけどそれも、やがて近付きすぎて見えなくなる。
五感の全部が姉さんになって、五感の全部で姉さんを受け止めるこの幸福感たるや。
顔を離して微笑んだ姉さんが、かと思えばひやりと視線を冷え切らせることにさえときめいてしまう。
「あの子にもこんな顔をしていたのかしら」
「わかんない」
「きっとしていたのでしょうね」
「そうかも」
姉さんの言葉を肯定する。
そうしたことでどうなるのかを私は当然に知っていた―――期待していた。
はたして姉さんは、ゆらりと笑いながら私の頬に手を添える。
「―――お仕置きを、しないといけないみたいね」
「うん……おしおき」
姉さんの手に手を添わして、頬をすりすりと擦りつける。
今からこの手でどんな風にされるんだろうと、想像するだけで心臓が破裂してしまいそう。
だけどそんな風にはしたない子だから、姉さんはつまらなさそうに表情を薄める。
「喜ぶようじゃ、お仕置きにはならないわね」
「やだっ、やだぁっ、」
姉さんの手をぎゅっぎゅと握りしめて、離れていかないようにと捕まえる。
もしもほんとうに私の嫌がることをするのなら―――それは、姉さんが私から離れてしまうような、そんなことに決まっている。
確かにお仕置きにはてきめんだろう。
だけど、だけどそんなのは嫌だ。
私のすべてを姉さんにゆだねる今だからこそ、それってつまり、私の全部を姉さんは拒絶するっていうことになる。
想像するだけで死んでしまいそうで、涙さえ浮かんで目じりが熱い。
そんな姿で、私は無様に姉さんにすがる。
「ちゃんとイヤがるからっ、痛くしてもいいから、喜ばないから、ちゃんと反省するからっ、姉さんっ!」
なんて無様な懇願だろう。
なんてはしたない言葉だろう。
だけど私は心の底から姉さんを求めていた。
そのためならなんだってするっていうくらい姉さんを欲していた。
私は姉さんにすべてを差し出しているから、だから姉さんが受け入れてくれないと、私はもうきっとこのまま心臓の動かし方だって忘れてしまう。
―――姉さんは、そっと私にキスをくれた。
それだけで全部よくなった。
冗談よ。
と。
そんな言葉を告げようとした姉さんが、口を離そうとするのを追いすがって止める。
聞く必要さえない。
そんなことよりも、はしたなくて、見境ない、こんな私をいっぱいお仕置きしてほしい。
だって私は姉さんのものなんだから、どんなことをされたって、文句なんて言えないんだ。
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